第13話 日清カップヌードル

 昨年の台風の際にその規模の大きさから珍しく災害への備えをしたのですが、その準備には出遅れてしまい、備蓄できる食料品が殆ど尽きていたのを未だに覚えています。

 特に、カップ麺はノンフライ麺ばかりとなってしまっており、水で戻しやすい油揚げ麺を探しているうちに「カップヌードル抹茶」を見つけました。

 一抹の不安が過りましたが、これまで何度となく空腹を満たしてきたかの商品群でしたので、それを過信して二つほど買い求めて備えとしました。

 台風一過、一家に――とは言っても私だけですが、残されたのはこうした備蓄食料だけでして、それをいただくにあたって私は思わず口をつぐんでしまいました。

 未だにもう一個が残されていますが、これを開ける勇気を分けていただきたいなと心から願う次第です。


 日清食品さんの出されるカップヌードルは日本だけでなく世界中で愛されるインスタント食品ですが、私もまたそれを愛好する一人です。

 元々はあさま山荘事件で警官隊が凍える寒さの中で食べる姿が放映され、そこから爆発的な売り上げに繋がったという話を伺いますが、さすがにその頃は生まれておりませんでしたので当時の状況までは分かりません。

 それでも、雪深い長野の山中で湯気立つカップをすする映像を見れば、今でも体の奥からその温もりを求める思いが沸き立ってきます。

 他にも釣行の動画で登場すると、もうどうしようもない思いが戻され、気が付けば同じものが隣に、となってしまうような魅力を持っています。

 いついただいてもいいものですが、何と言っても早寝して目覚めてしまった冬の夜半に、やや凍えながらお湯を注いでいただく時が最高ではないでしょうか。

 冷え切った身体が満たされていく様と、夜中についつい食べてしまったという背徳感の交叉が旨味を指数関数的に跳ね上げていきます。


 このようなカップヌードルを私が初めて口にしたのは小学生でも後の方ではなかったかと思いますが、普段はカレーやチリをいただくことが多いです。

 と言いますのも、私はエビ・カニのアレルギーを持つため、醤油味(オリジナル)をいただこうとするとどうしてもエビを無駄にしなければならないからです。

 昔はそうして余った具材を他の方にお譲りする機会もあったのですが、一人暮らしの長くなった今となっては叶うはずもありません。

 そこで重宝するのは「謎肉祭」と呼ばれる商品でして、これが発売される時期にはこればかりをいただいてしまいます。

 以前、その時期に政府の家計調査の対象となったことがあったのですが、その際には二週間で五杯いただいていました。

 いつも同じコンビニで買っていましたので、思い返してみますと裏で「謎肉の人」と呼ばれていそうだな、と思わず笑ってしまいました。

 今ではコーヒーと野菜ジュースの人と呼ばれていそうなものですが。


 カップヌードルと言えば、未だにそのテレビコマーシャルが頭に残っているのですが、小さな原始人の登場するシリーズと二十世紀の映像を掛け合わせたシリーズが出てくると言えば年代が推理されてしまうことでしょう、公開していますが。

 当時はそのシュールな対比を見てただ笑うだけでしたが、それがある時期を境に見方が変わったのが印象的でした。

 ただ一杯のカップ麺をいただくということの持つ意味が、そして、それが長年続いてきたということの持つ意味がわずかな時間に詰め込まれ、心のふたを開けると立ち上ってくるというのは見事なものではないでしょうか。

 よりメッセージ性を高めることもできるのでしょうが、これ以上に様々な具と味を詰め込んだ一杯のような作品を果たして上手く作ることができるのだろうかと言われると、ただただ脱帽するばかりです。


 単純なカップヌードルのシリーズもありますが、近頃の私が気に入っているのは「おだしがおいしい」シリーズでして、この鶏南蛮そばが特に好物です。

 私のこれまでのエッセイを読んでいただいた方からしますと、また蕎麦か……と思われるかもしれませんが、まさにその通りです。

 手軽に味わうことができて、手軽に蕎麦に傾いた心を満たすことができるというだけで、この商品の価値は決まると言っても過言ではありませんが、商品名の通りにお出汁をそのまま飲み干してしまいそうになってしまうというのも魅力の一つです。

 昔から酒量と糖分を気にすることのなかった私は、それでも、塩分だけは気にしてラーメンスープを飲み干すのは我慢するようにしています。

 カップ麺もその一つなのですが、その禁忌を冒させようとする妖艶さはなんともたまりません。

 このような商品をカップヌードルには味噌味もあり、こちらも気を抜いてしまえば半分以上のスープが消えてしまいます。

 おにぎりに合う、という文句の輝かしさが嬉しい限りですが、それに誘われて一歩を踏み出すと私はどうなってしまうのでしょうか。

 そうした誰かにとって、一つ先の世界をふたの裏に隠したこの商品は、だからこそ長く愛されているのかもしれません。

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