“マジェスティックレゴン”



玲は授業の後いつものようにサークル室へ向う途中、教室から出てくる理を見つけた。

「おーい、まこっちゃーん」

「おー玲か。今終わったの?授業」

「うん。そっちも?」

「いや授業は早く終わったんだけど友達の課題の手伝いを少しね」

「ふぅん、まこっちゃんはやさしいもんね。あ、もしかして女の子じゃないの〜?」

玲は教室の方を覗く仕草をし、からかうように軽く微笑んだ。

「残念ながら」

理は俯きながらかぶりを振った。

「なーんだ期待したのに」

「そういうお前らはどうなんだよ」

理が顔を上げて訊いた。

「なにが?」

玲が目を丸くして首を捻ると、鈍いなぁと理は顔をしかめた。

「なにがって、裕太とだよ」

「え?…ゆ、ゆうた?裕太が何よ」

裕太の顔が一瞬浮かんだ。

「お前らお似合いだから付き合えばいいだろ?好きじゃないの?」

「つ、つ、つ、付き合うだなんて!ただの友達だよ!やめてよからかわないで!」

玲は今にも顔から火が出そうなくらい赤くなっていた。

「からかってないよ別に」

理の口調は真剣なものだった。

「好きとか…そんなのわかんないよ…」

玲は少し口をすぼませ俯いた。

「ま、俺はいつでも応援してるからさ。早くお互い素直になりなよ」


理がそう言うと玲は「うん」と小さく頷いた。






サークル室に二人が着くと裕太一人がテーブルに肘をつきスマホを弄っていた。

「お、噂をすれば大槻君じゃないですか」

理がにやにやと微笑みながら言った。

「ちょ、ちょっとまこっちゃん!」

玲が焦って理の肩を叩いた。

「あー?なんだなんだ?」

裕太は二人が自分の話をしていた事など知る由もなく、なんの事かと口をポカンとあけていた。


「あれ?ひよりは?来てないの?」

玲は部屋を見渡したが、そこにひよりの姿はなかった。

「さぁな。例の男とデートでもしてんじゃねーの」

裕太はスマホの画面を見つめたまま気だるそうに答えた。

「本当にあの人とデートしてたのかな?」

「そりゃ、あれだけ可愛けりゃ男の一人や二人いるでしょ」

「そんな軽い子じゃないよひよりは!」

玲は目を細め裕太を睨んだ。


そこにまるで話を聞いていたかのようなタイミングでひよりがサークル室に現れた。


「すみません…遅れちゃって」

走って来たのか、乱れ髪のひよりは息が切れていた。

「あー!ひより!居ないからどうしたのかと思った!」

玲はひよりを見て表情が一気に明るくなった。

「実は、どうしても大槻さんに渡したい物があってそれを準備してたら遅くなってしまいました…。まだ皆さん居てよかった!」

ひよりの柔和な笑顔に他の三人も釣られて笑顔になった。

「裕太に渡したいものって?」

理がカバンをテーブルの上に置き、座りながら訊いた。

「あぁ、そうでした。まずはコレです」

ひよりは片手に下げていた

《PÂTISSERIE RYOC》と書かれた白い紙袋から白い箱を出した。

「え!それもしかして!」

玲は目を少女漫画のように大きくして驚いた。

「じゃーん!今日は大槻さんのお誕生日ですよね。ケーキでお祝いしましょう?」

スマホを片手に見ていた裕太が焦って立ち上がった。

「ええ…!お、俺のために?買ってきてくれたのか?ひより!お前って奴は!」

裕太は目をウルウルさせている。

「裕太が今日誕生日だったなんて知らなかった。おめでとう裕太」

玲は裕太にやさしく微笑みかけた。

「おめでとう」

「おめでとうございます…!」

玲の言葉に続いて理とひよりも裕太をみてニッコリ笑った。


ありがとう…!と言う裕太の目は潤んでいた。


そんな裕太を横目に玲はひよりに訊いた。

「裕太の誕生日なんて誰に聞いたの?」

「いえ、前に玲ちゃんが姓名占いの本持ってきた事があったでしょ?その時大槻さん名前だけでいいのに生年月日まで言ってたから…」

「裕太らしいな」

理は肩を竦めた。


箱から出てきたケーキはとても細かく作り込まれていて見るからに高そうなケーキだった。

