第17話 Fate/stay night

 その日、少年は少女を見初めた。

 月に照らされ浮かび上がったその姿を少年は美しいと思い、終生、いや地獄に落ちようとも忘れることはなかった。


 二〇〇四年に元同人サークルTYPE-MOONから発売された本作は、一八歳未満のプレイが制限されるゲームでしたので私が実際にプレイをしたのは発売されてからしばらくしてからでしたが、その時の衝撃は主人公にも勝るとも劣らないものでした。

 なお、実際にいつプレイしたのかのくわしいところはご想像にお任せします。

 五歳で芋焼酎を誤飲という名の酒盛りをした前科が私にはありますので。


 本作はビジュアルノベルという形式をとっていますが、そのゲーム性といえば正解となる選択肢を選んでいくのみというほぼ一本道の小説に近い形をとっています。

 しかし、その道に至るまでに四十ほどの死骸を積み上げていくこともまた楽しく、自由度こそ低いもののゲーム性を失わない在り方は流石と舌を巻いたものです。

 それは思春期の真中で自分が経験することができなかった胸の高鳴りを追体験できるように仕組まれた内容と、そこへ引き込む文章と、単純だからこそ研ぎ澄まされた構成とが見事に組み合わさってできたものでした。

 そして、物語を進めていくうちに変化していく主人公の心の揺れ動きに、私はその思考の在り方を変化させていきました。

 もちろん、当時は複数の作品を見ていましたので、本作だけで変化した訳ではありません。

 水戸黄門を祖父と楽しく見ていた少年は、この時代を経て鬼平犯科帳を好むような青年に変化したのは事実でして、そこに大きな影響を与えたのは疑う余地がありません。


 本作が私に与えた影響よりも、私の周囲に与えた影響の方がより大きかったのではないかと考えさせられるのも本作の特徴です。

 正義や善というものに対する反抗期が訪れたのかと疑うほどの有様に、より跳ね返りの強かった私はそれを冷めた目で見ていたように思います。

 その見方を言語化するまでにはやや時間がかかりましたが、やがてその時の反抗心は私の中に固いものを残し、今では堂々と夜の街のエッセイなどを書くようになりました。

 もちろん、色々とこねくり回して考えてしまうクセは残っていますが、それと同時に、まあ程々でいいかと割り切ってしまう自分があるのもまた事実です。


 本作の特徴の一つとして独特の世界観があるかと思いますが、それによって引き込まれる部分もあれば、それが絶対化されることによって起きた弊害のようなものの直撃を受けたというところもあります。

 例えば、魔術と魔法の設定。

 これは本作独自の部分も大きいのですが、その設定がしっかり作りこまれているおかげで、それ以外は認めないという方もいらっしゃり、私の用いていた魔法に関わる世界観の稚拙さを徹底的に叩かれたこともあります。

 そこで調べ込み、理論武装をすれば今につながる財産となったのでしょうが、当時の私はその世界観を充実させるよりも内容や表現をどのように磨き上げていくかに集中していたので「逃げ」を選択することにしました。

 そうして生まれたのが拙作でたびたび登場する技令や体則でして、結果的にそれなりの世界観を生み出すことができるようになりました。

 元々は「辻杜先生の奴隷日記」で用いていた設定でしたが、今では複数の作品に流用しています。

 一方、短編のファンタジー作品では登場させづらいところがあり、今は少しずつ様々な形式の魔術や魔法を調べるようになりました。

 三十にして魔法に志す、というのはあまりにも遅咲きなのかもしれませんが。


 また、アイディアそのものがかぶってしまったという経験もしておりまして、作中の「無限の剣製」を見た際の衝撃は計り知れないものでした。

「属性技令界じゃないか!」

 中学時代、つまり、二〇〇二年までには完成していた設定でしたので、決してパクリをしたという訳ではありませんでしたが、後出しとなってしまう以上、そのそしりは免れないだろうとその時は絶望したものです。

 「辻杜先生の奴隷日記」の中でも重要な役割を持ち、かつ、終盤に近付くほどその固有結界の在り方に近付いてしまうため、どうしようかという困惑は数年にわたって続きました。

 その結論が出た今では「辻杜先生の奴隷日記」を書き進め、公開もしていますが、危うくお蔵入りの作品となるところでした。


 そして今、私はこうしたビジュアルノベルからは少し距離を置いた生活を送っています。

 決してプレイができないという訳ではないのですが、当時の新鮮な感動を再び味わうことは難しく、自分の加齢を感じることが多々あります。

 それと同時に、あの日に惚れ込んだ世界というのはあまりにも印象的で、それは初恋に似たものだったのかもしれません。

 いずれまたあのような作品に出会いたいというひどいわがままを思いながら、しかし、それを果たしてしまえば二股になってしまうのだろうかと思いつつ、そのような世界線に自分があることを願う次第です。

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