“ウノ”

教授がプログラムを起動させると自動音声が流れた。


ゴゴーピビーーーーキュルキュル


《トウミンソウチサドウシマス

トウミンソウチサドウシマス

サンフンニジュウゴビョウゴニ

ポッドナイノニンゲンハ

スリープモードトナリマス》


ピビーーーキュルキュルー



《スリープモードカイジョハ

ロクセンゴジュウロクネンゴデス》


「6000…50…!?」

玲はその途方もない年月に思わず気が遠くなった。


「仕方あるまい…計算上汚染が完全に無くなるまでにはそれくらいかかる…さぁ二人共ポッド内へ入るのだ…うぐ…っ」

教授…!二人が振り向くと真鍋教授は真っ直ぐな眼差しで答えた。

「振り返るな…!この瞬間も…過去も!任せたぞ…人類を…この時代の意志を未来に繋げてくれ…」

その言葉を聞いた二人は目を見合わせて装置の方にくるりと身体を向け振り返ることなくポッドへと歩いた。


これから幾千の年月を過ごすのだろうと思うと玲は不安で胸が張り裂けそうになった。

その気持ちが身体にも伝わっていた。

足が止まっていたのだ。

「裕太…怖いよ…」

怯える玲を見た裕太は玲の頬をつたう涙を指で拭った。

「玲、いいか俺がついてる。大丈夫だ」

「裕太…」

「きっと寝る時みたいな感じさ。きっとすぐ目覚める。大丈夫」

「裕太は怖くないの?」

「そりゃあ怖いさ。でも玲と一緒だ、孤独じゃないよ」

「私と二人で…その…大丈夫なの?」

「玲と“だから”大丈夫なんだよ。だからもう泣くな」

「うん。わかった」


二人の手はしっかりと握られていた。


「よし、開けるぞ」

ポッドを開けようとした瞬間裕太が腕に着けていた腕時計型のデバイスがジリジリと熱を帯びた。

「しまった…!!」

その瞬間裕太は目を伏せると同時に玲を突き飛ばした。

きゃあ、と床に倒れた玲の前にまばゆい光に裕太が包まれた。

そして裕太は後ろに倒れ込んだ。

「裕太…!!」

玲が裕太に駆け寄り叫んだ。

「クソッ…忘れてた…。これはひよりから貰ったものだったな。アイツ、ここにもウイルスを仕掛けてたなんて…せっかく嬉しかったのにこんなことのためだったのかよ…してやられたぜ…」

心底落胆した裕太は次第に自分の身体にウイルスが入り込んでくるのを感じていた。

「裕太…!裕太!」

咽び泣く玲の手を取り血が流れる目で玲を真っ直ぐ見つめた。

「いいか、玲。お前一人でポッドに入れ」

「な…なにを馬鹿なこと!今手当てを…!!」

「いいんだ…玲が無事だっただけで。それよりほら…ポッドに入れ…」

「何言ってんの!あんたも一緒に―」

裕太は震える手で玲の鼻と口の間に人差し指を当てた。

「もう間に合わないさ…。自分の最後くらいわかる。このままじゃポッドに入っても俺から出たガスで二人共永眠しちまう。いいか?玲一人でも生き残るんだ。いつか必ず希望はある。俺の分まで生き抜いてくれ」

「私一人でどうしろってのよ…!!」

既に玲の声は潰れ、掠れた声で叫び、裕太の服を強く掴んだ。




ゴゴーピビーーーキュルキュル


《ノコリジュウヨンビョウ

スミヤカニポッドニハイッテクダサイ》


「希望を…捨てなければ道は必ずみつかるさ。さぁ…早く」

「待って…!じゃあ私も残る!せめて裕太と一緒に居させて!最後の瞬間くらい過ごさせて…!」

そう叫ぶ玲を裕太はポッドに押し込んだ。

「駄目だ。俺は過ごしたくない…。死ぬ間際にお前と二人なんてうんざりだからな!さぁ行け」


そう言うと裕太は震える手で襟足を触った。

その癖を見て玲は涙が止まらなかった。


「…嘘つき…裕太…裕太の…ばかばか…裕太ぁ…待ってよ…!私……あなたのことが!…あなたとじゃなきゃ!」

玲はガラス越しに安堵にも似た笑顔の裕太の顔を見たが、その視界はすぐに涙で霞んだ。



「…玲。元気でな」






ゴゴーーピビーーキュルルル…










ーーーーーーーーーー








遥か未来の世界。


ガス汚染によりほとんどの生物は絶滅したが地球は少しずつ自然を取り戻そうとしていた。

ほんの僅かな木々に鳥や虫たちが寄り添い懸命に生きていた。




玲は朽ちた研究室の入口を出ると荒れてむき出しになった大地を踏みしめ、少し歩いたところでよろめき、倒れ込んだ。



玲はゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。

そこには玲の事などお構いなしに晴れ晴れとした快晴が広がっていた。



玲は空を見上げたままゆっくりと息を吸い込み、静かに目を閉じて息を吐き出した。




「裕太、私ってお馬鹿さんだね。またウノって言うの忘れちゃった」



そう呟くと玲は自らのこめかみに銃を突きつけた――。








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ウノ フジサワ リョーイチ @sushi_rock

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