第7話 竹下製菓

 様々なことがあって、様々なことを制限された昨年のことを整理しいますと、例年は当たり前のようにしていたあることを全くと言っていいほど行っていなかったことに気付きました。

 それは夏場にアイスを食すということで、いつもでしたらこの記憶と酒の席が思い出されるのですが、それがどうやっても出てきません。

 きちんと食の日記でも付けていれば残っているのでしょうが、逆に言いますと、そこまでしないことにはと思い出すことができないということです。

 この理由を掘り下げて考えてみますと、外での食べ歩きを控えたということや、夕食に持ち帰りを増やしたことでアイスを買うタイミングが減ったことがあるように思います。

 どうしても、一人暮らしをするようになってからはくじらのように飲み歩いた後でいただいいたり、出歩いているうちに汗だくになっていただいたりすることが増えています。

 そうした時、堪らなく嬉しいのが赤城乳業はガリガリ君なのですが、それよりも手にしてしまうのが「袋氷」のイチゴ味です。

 これを一つ買い求め、袋の一端を食い千切り、開いた隙間から押し出したかき氷をいただくと、何とも懐かしい味がします。

 私が小学校の中学年になるころには近所の駄菓子屋も消えてしまいましたので、味の思い出として強く残っています。

 何より、安いのが嬉しいです。

 特に食欲に対して小遣いの少なかった中高生の私は、何か冷たいものをと思った時にはこれを買いあさりました。

 そして、そのころにこの氷菓子を竹下製菓さんが作られていることを知りました。


 竹下製菓さんと言えば「ブラックモンブラン」が有名ですが、私も子供のころから大好きな商品です。

 行く先々で目にし、買い物について行っては買い物かごに入れていました。

 なんといいましても、バニラアイスとチョコレートという子供の心をつかんで離さない組み合わせに、私も熱狂的に愛していました。

 それに加えまして、このアイスの特徴は様々な触感を味わえることでして、単純に合わせただけではないところが何ともたまりません。

 特に、クランチの砕ける音の心地よさは耳で楽しむこともできて、まるで雪で薄化粧した真っ白な道を踏み歩くような面白さがありました。


 ブラックモンブランについては、就職で関西へと向かう際に、

「九州以外にはどうやら置いてないらしい……」

という話を耳にして驚いたのを未だに覚えています。

 結果として購入できたのかどうかは記憶にありませんので、就職してからの気ぜわしさで確認していなかったのかもしれません。

 もしくは、同じく手に入らないと聞いていた「うまかっちゃん」を買った記憶はありますので、買えなかった記憶が残されていないだけかもしれません。

 いずれにしても、今は熊本にいますのでいつでも買える環境にあります。

「住むなら、故郷に近い方がええぞ」

 転職の際にこの一言を私に下さった方は、こうしたことを教えて下さったのかもしれませんね。


 竹下製菓と言いますと、どうしてもアイスが出てくるという方が九州でも多いのではないかと思いますが、鶴の里というマシュマロで黄味あんを包んだ商品も手掛けられています。

 これも子供のころから度々口にする商品でしたが、何か洋菓子の姿をしながら和菓子の味のすることから、これをとても貴重なものと長らく思ってきました。

 実際、一つ当たりのお値段はそれなりにしますが、決して手が出ないものではありません。

 しかし、三つ子の魂百までと申しましょうか、幼い頃の印象は未だに私を捕らえて離さず、これをいただく時の幸福感というのはこたえられないものです。

 我ながら少々安過ぎはしないかと思うこともありますが、五十円ほどで得られる幸せがあることも悪くはないのかもしれません。


 私の祖父はこうしたものではなく、ミルクックというアイスを好んで食べていました。

 ミルクセーキを元に作られたこの商品はかき氷を食べているような独特の食感を持ち、また、練乳を思い起させる濃厚な味わいが見事な一品です。

 子どものころの私はブラックモンブランの方が好みでしたので、それを好んで口にする祖父を不思議な目で見ていました。

 成長してからもそうした思いはぬぐい切れず、鬼籍に入ったその姿を思い返しては首を何度もかしげたものです。

 それが分かるようになってきたのは二十代も半ばを過ぎてからでした。

 ブラックモンブランのように数々の子のみを組み合わせたとがったお菓子ではなく、誰かの優しさに包まれたようなとても甘い味。

 これを口にすると、坂に包まれた町が頭をよぎる味。

 特に原子野を目にした祖父にとってのその味はどのようなものであったのか。

 それを知る術はもう残されていませんが、少なくともその穏やかそうな表情を思い返すと、そう悪いものではなかったように思います。

 ただ、変わらずに九州で在り続けるその味はまた別の印象を子や孫に与えてくれるのかもしれません。

 まあ、私の場合は末代になる可能性が高いのかもしれませんが。

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