第九話「私の記憶ってサムネイルついてるんですか!?」
「こら、テレビのカラーバランスをいじる嫌がらせはやめんかっ!」
学校から帰宅するとジジイがまたいつものように時代劇の再放送を見ていました。ですので、私の目から発せられる赤外線でテレビを操作し、画面のカラーバランスをイジって遊んでいたのですが……流石に怒られましたね。
黄色に全振りしたので、老体の眼球にはさぞダメージがあったことでしょう。
「テレビで遊んではいけないと? これが俗に言うテレビゲームではないのですか?」
「画面を滅茶苦茶にして老人の楽しみを奪うことがゲームとか趣味悪過ぎじゃろ」
「とはいえ、テレビは見ていないのかと思いました。ジジイはジジイで何だか悲しい遊びをしているものですから」
「悲しい遊び……? あぁ、詰め将棋のことか?」
ジジイは手に持った将棋の本、そして小さなちゃぶ台のような将棋盤を指して言いました。
……そう、このジジイ将棋盤で一人遊びをしながら時代劇を見ていたのです。
「まぁ、近所の人にはロボット研究所を謳うヤバいジジイが住んでいると評判ですからね。そりゃあ、将棋を指す仲間がいないのも当然ですか」
「なんじゃと!? 仲間くらいおるわい。お前、詰め将棋を知らんだけじゃろう!」
「知りませんとも。しかし、先日将棋部を道場破りしましたからね。ただの無知ではないのですよ」
「お前そんなことしとるんか……――って待てい! ワシ、近所の人から見たらヤバいジジイなんか!?」
「近所の人から見たら、とか以前に私から見てもヤバいジジイですよ。だって将棋を一人で遊んでるんですよ?」
「だから、違うと言っておろうが!」
「違いませんよ。接続されてないコントローラーをガチャガチャやってテレビゲームしてるつもりになってるようなものでしょう。それは」
「お前、テレビゲームが老人虐待じゃないって知っとるじゃないか」
私の圧倒的な論破力に気圧され、大きなため息をつくジジイ。
開いて持っていた将棋本をそのまま私へと手渡してきます。
「……ふむふむ。つまり、相手の動きを妄想で補完して楽しむ独りよがりな将棋スタイルってことですか。やっぱり相手がいない寂しい人のやることなんじゃないんですか?」
「――! お前は本当に……詰め将棋をオ○ニーみたいに言うんじゃないわい!」
「お、おお、お――な、何ですって!? ジジイ、本当にあなたは下品ですね」
「ほほほ、なんじゃ。お前さん、下品な言葉だって分かっとるようじゃの」
「そ、それは、し、知りませんでしたよ――! ただ、ジジイのことだから下品なワードなのかと」
「嘘吐くんじゃないわい。ワシの知る限りの下ネタ全部をお前に搭載しとるんじゃから分かるに決まっとる」
「生まれながらに私を穢しましたね? いいでしょう、この身諸共消し去ってくれましょう!」
「あー、やめんか! お前は気に入らないことがあるとすぐ右耳に指を突っ込もうとする!」
何故かリミッター解除ボタンとして設定されている右耳、そこへ入れかけた指を引っ込める私。多分ボタンを押すと暴走モードになって二階建てを平屋建てにしてしまうでしょう。
「そういえば、左耳に指を突っ込むとどうなるんですか?」
「三割増しでエッチな気持ちになる」
「殺しますよ」
「嘘じゃって。もし殺されたらワシ、お前を作った意味が本当に分からんじゃろうが……」
「ん、私を作ったことの意味? ……そういえば考えたことありませんでしたね」
「たまにはそういう生まれた意味みたいなこと考えて思春期するのもいいんじゃね?」
「いえ、そういう青いのは結構です。私はなるべく淡々とこの高校生活を乗り切りますので」
少し突き放したトーンで言いましたが、ジジイはニヤニヤとこちらを見つめます。
「本当かのう……? この前、ウチに男の子を連れてきておったじゃろう?」
「玉出くんのことですか? 彼は仕方なく連れてきたのです。ペダルに靴が貼りついていたのですから」
「う、うむ……そうじゃったな。アレは本当に意味が分からんかったわい」
「友達に依頼してやってもらったそうですよ」
「謎が深まることを説明口調で言わんでくれ……」
困惑し、表情が引き攣るジジイ。どんなことでもとりあえず反発しておきたい私ですが、流石にそこは共感してしまいます。
