“コーダ”
「引き続き、フィリピン連続爆破テロに関するニュースをお伝えしますえーそれでは現地の状況を訊いてみましょう。ナカムラさん?」
女子アナウンサーの言葉の後、画面が切り替わり外国の街が映し出された。
赤いジャンバーを着た男性リポーターが緊張の面持ちでカメラの前に立っている。
「はい、こちらナカムラです。ここはフィリピン南部の街マラウイです。昨夜、市街地で2度の爆発があり、陸軍兵士、警察官、市民など17人が犠牲となる爆弾テロが発生し
ました。依然として現場には緊張感が漂っています」
「いやぁね最近こういう恐いニュースが多くて。あんた達も気をつけなよ?」
玲の母親が味噌汁をすすりながらいった。
「大丈夫だよしかもこれ外国じゃん。日本は平和だからテロなんて起きないの」
そう言いながら玲は目玉焼きの黄身を白米の上で潰した。
絶妙に火を通された黄身は白米を包み込むようにして広がっていった。
玲はその黄身に醤油を数滴垂らすと白米と共に口へと運んだ。
「ねぇそれよりどうなのよ、大学は。イケメン彼氏、できそうなの?」
姉がニタニタして訊いてきた。
「そんなのできるわけないでしょ。でも高校の時よりかはずっと楽しいかな」
「好きな人とかは?」
「い、いないよ。みんな普通の友達」
「ふぅん」
そう言って姉はまたニタニタした。
「ほら早く食べちゃいなさい。遅れるわよ」
母が二人を急かすと、はーい。と返事をした。
玲は大学に入ってすっかり性格も明るくなり、見事妹の大学デビューに成功したプロデューサーの姉は喜んでいたが心配性の母親は『羽を伸ばし過ぎないように。あくまで大学へは勉強しに行ってるんだからね』と世間の母親代表のような意見であった。
放課後四人はサークル室に居た。
裕太はひよりが出したドロー4を見て背もたれに寄りかかった。
「それにしてもこの部屋を好きに使えて楽だよなー」
「そうだな、普段は二年の先輩達がボードゲームやってて騒がしいからな」
理は乱雑に捨てられたカードの山を見つめながら言った。
元々このサークルには二年生の先輩がいるのだがその人達は留学に行っており現在はこの四人、つまり一年生だけの活動だった。
「だから集中してウノができるってもんだぜ」
裕太が手札をじっくり見ながら言った。
「あら?さては出すカードがないんじゃない?早く4枚引きなさいよ」
時間をじっくりかける裕太を見て、玲は笑いを堪えるように口元に手を当てながら肩を震わせた。
「あぁ…そうだな。出せるカードが無いな…」
裕太は襟足を触りながら言った。
「これしかな!!」
裕太は声を張り上げ手札からドロー4をテーブルに叩きつけた。
あ!、という理の声を聞いた裕太が「ほらほらどうせ出せないだろ?8枚引けよ」と意地の悪い微笑みを浮かべた。
「公式だとドロー4の重ね出しは禁止なんだぞ!」
理は不服そうに言った。
「ここは公式大会じゃありませーん」
中学生のようなやり取りを見てひよりの口元はついほころんでいた。
「本当に性格悪いな裕太は」
ブツブツ言いながら理は赤のスキップを出した。
「おっ先ーー!」
待ってました、と言わんばかりに目を見開いた玲が最後の一枚を出すと裕太が大きな声で叫んだ。
「おいおい待てよ!お前またウノって言ってないだろ!忘れすぎだろ!」
「…!し、仕方ないじゃない。夢中になってるとつい言い忘れるの!」
玲がそう言うと理が指摘する。
「はい、ペナルティだよ二枚引いて」
「ハッハッハ!相変わらず“お馬鹿さん”だなぁ!」
裕太が大声で笑いながら言った。
「んなっ…!クッ…覚えときなさいよ…!!」
ひよりはそんな三人の様子を見て、今日も平和だなと思い、口を抑えくすくすと笑っていた。
*
気づくと外は薄暗くなっていた。
そろそろ帰ろうかという雰囲気が漂った時裕太が大きな声で呼びかけた。
「なぁ、これから駅前のラーメン屋に行かないか?新しくできたんだよ。焦がし味噌ラーメンの店。理いくだろ?」
