deux

 忽然こつぜんと姿を消すジャリマナを、同僚たちはいぶかしんでいた。この日も人員輸送車の中で、隊長のアバンダは何度目かわからない忠告をした。


「治安維持部隊の名誉honneurだけは汚すなよ」


 ジャリマナはただうなずくだけで、反省も反抗もしなかった。つまらなさそうにフランス語の風刺小説に目を通していた。


「△△地区に展開しているQ国の部隊は、少々危ないことをしているそうですよ。世界が知らないことをたくさん。現地の人々は我々に忌避感きひかんを抱いていますよ。それでも俺たちがいなければ満足に生活できないものだから、追い出すわけにはいかない」


 この部隊で最も身体付きのよい、細く切られた目をした同僚が、太い腕を組みながらアバンダにやんわりと反駁はんばくした。ジャリマナへの彼なりの擁護だった。


 このンバマリナという男は、入隊時期を同じくするジャリマナの仲間だった。そしてこのンバマリナだけが、ジャリマナの強烈な反愛郷心アンチノスタルジアを理解していた。


 いたるところに元犯罪者たちが暮らしている故郷は、どんなディストピアより黒い薔薇ばらのにおいをしている。


 この派遣先のZ国の駐屯地だけが、ジャリマナの家に等しかった。しかしそれはしっかりと土に根づいた家ではない。治安維持部隊の解散とともに引っこ抜かれてしまうひと時の家だ。


「国に帰りてえな」

「そうだなあ」


 この部隊では最年少のふたりが不平を口にした。まだ十九歳である。ふたりは先ほどまで、この場にいない副隊長のンボマイナの悪口を言って盛り上がっていた。しかしンボマイナへの悪口の種類は、すぐに底を尽きるほど少ないようだった。


 内戦が再燃してはなんとか消火されるこのZ国の夜空には、その戦禍せんかが及ばなかった。星はかわらずに燦爛さんらんと輝いている。あの星のようなきらびやかな国になる予兆はひとつもなかった。もしかしたら平和の訪れというものは延々と先送りにされていき、宇宙の消滅を追い越してしまうのではないか。


 ジャリマナは少女のことを想った。あの少女は平穏な村に住んでいても、平穏な国の子どもではない。白布で抑えつけようとした炎がめらめらと燃え立ち、いつか彼女の住む村に火の粉を飛ばすかもしれない。

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