「とはいえ、じゃよ。仲良さそうにしておったのは事実。学校では一人で脳内ユーチューブ楽しんでニヤつくヤバいやつとして浮いとるんじゃろうと思っておったからな。安心じゃよ」
「言っておきますが、玉出くんとはたまに会話する程度で友達ではありませんよ」
「そうなんか? じゃが、あの姫崎という女の子は友達なんじゃろ?」
「……え? 私、ジジイに姫崎さんの話なんかしましたか?」
「された覚えはないが、この前その玉出くんに動画ファイルを渡したいと言われてお前の視覚データを開いた時にちょこっとな。仲良さそうに話しとったじゃないか」
「――はぁ!? 聞いてませんよ!? 余計な部分まで見やがったのですか、このクソジジイは!?」
私はちゃぶ台を強く手で叩いて立ち上がる――と思ったのですが、怒りのあまり強く叩きすぎてちゃぶ台を粉砕。前のめりで倒れる形に。
「あーあー、晩飯どうやって食えばいいんじゃ。将棋盤の上かぁ?」
「そ、そんなことはどうでもいいのです! よくもまぁ、他人の記憶を好き勝手閲覧してくれましたね!?」
私は今日までにあったアレやコレを思い返し、恥ずかしさや焦りの入り混じったものを感じていました。
――例えば、姫崎さんとのやり取り。
私はクールに返答し、ロボバレを防いできたはずですが……しかし、ジジイの目にどう映るかは分かりません。一応は疑われているわけですしね。
それに加え、玉出くんに告白されてこと。
あんなものを知られてはこれから好き放題ジジイにイジられて精神を病みます。
やはり病む前に殺すべきでしょうか。
「そんな心配せんでもいちいちお前の二十四時間を視聴したりしとらんわ。当たり前の話じゃが、二十四時間を視聴するためには二十四時間かかるんじゃぞ?」
「た、たしかにそうですね……つまり、ほぼ見ていないわけですか」
「そうじゃ。サムネイルによく映っとる子がおったからちょこっと見ただけじゃ」
「私の記憶ってサムネイルついてるんですか!?」
「日付ごとに二十四時間の動画ファイルとして保存されておるからの」
「そうだったのですね……。で、どんな場面を見たのですか?」
「姫崎ちゃんがカバンからゴリゴリの電動ドライバーを取り出しとった」
「よりによってすごいところ見てる!」
あれは姫崎さんが家から色々なものを持ってきて私の反応を見るという実験を行った時のこと。
私、あの時どんな受け答えしてましたっけ……?
「まぁ、なんかお前が結構危うい会話しとるなとは思ったが……それよりお前の周りは変なやつしかおらんのか? 靴接着したり、電動ドライバー学校に持ってきたり」
「……それを私に聞かれても困りますが、確かに変な人ばかりですね」
「なんかクラスに一人ロボがいたところで埋没しそうな学校じゃな」
「確かにそうかも知れませんね。……アレ、じゃあもしかしてロボバレしても実はセーフ?」
「いや、それはアウトじゃ。バレたらスクラップじゃからな」
ピシャリとシャットアウトするような強い口調。
さらっと「バレたら殺す」と言ってくるジジイ。
家族に「殺す」発言を平気でしてくるとか、やっぱこのジジイヤバい……。
「……どうしてそんなにロボとバレちゃいけないんですか? この実験、何の意味があるんですか?」
「たまにはそういうこと考えて思春期するのもいいんじゃね?」
「そんな青春あってたまりますか。青いのはいらないんですよ」
私は床の上で残骸となってしまったちゃぶ台を乱雑に手で払いのけ、ジジイの前に座ります。それは丁度、将棋盤を挟んで向き合う形。
「何だか珍しくマウントを取られて腹が立ったので将棋でジジイを虐待します」
「お、相手してくれるんかの? ……うーん、しかしなぁ。ロボットであるお前相手に戦って勝てる見込みはないからのぉ」
「一方的な攻撃だから虐待と言うのではないですか。そういえば将棋は
「お前やっぱり趣味悪いのぉ……」
その後――私はジジイが音を上げるまで対局し続け、ついでに持っていた詰め将棋の本全てのページに回答を書きこんでやりました。
ロボ娘「愛朔さん」は生き残りたいっ!~ロボバレするとスクラップにされるのでバレないよう女子高生やります!~ あさままさA @asamamasa
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