第六話「心外ですね。訴訟ものですよ」

「随分といい天気ですね。晴れの日は好きです。……まあ、別に雨が降っていたとして私の体は錆びついたりしませんが」


 晴天の空を見上げ思わず目を細めるも、日光を直視して問題なかったことを思い出し瞼を開く私。


 今日は日曜日ですので当然学校はお休み。一日中充電しっぱなしでダラダラしていようと思ったのですが、ジジイにうるさく言われて外へ出てきました。


 ちなみに充電という行為、し忘れはロボバレに繋がるからか行うとちょっとした快感を伴うようになっています。人間の食事や睡眠で満たされる感覚に似ており、積極的に行いたい欲求が存在します。


 ――とまぁ、そんなわけで私は愛朔ロボット研究所から出て近所の住宅街を歩いています。


 このまま商店街の方へ出てもいいですし、電車で二駅先のここより大きな街で買い物をするのもアリでしょう。二駅先の街ならファストフード店やネットカフェで盗電せずにコンセントを使えるので、そこらで充電状態を満喫するのもいいですね。


 それに金銭的な余裕もあります。以前購入したユーチューバーチップス(カードは回収済み)は結局私自身では処理しかねたのでジジイに買ったままの値段で売りつけました。


 老体に塩分過多なポテトチップスはさぞ毒でしょうが、私も財布を温めるためジジイの寿命を削る苦渋の決断をしたのです。まぁ、トントンでしょう。


 ――などと考えている時でした。


「お、愛朔さんじゃないか! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ!」


 前方から自転車に乗った玉出くんが爽やかな笑みで手を振りながら走ってきました。学校の通学に使うような自転車ではなく、高級そうなロードバイクです。


 玉出くんですか……。ちょっと相手する気分ではないですね。


 とりあえず無視してすれ違うことにした私。知り合いに会ったのに立ち止まらない私の態度に驚いた玉出くんが脇を通り抜けて行きました。


「こらこら、無視しないでくれよ。せっかく会ったんだし、もし暇なら――」


 予想していた言葉をかけてきた玉出くんでしたが、そこから続いたのは言葉ではなく――ガシャンという物が強く打ち付けられた音。


 流石に気になって振り向くと何故か自転車に乗ったまま玉出くんが横転していました。乗ったままという表現に比喩などは一切なく、本当にまたがったまま横に倒れていたのです。


「……どうしてそんな体勢で倒れているんですか。どうせ倒れるならもう少し受け身を取ったりもできるでしょうに」

「俺としてもそうしようとしたんだけどさ、足がペダルから離れないんだよ」

「……はい? 言っている意味が分からないんですが」

「こう言えば分かるかな。ペダルに強力な接着剤が塗られてたみたいで靴がひっついて取れないんだよ」

「言っている意味が余計に分からないんですが」


 謎は深まるばかりでしたが、玉出くんの言うとおり靴がペダルに接着されていようでした。


 とりあえず――事情としてはペダルに接着剤を塗られた自転車に気付かず乗って移動し、ここまでは一度も止まらずに来れた。そして、すれ違った私を追うためUターンすべくブレーキをかけると地面に足をつけず倒れたわけですか。


