sept

 バターがぬられたパンを口に運んでいると、その横にンバマリナが座った。コーヒーからは湯気がたゆたっている。このの厚い紅色あかいろの唇に、ジャリマナは情熱的なものを感じた。


「そろそろ止した方がいいぜ。隊長にバレそうだ」


 どうしようもない。自分の処遇より優先されるべきなのは、少女の寂しさを埋めることだ。


「こうしたことに関しては上も厳しくなるぜ。ただでさえ不祥事が続いているんだからな」


 ンバマリナは芝居がかった声を出していた。


 彼はきっと、アバンダに言わされているのだ。アイツを止めろと。自分のところの隊員が立て続けに不祥事を起こしたら、アバンダの面目がたたない――ジャリマナはンバマリナの昇級への欲求を知っていた。


 内戦後、同じく貧苦にあえいだとして、ジャリマナにはその気持ちがわからなくもなかった。


 しかし昇級をしたからといって、軍そのものの共通の理念だとか目的だとか、任務の内容が変わるわけではない。


 そもそも、正義には、階級も、経済もない。


「だからさ、お前も処分されるまえに止めてしまえ。俺はお前がしていることを全て知っているわけではないし、決してなにかを疑っているわけでもない。ただ、だからさ、帰国沙汰きこくざたになってほしくないんだよ」


 なにより、正義には、友情がない。


 味方の敵は敵である、みたいな発想を超越し、敵を愛し、敵を愛するためには、味方を敵にし、その敵にした味方でさえ愛し……正義は、動く、浮遊する、絶え間なく。


 ジャリマナは少女を――反政府武装勢力の隠れみのになっていた村で、様々な悲劇を目撃した少女を、家族の絆がズタズタになったあの少女を、見捨てるわけにはいかなかった。

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