第11話 今日どこさん行くと?

 「第4回アニメ化してほしいランキング」の投票を終えて吐いた息は静かにひとりぐらしの部屋へと溶けていきます。

 自分の好きな作品の動く姿を見たいという思いと、しかし、一票だけではという悔しい思いとが交差すると出てくる息もどこか重たいものとなります。

 二月末までの投票期間でできることは……と考えた時に普通であれば何もないで終わっていたのでしょうが、その時に自分のしていることが頭をよぎりました。

 ささやかな抗いだなあと笑いつつも、自分の想いに嘘を吐くことだけはできず、気が付けば新しい投稿を書き始めていました。


 「今日どこさん行くと?」は熊本を中心としたドライブラブコメディで、美人上司じょうし上司かみつかささんとドライブに付き合う部下の戸部下とべした君の織り成す物語です。

 私の勤め先を考えると美人上司がいかに夢幻のものであるかと思い知らされますが、その一方で熊本の街で見まわすと美人も多く浮世離れしたお話でもないことを思わされます。

 そして、実際に描かれる道は、各地の風景は現実にあるもので、かつ、過去進行形として存在したものもしくは現在進行形としてそこに在るものです。

 それというのも、本作の根底にあるものの一つがその瞬間の在り方を描くということでして、実際に熊本地震で傷ついた道の変化を描いた場面もあります。

 ですから、その地に住む人間にとってはあの震災からここまで変わったのかという思いをそれぞれに覚えることができ、それ以外の人々にとっては各地がどのように変遷したのかを見て取ることができます。

 ただ、その変化は必ずしも良いものに限ったものではなく、忸怩たるものもあります。

 二〇二〇年の九州豪雨によって被災した地域では失われたものも多く、湯平ゆのひらの地でそこを盛り上げようとした青年の夢が奔流に消えてしまいました。

 それでも、その夢がなお本作の中では生き続けているのもまた事実です。

「花ニ嵐ノタトエモアルゾ サヨナラダケガ人生ダ」

 井伏鱒二氏の漢詩戯訳を胸に訊ねた旅路で、残された暗い旅館と捧げられた花にそれを強く感じたものです。


 思いを継ぐ、というのは本作を語る上では外せないものではないかと思います。

 ツイッターを中心にハッシュタグ「今日D」で読者たちは自らの旅の記録を投稿して盛り上がるのもまた、本作の特徴の一つです。

 それは「聖地巡礼」にとどまらず、何気ない日常の散策から投稿者にとっては一世一代の旅に至るまで投稿されており、それをハッシュタグを辿ることで共有することができます。

 どうしてもツイッターでは炎上や凍結などの見るに忍びない広がりが目についてしまいますが、そこから一歩離れたところにあるこの緩やかな拡散は人をもう一度信じてみようかという思いにさせられます。

 私もこの形式で投稿することがあるのですが、そうした時に拡がる嬉しさの種はおすそ分けで、私の心という孤島にたどり着いた種へのお返しなのかもしれません。

 誰か見知らぬ人からのおすそ分けで救われたのが昨年でした。

 遠出ができない中で見たことのない景色や気になっていた場所のその瞬間を見てとることができ、心の疲れを癒していただきました。


 本作が私に与えたものは他にもあり、もしなければ今の私は浮き草のように世の中にあるだけの存在になっていたように思います。

 元々長崎から出た私は実家も根を張ることのできるものが失われてしまいました。

 そうしたふわふわとした時期に本作と出会い、私はがむしゃらに車を走らせ、二人の後を追いかけました。

 その追いかけた先々で私は少しずつ根を伸ばすようになり、やがてそれが私から離れなくなりました。

 今ではだいぶと熊本になじむことができたように思いますが、本作がなければと思うことは多々あります。

 そして、まだその根は張り切っていないというのも事実でして、

「私はまだ九州を知らない、熊本も、長崎すらも」

という一言を残すほどには、私の張る根の浅さを自覚させられました。

 様々なものとの出会いの機会を与えられたことで広がった視界もまた、私にとってはかえがたいものだったと思います。


 もう一つには、筆者の持つアイドル性に救われたところがあります。

 それは、大相撲の元稀勢の里(現荒磯親方)や野球の新庄選手に似たものであり、ただ一方的に応援したくなるという訳ではありません。

 むしろ、できることを一つでもしようというひたむきさにより、私は書いていこうという希望を与えていただき、また、書かなければならないという意志を与えていただきました。

 それはまるで女神に横面をひっぱたかれるような思いでして、それがここ一年以上の原動力となっています。

 微力ながら活動をしていくと、どうしても及ばない力があることに心の折れる瞬間が出てきてしまいます。

 しかし、そうした折に本作にふれるともう少し頑張ってみようという気にさせられます。

 輝くような笑顔がまぶしいと同時に、それ以上のものを与えてくれる、そんな素敵な作品が私にとっての本作なのです。

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