six

 迷彩服の下にいくつものあざを隠したジャリマナは、バイクを走らせていた。


 晴れた日の夕方には、欠かさずにこの場所に来ることにしている。それは少女との約束だったから。真っ赤に熟してめらめらと燃えている陽が、空一面に夕焼けを描いている。それは破裂したオレンジのような色をしていた。


 ジャリマナはいつものように右手を振った。すると少女は両手で応じてくれた。


 板チョコを一枚差し出したら、少女はすぐに銀紙を破いてチョコを半分に割った。そしてそのまた半分をジャリマナに渡して、あどけなく笑った。


 どこから来たのかもわからないジャリマナを心から信じるその純粋さは、荒廃したこの国にとっては、貴重な鉱物資源より必要とされているものかもしれなかった。


 ジャリマナは、ときにこの少女を自分の子供のように見てしまうことがあった。家族とはもう絶縁した孤独の身のジャリマナにとって、自分になついてくれるこの少女は、まったくの他人だとは思えなかった。


 もしあの内戦が起こらず、故郷はいつまでもあくびが出るほどの牧歌的ぼっかてきな農村で、つつましやかながら笑いのたえない家庭があり続けたなら、自分はどうなっていたのだろうか。


 心に寂寞せきばくを抱かなくてもよかっただろうし、役場の職員になっていたかもしれない。


 記憶を修正した妄想は、ジャリマナの胸中きょうちゅうを揺さぶった。


 冷たい風が左頬ひだりほほを打って、少女は身震いをした。ジャリマナはバイクを動かして、それを風除かぜよけにしてあげた。破けた銀紙が、勢いよく飛んでいった。少女がそれを追いかけるはずはなかった。


 用がなくなったものの宿命とは、そういうものだ。ただそれは、消えたわけではない。存在したまま、別のところに導かれていったのだ。このふたつには、あまりにも大きな隔絶かくぜつがある。


 存在していれば、なにかが起こりうるかもしれない。可能性というものは、せてしまわない。この世において消えることがないもの、そして消えてもおかしくないものを存在させ続けるもの。それが、可能性だ。


 ジャリマナは、この少女にいくつもの可能性を見いだそうとしていた。


 いつものように彼女を村の前まで送っていった。そして、口元についたチョコレートを人差し指でいてあげた。


 大きなジャリマナの指は、少女のほほあざに触れてしまった。少女はのけぞって、泣きそうな顔をした。


 ジャリマナもまた泣きたくなった。少女の華奢きゃしゃな右の手をぎゅっとにぎった。それしかできなかった。


 晴れた日には必ず来るということを、再度、約束した。

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