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 バンバが背を向けたのを見てから、ジャリマナはけていき、逃げようとする少年の左手をつかんだ。


「放せよ、俺がなにをしたっていうんだよ」

「盗んだものを返すんだ」


「盗んでなんかない」

「いや、俺は見ていた」


 窃盗を白状することを、少年はかたくなに嫌がった。


「だれか助けてくれ! こいつらに!」


 少年はそうわめき散らした。その声の悲痛さはとても演技とは思えなかった。ジャリマナは手を離すしかなかった。


「おい、離脱するぞ」


 ふたりの周りを囲もうと大勢の人々が集まりはじめていた。どれだけ土埃つちぼこりが舞おうとも、蒼色あおいろの空に浮かぶ白い雲は気ままに風に身をまかせている。


 ジャリマナたちは足早にその場を去っていった。屈辱的な悪罵あくばの数々が、ふたりの背中をめがけて、放たれた矢のように飛んできた。


 L通りから少し離れたところで、ジャリマナは緑色のヘルメットを地面に叩きつけた。


「備品だぞ。壊すなよ」


 ジャリマナは、仰向あおむけになったヘルメットのふちを右足で勢いよく踏んで、その反動で浮き上がってきたところをつかみとった。


 身体中が汗でびしょびしょになっていることにジャリマナは気付いた。肌に触れる下着の気持ち悪さが伴奏となって、怒りは際限なく増幅していった。


   ――――――


 武器を預けて、タオルで身体をいてから、非武装時の迷彩服に着替えた。そしていつものように黒色のヘルメットをかぶって、バイクを走らせた。


 気づかれないようにその後を追う、一台の軽自動車。

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