第37話 私は

 森を歩く。昨日までいた施設に一旦戻ることにした。

 ……それにしても、こんなに遠くまで走った覚えはないけれど……キュニーから逃げるのに必死だったからかな……


「ねぇルミ……私、ルミとずっといっしょにいたい」

「私も……キュニー」


 そう思える。ずっとそう思える。

 キュニーといっしょにいたい。ずっと一緒にいたい。


「だけど、この前みたいに私……私達には手の余ることだって起きると思うの」

「そう……だね。そうなったらずっと一緒にいれないかも」


 この前のデミニウムの時は少し何かが違えば、世界は黒に染められて、私はもうこの世にいなかったと思う


「そうなったら……どうしよう」

「……私は……キュニーと一緒にいれたらいい……だから逃げるにしても、戦うにしても、一緒にいれたらいい」


 ただ一緒にいつまでもいれたらいい。

 ずっと一緒に、隣で、キュニーと。


「けど、それで死んじゃったらずっと一緒にはいれないよ。それは……いやだな」

「うん……だから2人で考えて、なるべく良い方法を見つけたい……今は何も思いつかないけど」


 手を繋ぐ。手を握る。

 キュニーの暖かさを感じる。


「けど、けどね。今は何もわからないし思いつかないけど……こうやってキュニーと手を繋いで、一緒にいたら、全部なんとかなる……そんな気がする」

「ルミ……うん……そうだね。一緒にいたら、大丈夫だよね」

「うん」


 前を向く。森の樹々の緑が美しい。

 少し遠くから聞こえる水の音も。流れる雲も。全部が綺麗。


 その時体内の魔力が不自然に動いた気がした。


「んっ」

「ルミ、どうしたの?」

「なんかっ、おかしいっ」


 視界が暗くなっていく。

 違う……意識が、保てない。

 キュニーが見えない。キュニーが感じれない。


「きゅ……に……」

「ルミ!わっ!」


 キュニーの声が聞こえる。

 なんだかキュニーの声が遠い。

 キュニーの近くに行きたい。隣にいたい。


「ルミ!何……この魔力……!」


 意識が保てない。

 真っ暗の中に落ちていく。


「邪魔!ルミ!大丈夫!?ルミ!」


 キュニー……




 目を開けるとあたり一面白かった。

 何もかもが白い。何も認識できない。


「一緒にいていいの?」


 私が言う。


「ほんとに一緒にいて大丈夫なの?」


 私が言う。


「一緒にいたらまた傷つけるかも」

「一緒ににいたらまた傷つけられるかも」

「今ならまだ間に合うよ」


 私が言う。


「今ならまだ死ねるよ」

「今なら楽に死ねるよ」

「今なら幸せのまま死ねるよ」


 私が言う。


「そう……だね。今なら楽になれるかもね」


 私が言う。

 白い場所には黒い渦があって、少し動けば黒い渦に行ける。そこに行けば、苦痛なく私の意識は消えてしまう。それがわかる。


「幸せのまま。ここで終わればいいかもね」


 私が言う。

 私の心が私の本心を言う。


「そう」

「そうだよ」

「だから」


「けれど、私まだキュニーと一緒にいたい」


 私が言う。

 私の心が私の本心を言う。


「ほんとにそれが本心?」

「そうだよ」


「私はキュニーに求められてるのが気持ちいいだけなんじゃないの?」

「そうかもね。でも、それでも私はキュニーとずっと一緒にいたい」


「ずっとって、いつかは別れが来るかも」

「来るかもね。でも別れなんて来ないよ。大丈夫」


「キュニーはすぐ一緒にいたいなんて思わなくなるかも」

「そうかもね。でもずっと一緒にいたいって思ってくれるよ。

大丈夫」


「そうしたら後悔するかも」

「そうかもね。でも後悔なんてしないよ。大丈夫」


「キュニーは嘘をついてるかも」

「そうかもね。でも嘘なんてついてないよ。大丈夫」


「また全部に裏切られるかも」

「そうかもね。でも裏切られることはないよ。大丈夫」


