“ラーメン”

駅に着くと「それじゃあ…」と別れを告げて、ひよりはそのまま足早に駅構内へと入っていった。

三人はそれを見送ると新しく出来たというラーメン屋へ向かった。


大学から歩いて五分程の駅周辺には商店街が充実しており常に多くの人で賑わっている。

少し離れると素朴な印象があるが、学生向けの飲食店や図書館なども揃っており学問を学ぶには最良の環境であった。


駅を通り過ぎ踏切を渡っていると玲は満面の笑みで手を振り返した。

それは母親の手を握りながらよちよち歩く子供に対してだった。

目が合った途端無邪気に手を振ってきた子供が愛おしくて愛おしくて玲は胸がキュンとした。

どうも、とそれに気付いた母親が微笑みながら頭をペコッと下げた。

満面の笑みでその母親にも手を振る玲を見て「おい、馬鹿か!」と裕太が焦って指摘した。


「あ、あわわすみませんっ!」


髪の毛の先まで赤くなったような気持ちになった玲はペコリと二度素早くお辞儀した。


それを横目に見ていた理は他人のふりをすることにして一足先に早歩きで踏切を渡り終えた。




「多分この辺なんだけどな」

裕太から店名を聞いた理がスマートフォンの地図アプリを見ながら辺りを見渡していた。

「あ!これじゃない?みそ…ぎん?」

玲が首を傾げながら指差した。


《焦がし味噌らぁ麺 味噌吟みそぎん


欅の木製看板に荒々しく書かれた店名がこの店の味噌ラーメンへの期待をより一層高ぶらせた。

「へぇ!やっぱ、めっちゃいい感じじゃん!どうだ俺が見つけた店は!」

裕太は自分で見つけた秘密基地を友達に自慢する小学生のような笑顔で二人を見た。

「さ、入ろうぜ」

そう言うと理は、まるで聞こえていないかのようなふりをして店に入った。

「おいおい無視かよー!」

裕太は理の背中をドンと叩いた。


相変わらず、まこっちゃんは裕太の扱いをわかってるなぁ、と二人のやり取りを見ていた玲は感心していた。



店に入り玲はスタンダードな《焦がし味噌》を、裕太と理は贅沢にトッピングが全て乗った《味噌吟特製 焼豚焦がし味噌》を注文した。


「あの、すいません麺硬めってできますか?」

裕太は注文した直後に店員さんに訊いた。

「はい、できますよ」

店員が首に巻いたタオルで額を拭いながら答えた。

「じゃあお願いします」


玲はその間セルフサービスの水を取りにいった。

青い給水機の横にある透明のコップを手に取りそのままレバーに押し付けた。

するとジャバーと勢いよく水が出てきた。

ミルクティーならいいのにな、そう思ったがラーメンには合わないなと感じ、その妄想をかき消した。


最初に出てきたのは麺硬めにしていた裕太のラーメンだ。真っ白な器に丁寧に盛られており見た目でも楽しめた。


「うわぁ美味そう〜!先食っていい?」

裕太は唇を舌でぐるりと一回転させると麺が伸びる前にとラーメンに箸をつけた。


いやもう食べてるじゃん、と玲がつぶやいた。


ズルズル…ズルッ…


「いやぁ美味い!この焦がしてある感じが最高だな!」

「いいなぁ私も早く食べたい〜」

玲は裕太が豪快に麺をすするのをみて自分もこの後食べるであろうラーメンを羨ましがった。

「はいよ、おまち」

間もなく残りの二人のラーメンも到着し、三人はラーメンを堪能した。


焦がした味噌の香りが広がり、程よくちぢれた麺が味噌のコクを含んだスープによく絡む。


チャーシューを箸で掴むと裕太は隣にいる理に声をかけた。

「そういえばさ、家の近くのよく行くコンビニに見たことない店員がいたんだよ。で、初めてレジしてもらうときにすごい面倒くさそうな態度とられてさ、嫌な奴だなって思ってたんだよ」