「あぁ、いいよ」
「よし、二人はどうだ?」
裕太は上着を羽織りながら玲とひよりに目をやった。
玲は少し迷った。
それはこの時間にラーメンを食べたら夕食を食べられなくなってしまうからだった。
だがその迷いは一瞬で消えた。
なぜならラーメンは玲の大好物だったからだ。
「仕方ないから行ってあげる」
笑みがこぼれそうなのを堪えながら答えた。
玲はスマートフォンで母親へのメッセージを打ちながら「ひよりは?いける?」と訊いた。
「あの…ごめんなさい。今日は早く帰らないと行けなくて…」
ひよりは申し訳なさそうな顔でかぶりを振った。
「じゃあ三人で行こう。ラーメン屋は駅の先だ。駅までひよりも一緒に行こう」
裕太が言った。
ひよりはうさぎの口が☓になったキャラクターが描かれたトートバッグを両手で持ちながらコクリと頷いた。
四人はサークル室を出て駅へと向かった。
あたりを見渡すとまだ結構生徒が残っていた。
見たことも話したこともない人たちが勉強したり談笑したりするのを見て玲は大学って広いんだなと改めて感じた。
そんなことを考えながら歩いていると他の三人から遅れているのに気がつき少し早歩きをした。
裕太、理、ひよりが三人でアニメの話をしている。
なにやら声優さんが〜、推しのキャラが〜などと盛り上がっている。
玲はあまりアニメを観なかったので話にはついていけないと思いそのままキャンパスを見渡していた。
歩いているとすれ違い様に生徒同士の会話が聞こえてきた。
「なぁ、あの過激派集団のニュースみたかよ」
「ああ。“コーダ”の事だろ?やべぇよな今度はホワイトハウスを襲撃するらしいぜ。まったく、下等人類は地球の敵だ〜なんて恐ろしい思想だよ」
それは最近世間を騒がせていた人類滅亡を掲げる過激派集団“コーダ”の話だった。
コーダは《人類を淘汰すれば世界はより良い場所になる》という危険な思想をもった組織で、一ヶ月前起きたフランスでの大規模な集団テロは記憶に新しい。
そして今やその思想は世界中に信者を増やしていた。
“オルタナ”と呼ばれる人物が首謀者だとマスコミやメディアは報道していたがその詳細まではわからないらしく、ワイドショーでは知識人やコメンテーターが連日同じ推測や憶測でお茶を濁していた。
「コーダか、昨日のフィリピンのテロといい、本格的にやばいな」
理が眉間に皺を寄せている。
「早くおさまるといいですね…」
ひよりが俯きながらまっすぐなロングヘアの毛先を触りながら言う。
「コーダ?なんだそれ」
裕太はポカンとした表情で訊いてきた。
「なんだそれ、って。知らないのかよ」
と目を丸くした。
「俺ニュースとか興味ねぇよ」
「興味なくたってこんだけ世界中で話題なんだ。耳にすることくらいあるだろう」
「てかその…とう…なんとかってなんだ?」
「おいおいそれでも大学生か?淘汰だよ、と·う·た」
理は呆れ顔で裕太に言った。
「淘汰ってのは環境や条件に適応するものが生き残り、それ以外は滅びるって意味だ。しかしコーダが唱えている淘汰ってのは恐らく生物の進化の過程で環境等の変化に順応できず個体数や種が減少するって事を意味するんだ。」
「チャールズ·ダーウィンの自然淘汰理論ですね」
ひよりは理の目は見ずに自分の歩いている足元を見ながら呟いた。
「その通り。コーダはその自然淘汰を自らの手で起こそうと考えている。進化の考え方を資本主義のイデオロギーと結びつけ、社会的に有益な人間や種として優れた者を強者とし、それ以外の人間を排除、つまり滅ぼそうと考えているんだ。」
理はいつもより早口だ。
「社会的に有益な強者って、そんなのなんでそいつら基準で勝手に決めるのよ」
玲は前を歩いている理に問いかけた。
「馬鹿だな。だから“過激派集団”なんじゃないか」理は肩を竦めた。
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