“メリークリスマス”
街に夕方五時のチャイムが鳴り響き、遠くで数羽のカラスが意思疎通を図っているかのように鳴いていた。
大学を出てすぐの公園からは元気よく遊ぶ子供たちの声がしている。
恥ずかしがりの夕焼けはすぐに建物に隠れて見えなくなったが、それでも街全体を赤く染めるのには十分だった。
誰もがその有り触れた平和な日常が続くことを信じていた。
ただ、いつもより街が賑やかなのは今日がクリスマスだからかもしれない。
今日は12月25日。
誰もがせわしさと心躍るようなムードに高まっていた。
そしてそれは玲たちも例外ではない。
玲たちは四人でクリスマスパーティをしようと計画していたからだ。
「よーしじゃあ飾り付けもって理の家に向かうか」
裕太が今日のために作った飾り付けが入った紙袋を持ち上げながらいった。
「なんかこうして人ん家でパーティだなんて初めてだなぁ」
玲がしみじみという。
「あのう…本当にみんなで押しかけてしまって大丈夫なのでしょうか…?」
ひよりは申し訳なさそうに理に言った。
「もちろん。今日はパーッと騒ごう」
にこやかに理は答えた。
「ウノやるぞ!ウノ!」
裕太が両腕を伸ばすと玲がすかさず言った。
「えーまたウノー?」
「ウノって言ってない!ってまた玲に言わなきゃな!」
裕太がからかうと、ひよりと理は笑った。
「まこっちゃんはしっかりしてるから部屋も綺麗そう。裕太と違って」
玲が前髪に垂れた髪をかきあげながら言った。
「おいおい俺は部屋はしっかり片付けるぞ」
裕太はその言葉に口を尖らせムッとした。
理は大学のために上京し、都内で一人暮らしをしていた。
そして理は初めての一人暮らしにうまく馴染めず部屋はいつも散らかっていたが今日の事が決まったため必死で部屋掃除をしていた。
だがそれは自分のキャラクターとあまりにかけ離れるため普段は散らかっていることは黙っておくことにした。
「それじゃ、行きましょう」
玲が部屋を出ようとした瞬間スマホが鳴った。
それはメッセージアプリでもSNSの通知でもなくニュースアプリの速報だった。
《爆破テロ集団、NHKをジャック》
玲は自分の目を疑った。
「どうしたんだよ」
裕太が首を傾げる。
「ちょ…ちょっと、これみて」
半信半疑でそのニュースアプリに記されていたURLをクリックするとネット動画サイトに繋がった。
と、同時に生放送中だったNHKのニューススタジオが映し出される。
しかしそこに映っていたのは厳粛なアナウンサーではなくウサギの着ぐるみを着た人物たちだった。
恐る恐る画面を見ていた玲は言った。
「え、なにこれ…なんの番組?バラエティ?」
「は、ははは。なんだ新しいコント番組か…!」
裕太の言葉に反応することもなく理は自身のスマートフォンを隣のひよりと共に見つめていた。
番組のスタッフと思われる男性の首根っこを掴み拳銃を突き付けているウサギの着ぐるみを着た人物はカメラに向かって語りかける。
『やぁ。良い子のみんな。我々はコーダ。巷じゃテロリストと物騒な呼び名で呼ばれているらしいんだ。秩序ある正しい行いをしている我々に対して酷い扱いだよね』
どうやらドラマではなさそうだ、と殺伐とした雰囲気から四人は感じとっていた。
『我々のリーダー、オルタナ様はこの地球上に存在する不必要な人間を排除し、より良い世界へと導いてくださっているんだ。しかし幾度となく警告をしてきたつもりが君たちにはどうしてもご理解いただけない。よってオルタナ様よりご報告がある」
四人は食い入るように画面に齧り付いていた。
「『今夜九時、愚かな人間諸君に素晴らしい景色とプレゼントを差し上げます』との事だ。そしてこの盛大なパレードを盛り上げるために今から都内全ての地下鉄を爆破しようと思う。嘘だと思う?さぁどうかなぁ。テレビの前のみんなも一緒に考えてみよう!』
そう言い放ち番組スタッフの頭に拳銃を突き付けた。
『この足りない脳みそでね!』
バンッ!という銃声と共に番組スタッフの頭を銃弾が駆け抜けた。
その銃声をかき消すようにその場にいたスタッフやアナウンサー達が叫び声をあげた。
無表情なはずのウサギの着ぐるみはどこかドス黒く笑っているように見えた。
四人はあまりの出来事に誰も言葉を発せずにいた。
玲は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
これは本当に今この世の中で起こっている出来事なのか?という疑問が脳内を駆け巡るのを何故かもう一人の自分が冷静に見ていて妙に落ち着いた感覚にもなった。
スタジオの悲鳴がおさまる事を待たずしてウサギはカチッと何かのスイッチを押した。
その時だった。
とてつもない地鳴りがした。
大地震のように地面が揺れていた。
「きゃあ」ひよりが悲鳴をあげた。
程なくして揺れは収まった。
立て続けの事に驚いた四人だったが次の瞬間更に目を疑った。
【速報】副都心線で爆破事故ー
【速報】有楽町線内で爆破事故発生ー
【速報】半蔵門線にて爆発ー
【速報】大江戸線で爆破テロ事件ー
地下鉄での爆発事故の知らせが止まることなくスマートフォンのポップアップに流れてきた。
ティロン…ティロン…ティロン…
玲は気が動揺し、頭の中がごちゃごちゃになっていた。
