“勇気”
東條の一言に四人は驚愕した。
マジかよ…そう呟いた裕太の右手はガクッと落ちた。
「俺の父親、東條一は家庭を顧みず研究に没頭していた。たまに帰ったと思えば横柄な態度を取り、そしてついには母親が病に倒れた時にすら顔を出さなくなった。
そんな父親を憎んではいたが、研究者としては尊敬していた。だから真鍋教授からこの話を聞いたときは何故自分が止めてやれなかったのかと悔やんだ。だから少しでもと真鍋教授に協力することにしたんだ。俺は父親を…オルタナを絶対に許さない…」
東條は頭をくしゃくしゃと掻きむしった。
その表情は悲しみと激しい怒りに満ちていた。
東條はその感情を殺し真摯な眼差しで真鍋教授にゆっくりと近づいた。
「そろそろ、行ってきます」
「何処へ行くんです?まさか…外に」
ひよりは真鍋教授から東條に視線を移した。
その言葉に東條の表情は変わらなかったが僅かに眉が動いたのにひよりは気付いた。
「私は今から東條くんとある作戦を決行する。それはコーダのテロを止めるためだ」
押し黙る東條の代わりに真鍋教授がそう話すと部屋の奥にあるデスクの方へと車椅子を動かした。
その引き出しからフロッピーディスクを手に取ると眼鏡をくいと上げた。
「このディスクをパソコンに取り入れコーダのメインコンピュータにハッキングをかけ、奴らの計画を阻止する。哀れなテロと…オルタナを止める」
裕太が叫ぶ。
「そんなこと出来るのかよ!」
「出来なかったら死ぬだけだ」
毅然とした態度の東條の言葉を耳にして裕太は眉を寄せ押し黙った。
「それじゃあ君たちはここで待っていてくれ。ここにいれば一先ず安全だ」
東條がそう言い終わる前に裕太は言葉を遮って叫んだ。
「俺もいきます」
玲も、理も、ひよりも、その言葉を聞き動揺した。
「奴らにいつも通りの日常を壊されてたまるかよ!だいたい、今日はクリスマスだぜ?せっかくのパーティだってのによ!」
「じゃあ俺もいきますか」
真鍋教授たちの方を向いていた裕太の肩にポンと手を乗せ理が言った。
理!と裕太が振り向き驚いた。
「すまない、ありがとう」
「礼はいいわ。愚民を助けるのはエリートの仕事ってだけよ」
理はアニメキャラのセリフを真似ると必死に照れ隠しをした。
それを見ていた玲が呟いた。
「私も…」
「え?」
理はアニメキャラのポーズをしたまま後ろから聞こえた声に振り向いた。
「じゃあ私も行くわよ!こんなことされたままなんて悔しいじゃない!テロを止める瞬間をこの目で確かめたいの!」
玲の肩は震えていた。
裕太は二人の覚悟を感じ取り玲と理の目を真っ直ぐ見た。
「本当にいいんだな」
その言葉を耳にした二人は裕太の目をしっかりと見て静かに頷いた。
「…青春だな。さぁ行こう」
学園ドラマのワンシーンのような三人を見ていた東條が微笑みながら地上へのハシゴに向かった。
「どうか…気をつけて…!」
ひよりのその言葉に三人は同時に親指をグッと立てて満面の笑みを浮かべた。
そして大学内にあるパソコンルームへと向かった。
*
パソコンルームへ着くと東條は息を整える事なくパソコンにフロッピーディスクを押し込んだ。
パソコンの起動音が静かに鳴ると玲は自分の心臓の鼓動の音も耳鳴りのように聞こえてきた。
‐データベース通信中‐
………70%……
…………84%……
「よし上手くいってる」
東條がそう呟いた瞬間ピタリと画面が止まり大量の文字の羅列が画面上に流れてくる。
東條はコマンドプロンプトを起動しその文字の羅列を一つ一つ改変していきプログラムを書き換えていく。
タイピングが追いつかないほど速く流れていく文字がさらにツリーになって枝分かれしていく。
東條が苦戦していると後ろで見ていた理が言った。
「wmicのコマンドラインを利用する非インタラクティブ・モードより、もしかしたらnetshを使った方が効率的かもしれません。IPv6サブコンテキストに変更してメトリック値を省略し、複数あるインタフェースのタイプを速めて優先させれば或いはー」
「やれるか?」
東條は指を止め振り向き様に理に問いかけた。
はい、と頷きすぐさま席を代わり東條よりも早いタイピングスピードで文字列を書き換えていく。
Goes up one context level. ? - Displays a list of commands. abort - Discards changes made while in offline mode. add - Adds a configuration entry to a list of entries. advfirewall - Changes to the `netsh advfirewall' context. alias - Adds an alias.
