ウノ

フジサワ リョーイチ

“ゲーム研究会”

『ウノって言ってなーい!』


ーーーーーーーーーーー



サークル室に向かう足取りは軽かった。

廊下の窓に薄っすらと映る自分をチラリ、チラリと見ては高揚した。

そして綺麗に栗色に染まった自らの髪を玲は嬉しそうに撫でていた。

こうして明るくなった髪色を見ていると、今までの暗く地味な性格さえも払拭できるような気がした。



大学に入学して三ヶ月。

佐々木玲ささきれいはサークル室のある東側の棟へ向かう通路を歩きながら四つ歳上の姉に言われた言葉を思い出していた。


「いい?玲。大学は最初のニ週間が大事だよ。もしそこで友達できなかったら四年間ずーっと友達できないんだからね!頑張りなよ!」


中学、高校と物静かだった玲はこのお節介アドバイスを真に受け、《陰キャ三つ編みメガネっ娘》から卒業すべく自己改革を行った。

髪型をショートにし、コンタクトレンズを付け、そしてとうとう昨夜美容院で髪を染めたのだった 。

いわゆる“大学デビュー”というやつだ。

もちろん姉のプレゼンだったが、あの時姉の言葉がなかったらこのデビューはないのだなぁと窓に映る自分を見て「お姉、ありがと…」と呟いた。




間もなく《ゲーム研究会》と書かれた部屋に辿り着いた。

ここは玲が所属するゲームサークルの部屋だ。


玲はこの髪を褒めてくれるだろうか、と期待と不安に胸を膨らませながらドアに手を伸ばした。


ガラガラ…とサークル室のドアを開けると既にメンバーの数人がゲームに興じていた。


「おお玲、遅かったじゃねぇか!」

大槻裕太おおつきゆうたがその小柄な身体からは想像もつかないほど大きな声を出した。

「少し課題の提出が遅れただけ。それより見てよ。どう?」

玲が髪をかきわけて言った。

「ん?何か変わったか?」

裕太は背中を向けながら首だけ傾けて玲の方をみた。

「はぁ…聞いた私が馬鹿だったわ」

玲は残念そうに項垂れた。

「へぇ、髪色でこうも印象かわるものか」

その向かいに座っていた清水理しみずまことが逆ナイロール型の黒縁眼鏡をくいと上げサラッと彼女の変化に気付いてみせた。

「さーすがまこっちゃん。誰かさんとは違うねー」玲は裕太を蔑むような目で睨んだ。

「な、なんだよ。別に髪色が変わっただけだろ。普通だよ普通」

そう言うと襟足を触った。

玲はその仕草を見て少しだけ口角をあげた。

裕太は嘘をつくとき襟足を触る癖があったからだ。

玲は歩きながら上がった口角を元に戻し、裕太の顔を覗き込んだ。

「素直に可愛いねって言えないわけアンタは」

「うるせーな!俺じゃなくてひよりに聞いてみろよ。おい、ひよりどうなんだよ」

「え、と…玲ちゃん…その…似合ってます。とっても可愛いですよ」

真鍋まなべひよりは少し恥ずかしそうにしながら、か細い声で言った。

「えへへ。ありがとう、うれしい」

玲は照れて伏し目になりながら顔を赤らめた。


この三人は玲と同じ一年生。

柔軟性のある若い彼らはこの三ヶ月ですっかり打ち解けていた。


「ひよりの方が全然可愛いよ!でも、ひよりに言われたら、自己肯定感上がるわ〜」

同じ女性として比較するのもおこがましいと思う程ひよりは美人だった。玲はこんな顔に生まれたかったなぁと思ったがそれは同時に今の自分の存在を否定してしまうような気がしてすぐにそれを振り払った。



