第5話 ローマ人の物語~ユリウス・カエサル(第四・五巻)
ときどきあることなのですが、この作品はどのようなジャンルに分類するべきか悩むことがあります。
このローマ人の物語についてもそうした話題になることがありまして、形式としては通史の形を取ってはいるのですが、明らかに事実ではないことが書かれているため歴史小説であるとされています。
ただ、その中でもこの二巻については歴史小説ではなく、塩野七海氏が贈る壮大なラブ・レターであると私は考えています。
ローマ帝国という千年以上に及ぶ大国の歴史を扱う十五巻の中で、大きな存在であるとはいえ、そのうちの二巻を一人の人物に宛てるというのは塩野氏の愛があったためとしか言いようがないのではないかと思います。
確か、本作は一年に一冊ずつ刊行していたかと記憶していますので、少なくとも二年ほどはこのローマ史上最大のプレイボーイとの語らいを続けられていたことになります。
実際には、カエサルはローマ史を大きく変える人物ですので他の作品や巻を書く際にも語り合われたのでしょうから、その逢引はそれよりもはるかに長かったのかもしれません。
どちらにしても、この作品を読み進めていくうちに読者である私は、確か高校生になったばかりではなかったかと思いますが、ローマの通史への興味から一個の男性への興味に視点を大きく変えられたように思います。
それまでにも、三国志などを通して歴史に登場した英雄に心酔することはあり、またそれまでの巻で登場した英雄にも馴染んでいたのですが、それらが全て「カエサル基準」とでも言うべきもので塗り替えられることになりました。
諸葛亮も張良も、ハンニバルもアレキサンダーも、カエサルを前にしてはどうしても占める席が一つ引いてしまう。
これが世界観によってはクレオパトラに贖罪を求める百貫デブにされてしまおうとは、とこの件についてあまり語ると怒られそうなのでこの辺で止めておきます。
ちなみに、そのゲームはカエサルのためにプレイをしていません。
他の世界観を考えれば長く続けそうなんですけどね。
話が少々逸れてしまいましたが、そもそもユリウス・カエサルをご存じない方もいらっしゃるかもしれません。
英語名ではジュリアス・シーザーとされるカエサルは、シェイクスピアの悲劇の題材にもされたことのある古代ローマ帝国の天才です。
ここで天才という表記をしているのは私の言葉ではありませんで、歴史家モムゼンをしてカエサルを評した「ローマが生んだ唯一の創造的天才」という言葉から引いたものです。
それというのも、カエサルは政治家に限らず、軍人、文章家としての活躍も一級品でして、政治家と単純に紹介することに引け目を感じたからです。
最も近い在り方としては三国時代の曹操がいるのですが、この大英傑ですら霞んでしまったのは、今のヨーロッパを創り上げた施策によるところが大きいです。
いけませんね、カエサルの話をしていますと私も熱くなってしまうのですが、これでも落ち着いた方なんです。
高校時代には心酔しきっていまして、文庫版では六冊になる本作をぼろぼろになるまで読み続けていました。
事実は小説よりも奇なりという言葉もありますが、実在したカエサルの生き様は当時読んでいたどのような物語をしてもそれ以上の高揚を私に与えないほどでした。
当時の私がやたらとローマ帝国から引用した言葉を用いたのはそうした事情もあります。
カクヨムに上梓しております「文輪帝国興亡の歩み」には今でも形として残っていますが、執政官などの官職や最終事態宣言などの言葉を見ていると顔から火が出そうになるほど恥ずかしくなってしまいます。
それほどに入れ込んだ私ですが、それは衆道に近いものではなく、一個の少年がヒーローに憧れるようなものでした。
そして、その憧れは三十を過ぎた今でも常にしまってある思いでして、急に背を負いたくなっては読みふけってしまうことがあるほどです。
その一方で、ローマ帝国の通史を見ていくとあまりにも大きく盛り上がり過ぎたがために、ここから先の波風が少年の目にはどうしても物足りなくなってしまいました。
その最たるものが三頭政治に対するイメージです。
カエサル・ポンペイウス・クラッススの三人の実力者で組んだ政治同盟である「第一次三頭政治」を読み進めるとき、野心の凝集された男達の脂ぎった姿が思い浮かびます。
対して、オクタヴィアヌス・アントニウス・レピドゥスの三人で組んだ「第二次三頭政治」を読み進めていくとき、オクタヴィアヌスの若さもあってか、どうしても油分の不足を感じてしまいます。
それでも、この時期はまだ胸躍る場面も多いのですが、それ以降の盛り上がりは幕下と幕内の取り組みほどの差があるように感じてしまいます。
内容としては幕下の相撲のように光るものも多いのですが、そして、他の通史であれば英雄とされるべき人物は多いのですが、果てしなく続く小さな寂しさを噛みしめながら残りの十巻を読み進めたというのが当時の私でした。
今ではそうした思いも小さくなってきたように感じますが、それでも、時にどうしようもない切なさを覚えてしまうのは、筆者の行間に残した愛情によるものなのかもしれません。
「市民たちよ女房を隠せ、
凱旋式でカエサルを前にこのような言葉を投げつつ、彼が暗殺された後も粛々とその遺言に従ったカエサルの軍団兵たちのように、あるいはカエサル最大の武器で心を射抜かれているのかもしれません。
いずれにしても、私の中で快闊な笑顔を振りまく英雄を齎した本作に、私は感謝より他の思いが浮かびません。
こうした作品がいずれ書ければ、というのはあまりにも過ぎた欲なのでしょうが。
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