「また全部を裏切るかも」

「そうかもね。でも裏切ることはないよ。大丈夫」


「またいきなり死にたいって思うかも」

「そうかもね。でも死にたいなんて思うことはないよ。大丈夫」


「キュニーと一緒にいたいって思わなくなるかも」

「そうかもね。でもずっとキュニーと一緒にいたいって思ってるよ。大丈夫」


「……ほんとに?」

「全部最悪の結果になるかもね。でも、大丈夫。キュニーと一緒にいるから」


「キュニーと一緒じゃないと……ずっとそうだって信じれるの?ずっとそういれるの?」

「うん。今も、ずっとこの先もそう思えてる」


「キュニーがいなくなったらどうするの?やっぱり死んじゃうの?」

「そう……するかな。キュニーと一緒じゃないと嫌だもの」


「じゃあ、やっぱり……今のうちに死んでおいた方がいいんじゃない?」

「でも……でもね。まだキュニーと一緒にいたい。もう少しだけでも、あと一瞬だけでも」


「キュニーに嫌われたら?そうなったらどうするの?」

「それでも一緒にいる。キュニーのことが好きだから」


「キュニーを信じれなくなったら?そうなったらどうするの?」

「それでも信じる。キュニーのことが好きだから」


 私が言う。

 全部私が言う。


 黒い場所はどんどん小さくなっていく。

 黒い渦がどんどん小さくなって消えていく。


「キュニーのことが好き……キュニーと一緒にいたい……」

「うん」


 白い場所が白くなっている。

 白の上に白が重なっていく。

 白が白くなっていく。


「やっぱりそうだよね。キュニーと一緒にいたいよね」

「ずっと一緒にね」


「ずっと」

「一緒に」

「キュニーと」

「楽に」

「不安なんてなくて」

「後悔なんてなくて」

「安心して」

「幸せに」

「一緒にいたい」


 私が言う。

 私の心を。

 沢山の心を。


 キュニーも同じように思ってるかはわからない。

 けれど私はキュニーと一緒にいたい。


 キュニーと一緒にいれば何だって怖くない。

 キュニーと一緒にいれば安心していられる。

 キュニーと一緒にいれば楽でいられる。

 キュニーといれば幸せでいられる。

 キュニーと一緒にいれば心が暖かい。


 だって怖がっていても。

 不安でいても。

 苦しんでいても。

 不幸でいても。

 心が冷えていても。


 キュニーがそんな私でもいいって思ってくれるから。

 そんな私と一緒にいたいって思ってるくれるから。

 キュニーが隣にいたいって思ってくれるから。

 キュニーが私を好きって言ってくれるから。


「だから私……キュニーとずっと一緒にいたい」




「ルミ!」


 目が覚めると、最初にキュニーの顔が目に入る。私の胸にうずくまってるから、白い長い髪しか見えないけど。


「ルミ……よかった……」

「キュニー……私……どうなったの?」


 泣いているキュニーの頭を撫でながら、辺りを見渡す。

 ここは……施設の一角……キュニーを寝かせていた場所に似てる……というか同じ。


「ルミの魔力がいきなり膨れ上がって……ううん。多分外に漏れ出たんだと思う……それで、ルミが倒れて……

 私心配で……ルミ……1ヶ月も目を覚さなかったから……もう目を覚さないんじゃないかって……怖くて……」

「キュニー……」


 この前までの私と同じ。

 キュニーが寝ていて。ずっと目を開けなくて。もう起きないんじゃないかって。

 そう思っていた私と同じ。


「キュニー……大丈夫。私……ずっとキュニーと一緒にいるから……」

「うん……うん……!ルミ……」


 キュニーが泣きじゃくる。

 そんなキュニーとずっと一緒にいたくて、キュニーの頭を抱き込む。手で包む。離さないように。ずっと一緒に入れるように。

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