第35話 契約
第9研究所で契約杖を作った研究者。多分その人がこれを書いたんだと思う。同じような印象をところどころから受ける。その人がこれを残してくれた。契約杖解除の方法を。
解除の方法はいたって簡単。新しく作られた魔導装置に杖を置くことで杖の魔力情報を書き換えておけば、あとは解除というだけで解除できる。
さらに解除すれば契約杖本来の形、お互いの相互理解を可能にする形になるらしい。それを使うかはわからないけれど……
この文章のあとがきには謝罪や著者がしてきたことが書かれていた。
竜という自由な魔力生物を契約杖で縛り付けたことを後悔していた。そしてそれを解除する方法を見つけたこと、そして自分にとっての理想の契約杖を作れたことが書かれている。
やっぱり第9研究所の人……ありがとう。顔も名前も知らないけれど、あなたのおかげで私は……
「装置は3区に……」
キュニーが目覚めるまでにやってしまおう。それでキュニーが起きたらすぐ……
装置に杖を置くと、杖が内部に吸い込まれる。
装置には変換率が現れ、残り時間20時間と書いてある。
「キュニーが起きるまでに間に合うかな……」
けれどそんな心配は杞憂だった。
次の日も、その次の日もキュニーは起きなかった。
「キュニー……」
もうずっとキュニーの目覚めを待っている。
キュニーの顔を見ながら座り込んでいる。何かを食べる気も起きない。けれど携帯食料は腹持ちがいいのかお腹も減らない。
不安がまた心に入ってくる。
もう目を覚まさないかもしれない。あの時目を開けたのは最後の力を振り絞ったからとか……そんなことを考えだすとキリがない。怖い。
契約杖は魔力情報の変換が終わって、もういつでも解除できる。けれどまだ解除していなかった。
「どうして……」
解除しようとすると何故か声が出なくなる。
こんな繋がりなんてない方がいいってあれだけ思っていたはずなのに……
「多分……」
きっと私は解除なんてしたくない。キュニーに守ってほしいから、命という縛りを手放せない。
なんでこんなに自分勝手になってしまったのかな……元からかもしれないけれど。
別に今じゃなくてもいい……そう思ってしまう。契約杖を解除するのはいつでもできる。いつでも簡単にできるようになった。
このままだとまたキュニーを傷つけてしまう。またキュニーを危険に晒してしまう。またキュニーに守ってもらうわけにはいかない。
計測機によれば完全に人と同じではないみたいだけれど、竜だった時よりは弱くなっている。それじゃあ同じようなことが起きた時、今度は死んじゃうかもしれない……いやきっと死んでしまう。
「だから……」
解除しなくちゃいけない。いけないのに、声が出ない。頭が動かない。どうしたらいいのかわからなくなっていく。思考が混ざって、自分がどうしたいのかわからなくなっていく。
「る……み……」
キュニーの声がする。
キュニーの目がうっすらと開く。
「キュニー……!」
計測機が警戒音を鳴らす。けれどそれは魔力が上昇してるからで、多分これでいいはず……
「キュニー……大丈夫……?ゆっくりでいいから……」
「る、み……ごめ、んね」
心が跳躍する。
痛い。胸が痛い。
「キュニー……今はいいから……無理しないで」
「ごめん……ごめんね……」
また目が閉じる。
計測機を見ると魔力は完全に安定している。こうなったらもう大丈夫だって書いてあった。
「キュニー……」
もう決めないといけない。どうするのか。
ごめん……ごめんね……
キュニーの絞り出した言葉を思い出す。謝らないといけないのは私なのに、どうして謝ったのかな。
謝るのは私。ごめん。ごめんなさい。すいません。許してください。私が全て悪いんです。
「……言えない」
謝れない。キュニーは寝ている。他に誰が聞いてるわけじゃない。なのに言えない。
……やっぱり本当は悪いなんて思ってないのかな。やっぱり、それなのに私なんかにごめんなんて言わなくていいのに……
「そうじゃない……」
キュニーにごめんなんて言わせた私が悪いのか。
ごめんって言われた時、心が飛び跳ねたかのように動いた。
心が痛くて、苦しい。
キュニーが謝ったってことは、キュニーの中ではキュニーが悪い事になってるのかもしれない。本当は私が全部悪いのに。
キュニーがそんな風に思ってしまってることがとても苦しい。耐えれない。私と関わらなければそうはならなかったのに。罪悪感なんて持って欲しくない。私が全部悪いのに。
「解除……」
杖の中の魔力が蠢き、あるべきものはあるべき場所に還っていく。拘束が解かれ、魔力が自由になっていく。
「言えた……」
もうこれでこの契約杖はただの初心者用の杖。軽い魔法が使えるだけの安物でしかない。
一応まだ、真の契約……お互いの相互理解がどうこうみたいなのはできるらしいけれど、それはお互いの合意がないとできない。
そんなことキュニーはしないだろうし、して欲しくない。きっと私も合意なんてすることはないと思う。
「行こう……」
この施設で見つけた袋に携帯食料と水を入れて外を目指す。
もうここにいる意味も意義も理由も責務もない。元からそんなもはないけれど。ここいたら、どんどんキュニーといたくなってしまう。
もう一緒にいちゃいけない。そう思ってるうちに逃げ出さないと。
久しぶりに外に出る。眩しい。
食料も水もある。これだけあれば当分持つとおもう。水は川の水とかでもいい。魔力水だった時が怖いけれど。
「どこに行こう……」
どこでもいいかな。別段いく場所もない。
……魔力断層でも目指そうかな。綺麗だったし……
草原を歩いていく。
この前の戦いの跡がまだ残ってる。焼けた土や岩が辺りに見える。
「なんだか……」
夢にいるみたい。あんな……世界の命運を分けるような戦いの中にいたなんて。いや、キュニーと一緒にいたことが夢だった。竜なんているわけないもの。
……そんなわけない。キュニーと一緒にいれたことが1番嬉しくいことだったのに。一緒にいる理由を手放してしまった。どうしてあんなことしてしまったのかな……もっと他にも方法が……
ない。あるわけない。あれしかキュニーをもうこれ以上傷つけない方法はなかった。そう思いたい。そう思わないといけない。
けれど……もしかしたらキュニーが私を追いかけて……
「だめ」
期待しちゃいけない。そんなこと起こるわけない。
私はこれからずっとひとり。誰ともいちゃいけない。誰かと一緒にいたいなんて思っちゃいけない。
本当はキュニーと一緒にいたかった。隣にいて欲しかった。ずっと隣にいたかった。
けれど……けれど、そんなことしたらまたキュニーを危険に晒してしまう。
「雨……」
いつのまにか景色は草原から丘と森に変わっていた。
魔力を多く含んだ灰色の雨が降る。
「どこかで……」
雨宿りしなきゃ。
近くの小さな洞窟に中に入る。
雨音が鳴り響く。頭がそれで満たされていく。
雑音だらけで、それが思考を奪う。考えなくていい。
もう死にたいなんて考えたくない。楽になりたい。
そう思っていたはずなのに。キュニーの隣にもういれない。そう思ったらどんどん死にたくなってくる。
「キュニー……」
悲しい。どうして私はキュニーを危険に晒してしまったのかな。どうしてそんなに弱いのかな。
悲しみが心を包んでいく。
うずくまって、雨が上がるのを待つ。
何もすることなく、思考の渦とともに待っている。
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