真ん中には[Happy Birthday ゆーたくん]と描かれたうさぎのクッキーが飾り付けられていた。

「しかもパティスリー リョーコのケーキじゃない!」

パティスリー リョーコは都内でも有名な洋菓子屋さんで前にテレビの特集で見たことがあった玲は目を輝かせていた。

「こんないいケーキを…。ひよりありがとう」

裕太は嬉しさのあまり眉がこれでもかと下がった顔をした。

「あ、あとこれ」

そう言うとひよりはうさぎのトートバッグを肩から降ろすと小さな箱を取り出した。

「おいおい、まさかプレゼントか?」

理がひよりと裕太を交互に見ながら言った。

「気に入ってくださるか…」

と小さな声で言うと裕太に手渡した。

「あ、ありがとう。ケーキだけじゃなくプレゼントまで…」

開けていい?と言ったときには裕太は箱を開けていて、それを見た玲は「おいおい」と呟いた。


箱の中には腕時計型のデバイスが入っていた。

いわゆる“スマートウォッチ”という物だった。

スマートウォッチとはスマホ等と連動することで多彩な便利機能が使用できる腕時計型のウェアラブル端末の事で、それをみた裕太は目を飛び出しそうにして驚いた。

「こんな高いもの、俺貰えないよ!」

裕太は大きくかぶりを振った。

「あ、あの実は。それ貰い物なんです…。母が商店街の福引で当てて…でも私使わないからせっかくなので裕太さんにって。ごめんなさい」

ひよりは申し訳なさそうに手をモジモジさせながら言った。

「あ、でもケーキは私が買いました!」

ひよりはパッと顔を明るくしてケーキを指さした。


「そうだったのか。マジで嬉しいよ!本当に貰っていいのか?」

ひよりが答える前に裕太は嬉しそうに腕に付けていた。


「喜んでくれて…良かったです」

ひよりは少し照れながら俯き、肩甲骨まで伸びた真っ直ぐな髪の毛先を細い指先でくるくると触りながら言った。


そんなひよりをみた三人は全く同時に

『は?こいつ天使か?』と思った。













いつの間にか秋が終わり、季節は冬になっていた。

玲は自分の部屋の模様替えをしていた。

夏服の整理をしながら夏の事を思い出していた。


特にサークルの皆でお弁当を持ち寄りピクニックに行ったことや、遊園地に行ったことは玲にとって、かけがえのない思い出となった。


くすっ、と思い出し笑いをしたのは遊園地での裕太のエピソードを思い出していたからだった。

それは四人で遊園地に行った時のこと。


ひよりがお化け屋敷を指さして「あそこ行きたいです!」と言うと途端に裕太が行きたくないと駄々をこね出した。

結局三人に無理やり連れ込まれ、腰が引けていた裕太だったが、なにやらボソボソと念仏のような言葉を呟きなんとか進んでいった。

そして終盤、茂みの中からお化けが出ると裕太は、けたたましい声で叫んだ。

その余りの大声にお化け役のスタッフの人が腰を抜かしてしまい周囲は笑いの渦に巻き込まれた。


あの時の裕太の顔はお化けより怖かったなぁ、と玲は改めて思った。



中学や高校の時も夏は好きだったがあまり活発な方ではなかった玲はどちらかというと家にこもってゲーム、というのが夏の過ごし方だった。

もちろんそれはそれで楽しかったのだが『夏の思い出』というものは家族以外であまり経験していなかった。

そんな自分が大学に入ってサークルに入ったおかげで気のおける仲間と思い出ができ、今までで一番楽しい夏になった。

それは姉からのアドバイスもあるが、自分自身が思い切って行動したからに他ならなかった。


意外だったのはこんな私でも行動したら案外「自分ってやれるんだな」と思った事だった。

実際、見た目を明るくしたら性格まで明るくなっていくのが自分でも手に取るようにわかる。


今まで殻にこもっていた自分が嘘のように。

未来の自分を変えるのは確実に今の自分次第なのだな、と強く思った。


「この冬もいい思い出ができますように」

玲はマジェスティックレゴンの黄色いTシャツをたたみながら微笑んだ。





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