第36話 補完

 目が覚める。いつのまにか寝てしまっていたみたい。お尻が痛い。

 寝ている間に雨は止んでいたようで外に出る。


 地面もかなり乾いている。水捌けがいいのかな。


「ルミ」


 声がする。よく聞いた……聞きたかった声が。

 洞窟の入り口の上に、キュニーの綺麗な顔が見える。


 一気に頭が覚醒する。

 キュニーが目の前にいる。なんで。

 私を追ってきたのかな……


「おはよう。ルミ」

「おはようって……キュニー……なんで」


 なんでついてきてしまったの……せっかく離れる覚悟ができてたのに。こんなことしたらまた。


「一緒にいようって言ったじゃない」

「キュニー……私」


 声が詰まる。

 息が詰まる。


「どうしたの?」


 キュニーが笑いかけてくれる。優しい笑顔……

 その笑顔を見ると思い出す。優しくしてくれたことを。もっと隣にいたくなってしまう。でも……けれど。


「だめだよ……キュニー。私といたら……」


 声が震える。

 息がしにくい。


 決意なんてない。だけど、私となんかといっしょにいたらだめ。私みたいなやつと。


「ルミ……でも私は」

「キュニー!」


 思わず大きな声がでる。

 自分とは思えないような声が。


「だめだよ。だめなの!私といたら……」

「ルミ……?」


 心が痛くなっていく。

 頭が締め付けられる。

 身体が震える。

 呼吸がうまくできない。


「もう……もう一緒にいなくていいんだよ!もう契約杖もないんだよ!?」


 そんな私を置いて、私の身体は勝手に大声を出す。

 また、自分が自分じゃないみたいになってる。


「それに私といたらどうなるかわからない!私なんかといたら、今度こそ……」


 今度こそキュニーは死んでしまうかもしれない。

 この前はそうだった。いなくなってしまいそうだった。

 そんなの……そんなのだめだから。


「ルミ……そんなの」

「それに私がキュニーから竜の力を奪ったんだよ!?こんな私となんて一緒にいたくないでしょう!?」


 何を言ってるのかな。

 そんな言わなくてもいいようなことを言ってる。

 

 ……この後に及んでキュニーにまだ何か求めているから……そんな私だから……


「私と一緒にいたから……私を守るから……キュニーは死んじゃいそうだった!私がいたからキュニーは死んじゃいそうだった!」


 声が出ていく。どんどんと。


「そんなこと……」

「だから……だからもうついてこないで!キュニーもほんとは私なんかといたくないでしょ!?契約杖がなくなったんだから」


 あれもこれも全部契約杖があったから。そう思いたい。

 そう思えば諦められる。


 ……そんなことはないってわかってるのに。


「だから……だから……」


 息が詰まる。

 声が勝手に出てくる。

 声が心から頭を通らず出ていく。


「こんなことばかり言って、まだキュニーの優しさにすがろうとしてるんだよ!?そんな私なんだよ!?