うん、と理が麺をすすりながら相槌をうつ。

「で、こないだ風邪引いた時、冷えピタとポカリを買ったんだよ。そしたら、お釣りを渡されるときに『お大事にしてくださいね』って言われたんだよ!」

「へぇ〜なんだいい人だったんじゃん」


「そう、まぁそうなんだけど。どうも最初の印象が抜けなくてさ。好きになれないんだよなーそういうことってない?」


玲は麺をレンゲの上に少量とり、チャーシューの切れ端も乗せレンゲの上をミニラーメンのようにしながら二人の会話を聞いていた。


「それはプライマシーエフェクトというやつだね。

第一印象に受けたイメージはその後の印象より強いんだ。その人の最初の印象が悪かった、だからその人が優しい言葉をかけてもなんとなく苦手意識が抜けないってわけ。

だから一度面倒くさそうに接客された事は忘れてみたらどうだ?そうすればリーセンシー効果、あぁつまりさっきとは逆に最後の出来事が印象に残りイメージをーー」


理屈っぽく話す理を見て、まこっちゃんの彼女になる人は苦労するだろうな、と思ったが口には出さず、自らが作ったミニラーメンを口に運んだ。












「ふぅ〜美味かったなぁ」

裕太は満足そうにお腹をさすりながら駅までの道を歩いていた。

「本当、ひよりも来ればよかったのにね」

玲はリップクリームを唇に塗りながら言った。

「今度は四人で行こう。でもひよりってラーメンとか食べるのかな」

理はお嬢様のように大人しいひよりがあの無骨なラーメンを食べる姿を一瞬思い浮かべたがどうもイメージが湧かなかった。


駅に着くと、先程見送ったはずのひよりが駅前に居た。

柱の影でひっそりと身を隠しキョロキョロと辺りを見渡し誰かを待っているようだった。

「あれ?ひよりじゃない。おーいひより…」

と玲が声を掛けようとするのを遮って裕太が言う。

「おい!まて。こりゃー誰かと待ち合わせだな。ちょっと見張ろうぜ」

まるで小学生のようなニヤつきを見せると隣で理も同じ顔をしていた。

「そんなこと…」

と玲が言おうとしたとき理がピンと伸びた人差し指を自らの口元に当てながら言った。

「シッ。ほら、誰か来たぞ」


キョロキョロするひよりに背の高くスラリとした男が近寄った。

ひよりは男を見つけると、ペコリと軽くお辞儀をした。

そして二人は玲たちとは違う商店街の方へと歩きだした。



「おいおい見たかよ!男だったぜ!」

わくわくした表情で裕太が言った。

「ほうほう、これはスクープですねぇ」

ニヤリと口角を不気味に吊り上げて理も言った。

「知り合いかな?」

玲が言う。

「何言ってんだ。男と女がコソコソ駅で待ち合わせって事は一つしかないだろ」

裕太は鼻先を擦り呆れた顔で玲を見た。

「ふふふ。おデート。というやつですかなぁ」理は変なキャラになりきっていた。

「なんてこと言うのよ!あの子はそんなふしだらなこと…!」

玲は焦ってそれを否定した。

「ふしだらて。玲が経験ないだけで大学生なんて異性交友が普通だよ。毎日毎日、閉鎖的な部屋でウノやってんの俺らくらいなもんだろ」

変なキャラをやめ冷静に言う理の言葉に玲は、ぐぬぬ…と目を細め唇を噛んだ。

「ふんっ!いいわよ!どうせ男共はひよりみたいな清楚でおしとやかで純情可憐な女の子がいいんでしょ!」

玲はいじけた子供のようだ。

「髪も染めて垢抜けたのに…」

そう言うと玲は項垂れた。

「でも俺はかわいいと思うけどな玲」

そう言ったのは裕太だった。

「え…!ほ、ほんと?」

玲は驚き顔を赤くして訊いた。

「あぁ本当だよ。黙ってりゃな」

裕太は少し小馬鹿にした表情だ。

「…!!ば…ばかっ!!」

玲はそう言うと下唇を突き出しむっと口を結んで睨みつけた。



コイツら早く付き合えばいいのに

理は二人を見て思った。



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