第七話「電池で飯テロを企てた想像力はどこにいったんですか」

「あ! 愛朔さん、おはよう! ちょっとこの動画見てよ。チョー面白くない?」


 休日明け、とある月曜日――登校して教室に入ると、席へ着く間も与えず歩み寄ってきた姫崎さんが私にスマホを渡してきます。


「動画……? チョー面白い動画ならヒカ○ンで間に合ってますので」


 手の平を突きだし、丁重にお断りする私。


「そう言わないでさ、ちょっと見てよ。今、流行ってるんだよー?」

「流行ってる……ですか」


 できることなら姫崎さんとはあまり絡みたくない私。ですが、今回はロボ看破の話題ではない様子。そして、流行というワードに私はやや敏感なのです。


 ロボバレしないよう三年間を生活する上で女子高生らしく振る舞うのは前提条件。ならば、同年代のトレンドを理解しておくのは大事な武器となるでしょう。


 私は姫崎さんのスマホを受け取り、動画を見ることに。


「あー、ティッ○トックというやつですね。まさに陽キャの代名――いえ、何でもないです。硬派なユーチ○ーブユーザーの私としては新鮮です」

「あとで一緒にティッ○トック撮ろっか」

「撮りません」

「あ、踊るだけでロボットダンスになっちゃうもんね」

「なりません。あとロボットダンスになったら何か問題あるんですか」


 当たり前のようにロボ扱いしてくる姫崎さん。

 そして、当たり前のようにロボ扱いに反論する私。


 何かがおかしい……何かがおかしいですが、もう当たり前になってきています。


「無駄話はさておき――動画を見させてもらいますか」


 姫崎さんが隣から覗き込む形となり二人で動画を視聴。


 結果――五分ほどの再生時間中、私は無表情のまま。

 一方で姫崎さんはお腹がちぎれるほど笑っていました。


「……なるほど、高校生あるあるですか。若手芸人さんはこういう場所でもネタを披露しているのですね」

「あれ? 愛朔さん……あんまり面白くなかった?」


 顔色悪くね、の表情で私の顔を覗き込む姫崎さん。

 鬱陶しそうに手で払い、私は姫崎さんをビシッと指差します。


「いいですか、姫崎さん。私もあなたも高校生になってまだ一月も経ってません。なのにあるあるネタで笑えとか無理があるでしょう!」


 ハッとした表情で口元を手で覆う姫崎さん。

 クリティカルヒットの手応えを感じました。


 ……そう、面白くなかったのではありません。分からなかったのです。

 そして疑問でした。姫崎さんが何故このネタで笑えるのかが。


 しかし、私は聡明ですので考えればすぐに分かりました。

 つまりこういうことです――!



「姫崎さん、あなた――留年してるんですね!?」



 相変わらず口元を手で覆ったまま、目を見開く姫崎さん。


 ――そう、余分に一年間高校生活を送っているから高校生あるあるで笑えるのです。


 痛恨の一撃、一転攻勢――ここに来て私は姫崎さんの秘密を握り、防戦一方だった状況は覆る!


 まさか動画を視聴した感想一つで隠し事がバレるとは思わなかったでしょうね。

 心の中で高笑いする私――だったのですが、


「……いや、留年はしてないけど」


 ピンときていない表情で首を傾げる姫崎さん。


「え、そんなはずはないでしょう。でないと高校生あるあるで笑える理由がないですし……」

「笑えるってー。だって中学時代の経験でもある程度重なる部分ってあるでしょ?」

「…………そうなんですか?」


 今度は私がピンと来ず首を傾げることに。


 いや、そんなこと言われても私はいきなり女子高生のサイズで作られたわけで。初めての学校がこの高校だったわけで。つまり、中学なんて行ってないわけで。


 って――しまった、やってしまいましたっ!