 ……そんな私と一緒にいたら絶対不幸になる!だから、だから私はもう誰とも……何とも関われないもの……関わっちゃいけないんだよ!」

「あっ、ルミ……!」


 答えを聞く前に走り出していた。

 キュニーから逃げ出す。キュニーからも逃げ出す。


 キュニーの返答を聞くのが怖い。だから逃げ出す。

 クズな私が、クズの中のクズだってばれた。そう自分からばらした。そんな私をキュニーが受け入れてくれるわけない。


 それに私がキュニーと一緒にいていいわけがない。一緒にいたい。いたいけれどいちゃいけない。


 走ってるとスカートが邪魔になる。

 転けそう。


「あっ」


 転ける。手で支えれない。

 頭を打つ。痛い。痛いけれど。


「ルミ!待ってルミ!」


 キュニーの声がする。

 痛みを堪えて手と足に力を入れる。

 脚に痛みが走る。咄嗟に治癒の魔導機を起動する。


「んっ」


 立ち上がって走る。キュニーから離れたくて。

 キュニーの答えを聞くのが、キュニーの隣にいるのが怖い。

 キュニーに恨まれていたとしても、それを聞きたくない。

 その前に死にたい。


 いつのまにか景色は木が現れ始め、森に変わっていく。


「待ってっ……ルミ……!」

「……ぅ」


 待ちたくなる。そんな声を聞いたら待ちたくなる。

 キュニーが必死に追いかけてくれている。


 けど、けれど……


「はぁ……はぁ……」


 走る。ここで振り返るわけにはいかない。

 もういっしょにいちゃいけない。それだけが頭の中にある。

 キュニーには幸せになってほしい。私なんかとじゃなくて、もっと別の、もっと良い誰かと。


「わっ」


 地面に出た木の根につまづく。

 尖った枝が手に刺さる。身体中に擦り傷ができてる。痛い。


「ん……!」


 立ち上がる。

 身体中が痛い。治癒の魔導機をかけても、あたりの枝や木の葉がすぐに傷をつける。

 手に刺さった枝も抜けない。抜く勇気がない。どんどん血が出てくる。血液が地面に滴っていく。


「ルミ!」

「んっ!」


 思い切って枝を抜く。激痛が走る。

 けれど痛くない。キュニーと離れることに比べればこんなの。


「きゃ」


 脚を踏み外した。

 地面が急に低くなっていた。急な斜面に対応できずに転がっていく。


「ぅう……」


 身体のあちこちが痛い。

 でもいかないと……キュニーから離れないと……


「……ルミ!」


 キュニーの声がする。

 早くいかないと。私なんかとキュニーはいちゃいけないだから。

 けれど身体は動かない。起き上がらない。


 急に身体から痛みが消える。

 治癒魔法……キュニーの治癒魔法。


 急いで動こうとするけれど、後ろから抱きしめられる。


「ルミ!」

「キュニー……のいて!もう」

「のかないよ!」


 キュニーの小さな腕……小さくなってしまった腕が私の身体を締め付ける。引き止める。


「ねぇ、ルミ……ルミ……私と一緒にいてよ!」


 心が跳ねる。


「……だめだよ!私と一緒にいたら不幸になる!私は傷つけることしかできないもの!」


 そんなこと思って欲しくない。けれどそう思ってほしい。

 幸せになってほしい。キュニーに幸せになってほしい。

 そのためには私はいらない。邪魔なだけだから。


「キュニー……!私のいうことは聞いてくれるって言ってくれたでしょ……?だから、だから」

「ルミ……ごめんね……」


 また心が動く。


「なんで……なんで謝るの!?キュニーは悪くない!悪くないよ!私が全部悪いのに!」

「ルミ……」

「ごめんねなんて言わないでよ!キュニーは何も悪くないんだから……私が悪いんだから……」


 力が抜けていく。座り込んでしまう。

 キュニーもつられて座り込む。


「ルミ……ごめんね」

「だからなんで……!」

「私が……私が約束を守れなかったから……私がずっと一緒にいるって約束したのに……」

「それは……!」


 キュニーがいなくなりそうだった。キュニーが死んでしまいそうだった。キュニーが……キュニーが……

 いつのまにか視界がぼやけている。


「それは私が弱いから……私がキュニーを危険に晒して……」

「私は危険ならどんなことでも対処できるつもりだったのに……それなのにルミがもう少しで死んでしまいそうだった……それにずっと一緒にもいれなさそうだった……」


 声が出ない。

 心は蠢いているのに、頭も喉も肺も身体も、何も動かない。


「不安に……不安にさせたよね。ごめんね」

「けど……でも」


 口から音がこぼれ出る。

 キュニーの手も温度が、身体の暖かさを感じる。


「でも……今度も約束も守れないかもしれない……そんな私でもルミに隣にいてほしいの!」

「そんなの……!」


 また頭が熱くなる。

 心が暴れだす。


「私が……!私のせいなんだよ!?キュニーが死にそうだったのも!私よりもっと……もっと良い人がいるでしょ!?」

「ルミ!私にはルミしかいないよ!ルミしかいない!ルミ以外の人が私の隣にいてくれたことない!」


 心が弾けそうになる。

 心が拡散しそうになる。

 心が……心が痛い……けど……


「そんなこと……でも……私……」

「ルミがどんな人だっていい!ルミが私を傷つけても……それで私が死にそうになってもいい!だから……だから私と一緒にいて……いてよ……!」


 キュニーに抱きしめられる。

 心が暖かい。キュニーが暖かい。


「ほんとに……ほんとに一緒にいていいの?」

「ううん。私が一緒にいてほしいの」


「隣で……キュニーの隣で生きていてもいいのかな……?」

「ううん。私が隣で生きていて欲しいの」


「ずっと……好きでいてくれる……?」

「ずっと好きでいたいよ」


 キュニーの白い髪が首をさする。少しくずぐったい。

 後ろにキュニーがいる。いようとしてくれる。それを感じる。


「うん……うん。私も……私もずっと好きでいたい……ずっと一緒にいたい……キュニー」

「ずっと……ずっと一緒にいて……ルミ」


 キュニーの手をとる。

 手に頭をよりかかる。

 それがとても心地良くて。幸せで。ずっとこうしていたい。ずっとこうしていられる。それが幸福で。

 ここにいるんだって、キュニーと一緒にいるんだって思えた。

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