「で、またウノやってるの?」

玲が机の上にあるカードを見下ろしながら言った。

「ウノは楽しいからな。なぁ理!」大きな声で裕太が言った。

「ああ、子供の遊びと侮ってはならない。ウノはシンプル故に奥が深く一つ一つの行動がゲームの行方を変えていくため同じ局面など存在しない。さしずめ頭の戦争だ。」

眼鏡をくいと上げながら理が捲し立てた。


大学生にもなってウノにここまで熱量がある男子二人を玲は感心すると同時に子供っぽいなとも思った。


「さぁ、玲も強制参加だ」

裕太が椅子を引きながら玲を促した。


玲は着ていた白いセーターの袖を捲りあげながら裕太の隣に座った。

向かい側に座っていた理がカードを手早く配る手付きを見て、こういうのは女の子より男子の方が得意そうだなと感じた。



玲は配られた手札の悪さにため息をつきたかったが皆にそれを悟られないようカードを丁寧に揃えた。


赤色の8のカードを手に取りながら再び四つ歳上の姉に言われた言葉を思い出した。

「そして、サークルに入るのよ。きっと友達もできる。そこでイケメン彼氏ゲットして大学生活に花を咲かせなさい!」

またしてもお節介アドバイスだったが確かに大学に来てまで今までと同じ暗い学校生活をしたくないと思った。

イケメン彼氏については視野には入れてなかったが同じ趣味の友達が欲しいという理由で玲は賛成した。


入学して間もなく高校の時には絶対話さないような派手で明るく、見るからにリア充そうな人達にたくさんサークルの呼びかけを受けた。


明らかにそのサークル名とは関係がないはずの格好をしている人もいた。

背中に自由の翼のイラストが描かれた茶色のベストを着た男に『ねぇねぇ君、テニスサークルで汗を流さない?退屈を駆逐しよう!』と自らの心臓に手を当てながら話しかけられた時は、流石にそこまで飛び級はできない…と怖気づいた。



程なくして《ゲーム研究会》の存在を知った。子供の頃からシューティングゲームから格闘ゲームまでプレイし最近はオンラインゲームに入り浸る程のゲーム好きな玲にはピッタリのサークルだった。


ここならきっと“進撃のテニサー男”のようなチャラそうなパリピも居ないだろうししっかりとした交友関係が築ける。そう思っていた。


そしてなにより、まだ見ぬゲームに出会いたい。

自分とは違う価値観が溢れるゲームをプレイしたい。

そう思ってこのサークルに入った。


「はずだったのになぁ…」

玲は感嘆の吐息を洩らした。


「おい、早くしろよお前の番だぞ玲」

裕太が急かす。

無意識に手札を減らしていたら最後の一枚になっており、場には直前に理が出した緑のスキップが出ていた。

「やったーラッキー!」

玲は手札にあった緑色の3のカードをポイッと出しながら言った。


「はいウノって言ってなーい!!」

裕太は大きな声で玲を指さした。

玲はビクっとしたあと反射的に言った。

「い、言ったわよ!」

「言ってねーよ!玲はいつもウノって言わないで上がろうとするんだ。あのなぁウノってのは最後の1つになったら『ウノ』と宣言をしなくてはならn」

「わかってるわよ!うるさいわね!見ればわかるでしょ最後の一枚だって事くらい!」

声を荒げた玲に、いや…ルールなので…

と裕太が呟いた。



そうこの《ゲーム研究会》はゲームはゲームでも古典カードゲームをするサークルだったのだ。

玲はこれにガッカリしていたが友達と放課後にこうして遊ぶ事が今までなかった玲にとって、これはこれで楽しかった。

特に玲たちは《ウノ》を好んでいて放課後集まってはこうして談笑も兼ねて遊んでいたのだった。



「玲ちゃん、いつもウノって言い忘れるの…おっちょこちょいで可愛いです…」

ひよりが柔和な表情で玲を見つめる。


「もう、ひよりったら。可愛いだなんて」

玲は顔を赤らめた瞬間、ただ馬鹿なだけだろ。と小声で裕太が言ったのを聞き逃さなかった。

「なーによ裕太だっていつも順番守らないくせに」

「あれはリバースだのスキップだの色々ややこしいだけだ!」

「じゃあお互い様じゃない。裕太こそお馬鹿さんね」

「あぁー?なんだとこの野郎!」


「まーた夫婦喧嘩してる」

理が含み笑いでそう言うと

『そんなんじゃない!』

二人は机を両手でバンと叩くと綺麗なハモリをしてみせた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る