 ……事情は分かりましたが、前提が意味不明すぎます。


 玉出くんは靴を脱いで靴下のまま立ち上がり、自転車を起こしました。自転車のペダルが余力でくるくる回り、その光景はまるで透明人間が靴を履いて漕いでいるようです。


「どうやら友達に依頼していたことが早速形となって現れたみたいだ」

「形になって現れたこの惨状にどうして満足そうなんですか。あと依頼するって何ですか……」

「いや、何もペダルに接着剤を塗ってくれと頼んだわけじゃないよ。俺のざっくりとした依頼を踏まえて考えた結果がコレなんだと思う」

「友達の読解力が凄すぎるのか、それともあなたの説明能力がなさすぎるのか……」


 どちらにせよ類友、ということになるのでしょうか。


 ジト目で玉出くんを見つめる私。

 視線に気付いた彼はキザに髪を掻き上げて笑みを向けてきます。


「これで俺も愛朔さんに認められる男に一歩近づけたかな」


 こいつは何を言っているのでしょうか。


「……私がこんな奇妙奇天烈な思考回路した人間を好きになると思われているとは。心外ですね。訴訟ものですよ」

「おお! 訴訟されてみた、っていうのもいいねぇ! 面白そうだよ」

「面白そう……? あなた、窓からのバク転や今回の件といい随分と自分を痛めつけることにやたら前向きなのですね。もしかしてそういう趣味の方なんですか?」

「いやいや、そういう趣味はないよ。ただ動画のネタになるんじゃないかと思ってさ」

「動画のネタ……?」


 私は呟きながら思い出していました。


 そういえば玉出くんは以前間違って壁に告白し、ユーチ○ーバーになることを決意したのでしたね。


 ……字面にすると意味不明ですが。


 なるほど。この横転も動画のネタを追い求めた結果。ドン・キ○ーテの商品紹介をすると言っていたのはどうなったのかと思いますが……。


 それはさておき、友達への依頼というのも何となく分かりますね。


「動画のネタにしたいからイタズラをしてくれとでも言ったのですね」

「そういうこと。ドッキリの反応を撮影した動画を撮りたくてね」

「だとしたら、あなたの友達は随分と危険な思想を持ってますね。自転車に細工するのがそもそも危ないですし、時間差で効果を発揮するところに狂気を感じます」

「そうかなぁ? 悪い奴じゃないんだけど」

「ちなみにその友達は今、どこかであなたを撮影してるんですか?」

「撮影? ――あ、そうか。撮られてないと俺がただ転んだだけじゃん!」


 古典的に手をポンと叩き、閃いたように語る玉出くん。


 私は周囲を見回しますが、玉出くんの友達がカメラを回している様子はありません。


 その友達、十分悪い奴ですよ……。


 きっとカメラを回さないと意味がないことには気付いていながら、正々堂々イタズラできる誘惑に勝てず依頼を受けたのでしょう。


 玉出くんの言葉のとおり、彼はここで転んだだけですね……。


「それにしてもあなた、本当にユー○ューバーになるつもりなんですね」

「もちろんさ。俺は君に指示されるユーチュー○ーになる男、タマ○ンだからね」

「本当に冒涜的な活動名ですね。あらゆる手を尽くして炎上させたいですよ」

「俺は有名になるためなら炎上も厭わないぜ」

「それほどのキメ顔で言うなら私の尽力はきっと宣伝に終わりますね。やめときますか」


 しかし、玉出くんがこれほどに本気だったとは。

 私のことが好きだからここまで出来るのでしょうか。


 好きな人のために自転車で横転する動画をアップする……。

 死ぬほど恰好悪いですけどね。


「――でさ、横転する前に言おうとしたことなんだけど、暇だったらどこか遊びに行かない?」

「横転する前に言おうとしたことなんだけど、なんてセリフ初めて聞きましたよ。そして答えはノーです。あなた、靴がペダルの上に貼りついたままじゃないですか」

「ん? あぁ、俺は靴下のままでも構わないよ」

「私が構います。靴下のままペダルに靴が貼りついた自転車を押して私の隣を歩く気でしょう? どんな羞恥プレイですか」

「俺は別に恥ずかしくないけどなぁ」

「だから私が恥ずかしいんですって!」


 私の咎めるような言葉を快活に笑い飛ばす玉出くん。


 ……何というか、無敵ですね。この人は。

 何もかも根負けしたような気持ちになり、私は嘆息します。


「……とりあえず遊びはしませんが、靴はどうにかしてあげます。近くに私の家がありますからついてきて下さい」

「おお、それは助かるなぁ! ありがとう、お邪魔するよ」

「靴剥がしたら即刻帰って下さいね」


 おそらくジジイなら接着剤をどうにかするくらい余裕でしょう。


 クラスの男子を家に連れて行ってジジイがイジってくるであろうことが容易に想像できるので腹が立ちますが、そこはまた折檻すればいい話。


 ……あ、そうです。


 ついでに私の視覚情報に記録された玉出くんの惨劇。アレを動画ファイルにして後日渡してあげる……それくらいはしてもいいでしょう。


 友達に遊ばれた彼への情けという名目で。

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