………
C:\>ECHO %STR:~2,3%cde
C:\>ECHO %STR:~2,-3%cd
C:\>ECHO %STR:~-3%efg
C:\>ECHO %STR:~-3,2%ef
C:\>ECHO %STR:~-3,-2%e
C:\>ECHO %STR:~-3,-1%ef
C:\>ECHO %STR:~-3,-4%
ECHO <ON>
ーーーーー
次々に画面に流れてくる不可解な暗号にも取れる文字列を見て裕太と玲は互いに目を合わせ肩を竦めた。
くそッ、理がそう呟いたのはさらにその文字列をかき消すようにポップアップが泡のように湧き出てきたからだった。
東條が汗を拭いながら画面に向かって声を飛ばす。
「ポップアップブロックの設定が出来ないのか!」
手を止めることなく理は答える。
「ええ、なので一つ一つ潰しているのですが数が多くて…」
東條は顎に手を当て眉間に皺を寄せた。
「コーダ側が何らかの方法で我々のハッキングを未然に知りプログラミングを進行形で作り変えているのか」
「恐らく、間違いないでしょう。彼らは俺たちに気付いてる。しかし何故俺たちが侵入しようとしているのがバレたんだ…」
「コーダとの直接対決ってわけか」
さながら映画のワンシーンのようなやり取りに玲の口は閉じてはくれなかった。
なんとかポップアップをすり抜けコーダのメインコンピュータに侵入したときには既に8時42分だった。コーダの言っていた夜9時まで残り30分を切っていた。
「ギリギリだな、だがこれでこのディスクのプログラムをメインコンピュータに侵入させれば最後だ!」
理は汗を拭うこともなく口角を釣り上げエンターキーを勢いよく弾いた。
その瞬間パソコンの画面に一つのポップアップが出てきた。
またか、と理が呟くと東條が叫んだ。
「理くん!伏せろ!」
その言葉のスピードよりも早く画面が真っ白に発光し突然の眩しさに四人は目を細めた。
ゆっくりと目を開けると理の頭がガクンと項垂れていた。
理!と裕太が駆け寄り身体を起こすと理は白目を向き激しく痙攣していた。
「おい!しっかりしろ理!起きろよ!おい!」裕太は理の身体を抱え懸命に呼びかけた。
「……あ…あぅ…ぁ"……」
理がうめき声をあげると裕太は目を大きく開いた。
「よし、まだ息がある。助かるかもしれない!」
そんな僅かな希望は一瞬で消え去る。理の身体の震えが止まり、目、鼻、口や耳からドス黒い血が流れてきた。
「お…おい…嘘だろ?」
裕太が理の身体を揺すると何やらその血から煙が上がりガスが吹き出してきた。
「これって…!」
玲はヌエボウイルスを思い出し膝から崩れ落ちた。
そして玲は目線が下がったことによりあることに気付き表情がさらに強ばった。
「そんな…東條さん…まで…」
そこには理と同じく地面に這いつくばる東條の姿だった。
彼の身体からもガスが吹き出していた。
画面から放たれた発光はコーダが流したヌエボウイルスだった。
画面の目の前に居た二人にその攻撃は防ぎようがないものだった。
その殺人電波は目を通り一瞬で脳に感染し電気信号を通じて全身にヌエボウイルスが広がり血液に溶け込みそれが空気に触れるや否やガスとして気化したのだった。
「まこっちゃんが…東條さんが…」
玲の目から溢れ出る涙は袖で拭いても拭いても止まることはなかった。
すると裕太が時計を見た。
「もう時間がない。こうなった以上一旦地下室へ戻ろう。ひよりも心配だ。急ごう!」
「まこっちゃんを置いていくの?まだ生きてるかも知れないじゃない!!」
「いいか?俺たちは生き残るんだ」
毅然とした態度でへたり込んだ玲の手を掴んで言った。
その目には友をなくした悔しさが滲みでていた。
玲を起こし地下室へ向かう前に裕太はパソコンの画面を睨みつけた。
画面のポップアップには《Merry Christmas》と書かれた看板を持ったうさぎが小刻みに跳ねていた。
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