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 とっくの昔に母と離婚したはずのおやじが訪ねてきたのは、一昨年の秋のことだ。

 その頃、一階の窓やドアはまだ塞がれていなかったし、祖母の箪笥は僕の部屋に置かれていた。


 その日、僕が仕事から帰ってくると、当時まだ中学生だった小夜がおやじと居間のテーブルを挟んで、居心地悪そうにうつむいていた。おやじはセーラー服を着た彼女をじろじろ眺めていたが、僕が居間に入るとこちらを向いて「お前、俊哉か」とやけにでかい声で言った。

 おやじには住むところがなかったので、そのまま僕たちの家に居座った。僕と小夜が留守にしている日中に仕事を探すと言っていたが、その言葉はまったくアテにならなかった。近所のタクシー会社のおじさんから「お前んとこのおやじさん、帰ってきたんだな。昼間××の辺りで見たよ」と言われ、僕はおやじがおそらくハローワークではなく、パチンコ屋に通っているのだろうと見当をつけた。それでもおやじの前に出ると、小さかった頃の僕が心の中に呼び覚まされて、口がうまく回らなくなってしまうのだ。

 七歳になるまでおやじと暮らしていた記憶のある僕には、暴力的な父親に対する恐怖心が根付いていた。そして十年の時を経ても、それは忘れ去ることができなかったのだと思い知った。


 とはいえ、最初の頃おやじは下手に出ていた。小夜の作る食事をほめ、不器用な手つきで食器を洗い、洗濯物を畳もうとした。僕に何度も「世話をかけてすまない」と謝り、居間の片隅に置かれた仏壇を神妙に拝んだ。

 だからと言って僕はおやじを好きになったわけではなかったが、あえて追いだすことはしなかった。このことを僕は今もずっと悔いている。

 小夜は僕ほどおやじに対して抵抗がない様子だった。母が離婚した当時まだ二歳だった彼女は、当時のことをほとんど知らないのだ。

 おやじはよく小夜を「きれいになった」とほめ、くだらない冗談を言って笑わせた。少なくとも横暴で荒っぽい口を聞いたり、しょうもない理由で殴ったりはしなかった。


 おやじが家にやってきてしばらくの間、僕はほんの少しだが夢を見ていた。

 おやじは僕と小夜と、ただ平凡で穏やかな暮らしをしたくてやってきたんじゃないか。祖母が亡くなってふたりぼっちになった僕たちだけど、おやじと三人、もう一度家族に戻って助け合いながらやっていけるんじゃないか、という夢を。

 日が経つにつれ、おやじの態度はだんだん不穏なものになってきた。夕食をつつきながら安酒を飲み、料理に文句をつけるようになった。僕たちがいない間に家の引き出しという引き出しを漁り、小夜から財布を取り上げようとした。

 でも、必ず最後には哀れっぽい顔と声になって、就職がうまくいかないからついイライラしてしまっただのなんだのと言い訳をする。そうすると僕と小夜は、最初の頃のしおらしい態度を思い出して、こいつをつまみだすことをつい、ためらってしまうのだった。

 僕たちはまだ「三人で楽しく暮らせるようになる」という希望を捨てきれずにいた。小夜にはずっと不在だった父親という存在への憧れがあったし、僕はたったひとりの大黒柱として生活を支えていかなければならないことへの不安を抱えていた。だからふたりとも、都合の悪い事実に目をつぶっていたのだ。


 そしてあの日、破滅が訪れた。

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