 気付いた時には遅く、姫崎さんはニマニマとした表情で私を見つめます。


「そりゃあ仕方ないよねぇ。愛朔さんは最近作られたロボットだろうから中学生活の経験がないんだろうし。あるあるに共感できないよねぇ~?」

「――むぐっ! そ、そんなことはないですよ。こ、こ、心の中では大爆笑してました。し、しかし、こういう流行りものは好かない……えーっと、そう、アレです。私は中二病なのでっ!」

「中学経験ないのに中二病かぁ、面白いかわし方するね。愛朔さん、初めて話した頃に比べるとあんまりボロを出さなくなったかも」

「ま、まぁ、そもそも出すようなボロなんてありませんからね……!」


 冷静沈着、居合い切りのように受け流して二の太刀で切る――完璧な対応だったと思います。


 しかし、驚きましたね。

 まさか動画を視聴した感想一つで隠し事がバレそうになるとは……!


 でも残念ですね。姫崎さんの弱点を握れたと思ったのに。


 ……そういえば私、姫崎さんのことってあんまり知らないんですよね。会話する時も基本、私をロボいじりしてくる言葉の応酬を華麗に返すだけですから。まぁ、友達でもないので別に構わないのですが。


 それはさておき――。


「高校生あるあるに関しては私と相性が悪かったでオチがついたわけですが――姫崎さん、オススメされた手前私からも面白い動画を紹介しないわけにはいきませんね」

「愛朔さんのオススメも教えてくれるの? でもなぁ……」

「何ですか、不満そうですね」

「いやさ、愛朔さんはロボットだから工場のライン作業を延々と撮影した動画とかそんなんでしょ?」

「――はぁ!? 失礼ですねっ! 工場のライン作業のどこに面白がる要素があるんですか! 電池で飯テロを企てた想像力はどこにいったんですか!?」

「愛朔さん、どこでキレてんの……」

「キレますよ。人間に置き換えたらどうなるかを想像してシチュエーションを選んで下さい! あなたならできるでしょう!」

「ロボットである前提は否定しなくていいの?」

「え? あ、じゃあ……こほん。ロボットじゃないですからっ!」


 胸に手を当て、選手宣誓のような高らかな声で訂正した私。

 返す言葉もないのか姫崎さんはジト目でこちらを見つめるのみ。


「それじゃあこのスマホでユー○ューブを開かせてもらいますよ。通信料は私のwi-fiを使ってますから問題ないですよね」

「すごいよねぇ、愛朔さん。体からwi-fi出てるんだもん」

「出てません。ポケットwi-fiを常備してるだけです」

「だとして、それをクラスメイトに無料解放してるのもすごいけどね」

「うるさいです。ユー○ューブ開きますよ?」

「機械の指ってスマホに反応するのかな?」

「……………………ほら、反応しましたよ! 当然でしょう、機械じゃないんですから」

「タッチするまでのちょっとした間は何だったの」


 姫崎さんの言葉は無視し、私はユー○ューブの検索窓にワードを入力しようとします。


「あ! 愛朔さんのことだからどうせヒカ○ンの動画見せてくるんでしょ? 別に嫌いじゃないけどわざわざ紹介してくれなくてもいいよー?」

「しょ、紹介するわけないでしょう。ヒ○キンの知名度ですよ? 全国民が毎日視聴しているものをわざわざ紹介しませんよ」


 できればお気に入りのヒカキ○動画をシェアしたかったのですが、先読みされてしまったのでNGに。


 他に何か面白い動画がなかったか迷っていると、


「――おはよう!」


 教室に響く男子生徒の声。

 その声の持ち主は玉出くんであり、私は閃きます。


「そうでした。とっておきのがあるではないですか!」

「んー? 何を検索する気――って、ちょっと愛朔さん! タマキ――って、変な言葉入力しないでよっ!」


 予測変換にタマ○ンが残る危惧に姫崎さんがスマホを取り返そうとしますが、そこはロボットの私。俊敏さ、頑丈さ、そして圧倒的パワーで死守。


 無事、玉出くんのユー○ューブチャンネル――タマ○ンTVを検索することに成功。

 動画を姫崎さんに見せてあげることに。


「……え、嘘でしょ!? た、た、玉出くん、ユーチ○ーバーデビューしてるの!? しかも……こ、ここ、こ、こんな名前で!?」


 唖然とし、震える手で動画を再生する姫崎さん。

 今までにない反応を引き出せて私は上機嫌でした。


 姫崎さんが視聴する動画――それは私の視覚情報を動画ファイルにして玉出くんに渡した、彼の靴がペダルに貼りついているせいで横転するあの惨劇なのでした。

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