人は想像を絶する衝撃を受けると逆に冷静になるのだなと思った。
その証拠に止まることなくポップアップしていく通知を眺めながら、いつも何をツイートしてもここまでいいねつかないのにな、と思った程だった。
それだけ現実離れした光景だった。
「それでは皆さん、お楽しみに。メリークリスマス」
ウサギの着ぐるみを着た人物がカメラに拳銃を向けた瞬間プツンと映像が途絶えた。
四人がいるサークル室は普段は気にも止めなかった空調の音だけが妙にガオン、ガオンと響いている。
「な、なによ…これ…」
「し、知らねぇよ…こ、これ本当なのか…?」
裕太の声は普段からは想像もつかないほど小さかった。
「九時…って、あと四時間もねぇじゃねぇかよ
」
時計を見て裕太は息を吐いた。
「警察が止めてくれるんじゃない…?だってここまで大々的にやったら流石に動くでしょ…?」
玲の言うことは最もだった。
その言葉にひよりは嫌な予感を背中で冷たく感じた。
「たしかに、きっとそうだ。大丈夫だよ。心配ない。すぐに捕まるさ…。」
裕太は無理して笑ってみせた。
そんな時誰かがサークル室に近づいてくる音がした。
ガラガラッ
四人はとっさに入口を見た。
サークル室の扉を荒々しく開けたのはスラリと身長の高い男だった。
「ハァ…ハァ…おい、ひよ…いや、真鍋ひより、一緒に来てくれ」
男は息を切らしながらひよりを呼んだ。
「は、はい…?」
ひよりは驚きながら返事をした。
「あの、貴方は一体…」
玲は疑いの目で男を睨んだ。
「あぁ、俺は東條。この大学の卒業生だ。今はこの大学の研究室にいる。さぁ自己紹介は後だ」
眉をキリッと上げてひよりを見つめ続けざまにいった。
「真鍋教授が君を呼んでいる。とにかく着いてきてくれ」
「……!!」
ひよりがその言葉を聞いて驚いている。
「真鍋…教授…?!」
理は自分の耳を疑った。
それは玲や裕太も同じ気持ちだった。
玲は喉に刺さった小骨のように心に引っかかった言葉を漏らした。
「真鍋教授って…行方不明になった、ひよりのお父さんじゃない…」
*
真鍋ひよりの父、
「お父さん…が…?お父さんは生きているのですか…?」
ひよりは不安そうに黒目を動かした。
「こうなってしまった以上隠す必要はない」
東條は目を伏せながら真鍋教授について語りだした。
「俺がいた研究室で真鍋教授は、素粒子物理学の研究をしていた。そして真鍋教授は俺たちには到底辿り着けないであろう研究の過程で、あるガスの発見をした。真鍋教授はそれを有効に活用するために以前より研究に没頭するようになった」
東條は椅子に腰を掛け、そのスラリとした足を組んだ。
「そしてある研究者に協力を仰ぎ、共に研究することになった。
しかしその研究者は自分の欲求、思想に囚われ私利私欲の為だけにガスを兵器として利用しようとした。もちろんそれを許さなかった真鍋教授との間で激しい言い争いが起きた。ついに研究者はそのガス兵器を使い真鍋教授を殺害してしまったんだ」
「なんてことを…」
玲は苦悶に満ちた顔をした。
「そしてその研究者はデータをすべて盗み忽然と姿を消した。それからすぐだった。
“オルタナ”と名乗る人物が謎の組織を作ったと噂されたのは」
「じゃあ、その研究者ってのがオルタナってわけか」
理は顎に手を当てながら呟いた。
「まってよ、その話だと真鍋教授は亡くなってしまったんだよね。じゃあ今ひよりを呼んでるっていう真鍋教授は誰なの?」
玲がそう言うと皆がハッとした表情で東條をみた。
「…オルタナに殺されたはずの真鍋教授は奇跡的に生きていたんだ」
「生きて…る…?!」
ひよりはつい声を荒げた。
「恐らくそのガス兵器が未完成だった為に助かったのだろう。しかし自分が生きていることが見つかれば家族にも危険が及ぶと考えた真鍋教授は地下室に身を隠し存在を消した。それが行方不明の真相だ」
「じゃあ…なぜ私をいまさら…?」
ひよりは今にも泣きそうな赤子のような表情で東條を見つめた。
「教授のいる地下室は特殊なシェルターになっている。そこに避難させるためだ」
「シェルターって…さっきのコーダの事と関係あるんですか?これから一体何が起きるんですか!何か知ってるなら教えてくださいよ!」
裕太は座っていた東條の胸ぐらを掴み起き上がらせた。
「それはいずれわかる。とにかく君たちには関係がない」
東條はその手をグッと引き離し毅然とした態度で伝えた。
「わかりました。お父さんに…会わせてください!あ…その…一つお願いがあるのですが…」
ひよりが白い上目遣いで東條を見上げた。
なんだ、と東條が言った。
「この三人も…一緒に行っては駄目ですか…?皆さん、私の大切なお友達なんです…」
ひよりはそのつぶらな瞳を涙で濡らし、両手の指を突き合わすようにして祈るようして言った。
そんなひよりをみた三人は全く同時に
『は?こいつ天使か?』と思った。
「…し、仕方ない。さぁはやく!」
四人は真鍋教授の元へと急いだ。
もう誰もクリスマスの事など考えてはいなかった。
衝撃のあまり裕太の手から落ちた紙袋からはクリスマスパーティの飾り付けとトナカイのぬいぐるみが床に散らばっていた。
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