第20話 ざつ旅
以前の話ですでにお気づきかもしれませんが、私は一人で旅して回るのが大好きで、常に旅を求めて心が疼く人間です。
しかし、どうしても旅して回る場面を描こうとすると、そこに一定の目的地と一定の観光地を回る必要が出てしまい、私の愛する旅からは少し外れてしまいます。
だからこそあてもなく彷徨い歩く、流浪するということを心と体が欲するのですが、そして、私は本作にそうしたものを求めたのですが、本作は題名とは裏腹にしっかりと観光地を巡ります。
そのため、初めは少しだけがっかりしたところもあったのですが、読み進めていくにつれて自分がしっかりと満足していることに気付かされます。
はてさてどうしたことかと考えているうちに一つの答えに辿り着きました。
「ざつ旅」は漫画家で新人賞を取った大学生の主人公が、自分の作品に思い悩み、何かを掴むきっかけを求めて各地を巡るようになるというお話です。
ただ、その目的地をSNSのアンケートで決定するようにしており、それも始めはざっくりとした方角のアンケートを取ってから適当に行き先を決めるようにしています。
元々からその地域や地方に格段の知識や先入観があるわけではなく、美味しいものや良い温泉に出会い、観光地を知っていく、そうした等身大の大学生の姿がそこに在ります。
加えて感想に洗練された言語表現を与えていくのではなく、あくまでも等身大の言葉を用いていきます。
この大上段に構えておらず、それだけに高い共感を得られる作風を「ざつ」の二文字で表現されているのは見事なものだと思ってしまいます。
ただ、それだけであれば私の中に芽生えた満足感は何だったのかという問いへの答えになりません。
この共感というのはあくまでも一般向けのものでして、私のような変わり者にとってはまだ足りません。
では、何が決定的なものであったのかといえば、観光地や宿「だけ」を描いたものではないというのが私の推察です。
別の拙作で、旅の中で最も寂しい気持ちにさせられるのはその終わりだということを書いたことがありますが、裏を返せば最も賑やかな思いを持つのは旅立つ間際となります。
そして、何らかの観光地を回る時間というのもまた楽しいことではあるのですが、興奮を隠すことができないのはそこに至るまでの道にある空気感でして、観光地を回らずとも、ただ街並みを眺めながら散策するだけでもう堪らなくなります。
そうしたものが丁寧に書かれていることに気付いたとき、私の中にあった疑問はひとつ解けていきました。
また、旅先には何らかのトラブルがつきものです。
これは作品を盛り上げるための「事件」ではなく、何かをしようとしたときに思い通りにいかずしまったと思うことです。
私の中で大きかったものと言いますと、一つには近隣のネカフェが閉店していたために二月の門司港で一夜を過ごしたというものがあります。
懐に余裕があれば宿も取れたのかもしれませんが、終電と共に辿り着いたこともあり、途中で緑のコンビニに助けられながら寒さをやり過ごしたものです。
もう一つ挙げますと、草加市にある
もう一度行けばいいかと思って二年ほど経ちますが、それもまた楽しい思い出となっています。
何もかもうまくいけば、私が旅をすることはないのかもしれません。
そうした楽しみを丁寧に描いている本作というのは、ある意味では私にとって斬新な作品だったのです。
さて、このように旅を一つの題材としていますと、一つ問題が生じてしまいます。
それは新型コロナウィルス感染症による行動範囲の制限でして、この難問にどのような解答を見せるのかというのは紀行文を手掛ける私にとっても他人ごとではありませんでした。
私の場合には、まだ九州は熊本という人と接することなく巡れる名勝旧跡の多い地方に住んでおり、それに救われているところがあります。
しかし、本作の主人公は東京在住でして、そこからどのように抜け出していくかには別の答えを求める必要があります。
ただ、四巻を拝読して得た答えには思わず舌を巻いてしまいました。
見慣れたはずの東京を歩き回るというのは、ある程度まで予想ができていたのですが、うどんを打ったというのは全くの予想外でした。
これを雑誌に掲載するうえでゴーサインを出された編集の方も豪気だなと感心しましたが、私としてはこの話が最も旅の本質に迫っているように感じました。
初めに私が旅して回るのが好きであり、しかも、時には行く当てもない旅に出るというのが好きだということを述べていますが、これは単なる散歩では満たせないものです。
それは決して観光資源がないからというものではなく、旅の持つ特別感を得られないからです。
そのため、旅とする時には近くを回る場合であっても必ず旅として回るようにします。
そして、その思いというのは主人公がうどんを打った時に感じたと思われる高揚と合同を成すものと思っています。
新しいなんたらという言葉が喧伝されている昨今ですが、そうした世界から一歩を踏み出すことで少し生きていくことが楽しくなる、そのことを私は本作を通して思い出したのかもしれません。
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