“ヌエボ”


東條が四人を連れて来たのは大学の端にある旧校舎だった。

洋館の様な佇まいをしているがその古さ故に独特の不気味さを放っていた。

そのため、学生の間では夏になると肝試しに使う者で溢れていた。

一度玲達も夏の間に肝試しを企画していたが裕太による猛反対でその話は無しになっていた。



さぁこっちだ、と東條は音楽室へと向かった。

懐中電灯が照した音楽室はまるでホラー映画にでてくるような雰囲気を醸し出していた。

天井の隅には蜘蛛の巣が重なっていて今にも幽霊が顔を覗かせてもおかしくない程不気味だった。


「ちょっと!やめてよ!」

玲がそう叫んだのは裕太が玲の服をグッと掴んでいたからだった。

裕太はその大胆な性格からは想像もつかないほど怖いものが苦手だった。

「さては怖いんでしょ」

「こ、怖くねーよ!」

裕太は襟足を触った。

「…嘘ついてるでしょ」

嘘をつくときに襟足を触る癖をみて玲が睨んだ。

「ご…ごめん…」

裕太は蚊の鳴くような声を出した。


「こんなところに地下室が?」

理の質問を聞いた東條は、ここだ。と言い古びたピアノを動かした。

するとピアノの下に扉が隠されていた。


「ま、漫画みたいだ!」

恐怖に怯えていた裕太はその光景を見てちょっぴり男心をくすぐられた。


「ここに…お父さんが…?」

ひよりが今にも泣きそうな顔をしているのをみて裕太はすぐさま真顔に切り替えた。



「さぁ、行こう」

扉を開けると地下へと続くハシゴが見えた。

マンホール程の広さしかない隙間を五人は順番に降りていった。


ハシゴを降りた先には薄暗い廊下がありその先に部屋があった。

「清水君、ハッチを閉めてくれないか」

最後に降りてきた理に東條が言った。

「わかりました、これですね」

理は潜水艦のハッチのように頑丈そうな扉を閉めた。


ガシャン


「すまない。それじゃこっちへ」

くるりと前を向き部屋の方へと向かった。


東條が扉を開け部屋に入ると四人も続いて恐る恐る部屋へ入った。

「ここが地下室…」

玲が見渡すとドラマや映画でみるようなハイテクな機械がところ狭しと並んでいた。

「お父さん…!」

ひよりが部屋の奥にある大きいモニターの下に駆け寄った。

「ひより……!」

それに返事をしたのは車椅子に乗って髭を蓄えた研究者だった。

「すまない…本当にすまない。急にひよりと母さんの前からいなくなってしまって…。私がしたことは到底許される行為ではない」

その研究者はひよりの父、真鍋隆だった。


「いいの。だって、わたしたちを助けるためなんでしょう?すべて東條さんに聞いたよ」

ひよりが涙をこぼしながら車椅子の前にへたり込む姿を見て玲たちは声をかけられるはずもなく、ただ二人の姿を見ているだけだった。


「それでも父としての責務を放棄した事に変わりない。本当に今まで迷惑をかけたな」

真鍋教授は車椅子の車輪につくほど項垂れた。

「もういいって。こうしてお父さんが生きてたんだもの。それだけで嬉しいよ」

「ひより……。ありがとう…」

そう言い涙を拭うと真鍋教授はひよりの後ろにいた玲たちに気付いた。


「真鍋教授、僕たちはひよりと、いや娘さんと同じ大学の仲間です。

ひよりの優しさで一緒にここに来させていただきました」

裕太はいつにもなく真面目だ。

「真鍋教授、コーダは…オルタナは一体なにをしようとしてるんです?僕たちはこれからどうすれば…」

その言葉に真鍋教授は一瞬目を閉じ

た。


あちらこちらに置いてある機械の音が妙に部屋に響く。


目を開けるとひよりの頭をポンポンと撫でた後口を開いた。

「そうか。ならば君たちも手伝ってくれるか。と言いたいところだが、そのために、まずは彼の話をしなければな」


ひよりは涙を服の袖でぬぐい鼻をすすった。

「奴は私から奪ったガスを使いヌエボという殺人ウイルスを作った。それを撒き散らし世界中の人々を殺そうとしている」


「世界中の人を…殺すって…」

玲は怖さのあまり顔が歪んだ。

「そしてそのウイルスは厄介なことに電波感染する」


「電波で…感染…?!」

裕太が思わず大声を出す。

他の三人も同じリアクションをとった。


「そうだ。電波に乗り電子機器を通じで世界中の端末に入りそこから人に感染しガスとして気化する。そして瞬く間に地球全体に広がっていってしまう」

真鍋教授がそう言うと四人は全身を振るわせた。


「それって…電磁パルスのような事ですか…?」

理が言った言葉は、《電磁パルス攻撃》を指していた。

電磁パルス攻撃とは、上空で核爆発を起こし、その際に生じたガンマ線が大気中の分子などに衝突する事により強力な電波の一撃を与え電気機器に侵入し、それにより電気が使えなくなり広範囲で都市機能を破壊するというものだった。


「ふむ、そんな優しいものではないさ」

真鍋教授は冷静な顔で答えた。

「さらにそのガスは地球全体に広がり核汚染より酷いレベルの汚染が果てしなく続くのだ」


「じゃあ、どうしてそんな危険なガスを発明したんですか!作ったのはアンタなんでしょ!」

裕太は大声で叫んだ後、ひよりが目に入りすぐに「あ、いや…すみません」と謝った。


「いいんだ。私も責任は感じている。元々そのガスは電波を通じて直接脳に電気信号を送り刺激を与え脳や心臓を仮死状態にすることで肉体の長期保存が可能になるのではないかと発明したものだ。そうすればこの世界の科学は飛躍的に進歩すると思ったのだが、まさかそのガスによって滅ぼされそうになるとは皮肉なものだ」

そう言うと真鍋教授はまた深く項垂れた。

「私が奴に協力を仰がなければ…」

「オルタナとはどういう関係だったの?」

ひよりが真鍋教授を見上げて訊いた。



「奴とは大学の同期でな。奴はとても優れた科学者だった。

大学時代は切磋琢磨しお互いを信頼していた」

真鍋教授は天井を見上げた。

「そしてなにより正義感に満ちていた。だがその正義は時に人を狂わせた。奴はこんな事を言っていた。『愚かな犯罪、憎しみ、戦争。全ては人間が災いの元だ。同時にこの地球を守る事は我々人間の役目。そのためには優秀な人間しかいらない』と。そしてやがてゲリラ的に悪質なデモなどをするようになり、その思想は過激を極めた」

玲たちは息を飲むように真鍋教授の話に耳を傾けていた。


「だが、それから数十年。奴はある事をきっかけに大きく変わった。それは家族ができた事だ。守るものが出来て今までの自分の考えを改めたのだ。だから私はもう一度彼の力を借りた。それが…間違いだった」


東條は教授の話を顎が胸につくほど項垂れて聞いていた。


「やはり根底的なものは変わらないのか…。これが彼、いや…。東條一とうじょうはじめなのだ」



「東條?東條って…」

玲がそう言うと後ろに居た東條に視線が集まった。


「お、おい!お前なんてことを!」

裕太は拳を強く握り右腕を大きく振りかぶった。

「待て!彼ではない!」

真鍋教授の声にまるでピッチャーが豪速球を投げるかのようにスピードを増していた右腕はピタリと止まった。


「一体なんなんだよ!」

裕太は激しい剣幕で教授を睨みつけた。


すると東條が口を開いた。

「東條一は、俺の父親だ」



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