第21話 少年探偵彼方 ぼくらの推理ノート

 その昔、まだエニックスがスクウェアと合併する前のことですが、ギャグ王という少年漫画雑誌が毎月発売されていました。

 これを行きつけの床屋で読むのが少年時代の私の習慣だったのですが、ゲームから派生したような作品も多く、胸を躍らせたものです。

 いずれ、トルネコ一家の大冒険やレニフィルの冒険などの話もしていきたいのですが、今回はその中でも異色のミステリー作品「少年探偵彼方 ぼくらの推理ノート」の話をしていきたいと思います。


 本作は同誌上で「続」まで含めると四年にわたって掲載されていた作品で、その作りは実に単純な三択クイズになっています。

 問題編では発生した事件に関してやり取りが行われ、翌月の雑誌では解答編と新たな問題編で出題されるという形式をとっていました。

 ミステリーということで殺人事件に発展することもありますが、一話完結型で進行していくために発生する事件の多様性では群を抜いていたように覚えています。

 初回が主人公の家の窓ガラスを割った犯人を考えるものであったことからも、普通のミステリーよりもやや柔らかな印象を受けたように覚えています。

 まあ、その次の回ではしっかりと死体が出てくるわけですが。

 それでも、全四六話中人死にが出るのが四話であるというのは、驚異的な記録ではないでしょうか。

 この時から、私もいつかは人死にの出ないミステリーを創作してみたいと思うようになったのですが、今のところ腰を据えてミステリーを書けずにいますので、私の思惑は小学生で止まったままとなっています。


 本作の特徴をもう一つ挙げますと、科学的な知識の紹介が随所に織り込まれているということがあります。

 トリックの実現可能性については専門外であることも踏まえて触れることはできませんが、その際に出てくる物質などの情報は当時の私が、それこそ血を見るのも苦手であった私が、のめり込むのに十分な魅力を持っていたように思います。

 原作者である夏緑氏が農学部出身ということもあり、同じような知識欲を持たれていた可能性もありますが、それよりも本作を通して自然科学に興味を子供たちに持ってもらえるように構成されていたのではないかと思います。

 当時の読者層がどのようなものであったのかを知る由はありませんが、私のような小中学生が本作を通して得た知識と知的好奇心は今でも財産として残されています。

 無論、子供に向けて咀嚼のされた内容であったため、今ではそれに尾びれなどもついているのですが、あくまでもその大きな幹を作るのに本作が与えた影響は大きかったように思います。

 今にして思えば、本作で扱われる殺人事件の少なさもこの辺りに秘密があるのかもしれません。


 本作を語る上で欠かせないのは主人公である彼方少年ですが、小学生時代と中学生時代とで作画家が異なるため、その雰囲気が大きく変わっています。

 いずれも中性的な顔立ちの美少年で、聡明な頭脳を持っているというのは共通しています。

 ただ、中学生に成長してからの彼方君は好奇心よりも、彼の中にある一つの信条に従って推理をするように変化したように思っています。

 そこに精神的な成長があるのかもしれませんが、画風の変化と合わさって非常に印象的に映ったのを今でも覚えています。

 やがて、お話は彼方君の母の死と好敵手とのやり取りに繋がっていくのですが、そのやり取りが一巻から始まったのと同時に、その心のやり取りも一巻から始まっていたことに気付いたとき、本作の持つ懐の深さに驚かされたものです。


 そして、その懐の深さを支えたものとして世界観の広がりがあったのは、ここで指摘するまでもないことだと考えています。

 続編に入ってからは登場人物の数も増え、また、その活動の幅も広がっていきます。

 それは小学生の頃には狭かった世界が、成長するに伴って広がっていった様にも似ていますが、それ以上に主人公の持つ信条が一つ大きく膨らんだことで多くの人々が集まるようになったことを象徴しているように思います。

 その一方で、後半に登場する好敵手には一人で何かをする場面が多々見受けられます。

 この対比というのは、やがて最後の戦いにおいて心の強さとなって表れ、最後の決め手になったように思います。

 私も願わくは彼方君と共にありたいと思うのですが、それにはどうしても強い心を持つ必要があり、そこに苦悩が生じてしまいます。


 最後に、本作で私の最も愛した言葉を紹介します。

「悪を憎しみ、罰することは誰にでもできる。大切なのは、悪人をも理解し、許し、正しさや優しさを教えてやることだ。それを知ってる彼方君は本当の名探偵だな」

 彼方少年は、自分を監禁しようとした青年を救おうと、自分を顧みず濡らしたマフラーを毒ガス防護のために差し出しました。

 人の持つ激しさが、時に火となって相手を焼き尽くそうとする現在だからこそ、この言葉と行いの持つ重みが増しているような気がしています。

 果たして、私はこの少年に顔向けできるような生き方を送ることができているのかという思いは、本作を思い返す度に胸の奥底でのた打ち回っているようです。

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