第32話 崩壊

 静けさが辺りを包む。

 月の魔力光が私の現実を照らす。


「キュニー!」


 キュニーはどう見ても大怪我だった。

 全身から魔力が溢れ出ている。竜の魔力は命。キュニーの命がどんどん大気中に溢れでていくのがわかる。


「キュニー……!大丈夫だよね?治るよね!?」

「ルミ……」


 キュニーの目は悲しい目をしていた。いつもの優しい目じゃない。それが何よりもこれからのことを物語っていた。

 けれどそんなのわからない。わかりたくない。不安が、恐怖が、心を占め始める。後悔が頭の中を渦巻いていく。


「大丈夫って言ってよ!ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」

「ルミ……ごめん……」


 心が暗くなっていく。思考が暗闇に飲まれていく。現実を直視したくない。

 魔力が流れていく。キュニーの魔力が流れていく。大気に流れていく。命が。


「ごめんって何!?一緒にいてくれるんじゃないの!?」

「ルミ……私はもう」

「聞きたくない!聞きたくないよ!」


 耳が音を拒否する。聞きたくない。

 大丈夫……大丈夫。キュニーなら大丈夫。大丈夫って言ってたから。大丈夫。


「ルミ……」

「あぁ、あ……身体が……治るよね!?ね?」


 キュニーの身体がぼろぼろと崩れていく。魔力になって溶けていく。

 いつか見た竜と同じ。身体を維持する魔力量がなくなっている。崩れていく。灰色の身体になって宙を舞っていく。


「ルミ……今までありがとう」

「そんなこと言わないで!言わないでよ……」


 たださえ腹がえぐれた身体はどんどん崩れていく。最後の翼が欠けていく。

 キュニーが消えていく。キュニーの命が消えていくのがわかる。でも、でも。


「あぁ……」


 でも、そんなの認めたくない。感じ取りたくない。


「ごめんね……一緒にいれなくて……」

「……どうして!?どうしてよ……一緒にいるって約束してくれたのに……!」


 約束のはず。はずなのに……約束なんだから大丈夫。キュニーなら大丈夫。大丈夫なはずなのに、身体が崩れていく。

 それが何を意味しているのかわかりたくない。理解したくない。けれど思考はそれを勝手に処理して結論づける。


「でももう一つの約束は守れたよ。ルミを守れた」

「そんなの……そんなの意味ないよ!キュニーが一緒にいなきゃ……」


 一緒にいないと、一緒にいなきゃ生きていけない。生きていける自信がない。キュニーがいないと。


「ごめんね」

「謝らないで……一緒にいるんでしょ……一緒にいてくれるんだよね……?」


 わかっていることを。わかりたくもないことを聞いてしまう。答えなんて聞きたくないのに聞いてしまう。

 答えを聞きたくない。けれど聞かずにはいられない。聞かないと現実が、事実がすぐ側に来てしまう。


「ごめんね。私はもういられないよ……ごめんね」

「キュニー……ねぇ、キュニー、嘘でしょ。ねぇ」


 嘘だと言って欲しい。本当だなんて言って欲しくない。

 前が見えない。ぼやけている。涙で視界が埋まっていく。景色がぼやけて、何も考えたくない。見たくない。


「キュニー……」

「ルミ……ごめんね……でも、ルミなら大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」


 大丈夫なわけない。大丈夫だなんて思えない。キュニーがいないと、生きていけない。


「キュニーは一緒にいたくないの!?一緒にいてくれるって言ったじゃん!」

「ごめんね……一緒にいたいよ。でも、私はもう」


 そんなこと聞きたくない。キュニーが、キュニーの魔力がなくなっていくのを感じる。大気中に魔力が流れていく。

 尻尾はもう薄くなって、どんどんその先が見えていく。それが、キュニーの最後を表しているようで、ぼやけた目を背ける。現実からも目を背けたい。


 けれど現実は目の前の空洞となって現れる。


「キュニー……どうしてよ!どうして……1人にしないで……一緒にいてよ……」

「ごめんね……ルミ、私もう魔力が……」


 キュニーの魔力がどんどん小さくなっていく。身体が崩れていく。翼はもうほとんど見えない。身体がどんどん魔力に変わって、大気中に溶けていっているのがわかる。わかりたくもないのに、私の弱い魔力感知でもわかってしまう。


「キュニー……キュニー!ねぇ……ねぇってば!目開けてよ!」

「ごめんね……」


 キュニーが目を開けない。声を出さない。意思が感じれない。


 やだ。やだよ……キュニー……キュニーが……

 キュニー……キュニー……ねぇ、キュニー……一緒にいてくれるんでしょ……ねぇ……どうして……どうしてよ。


 その時、地面が揺れる。


「何ぃ?」


 アルナの声がする。

 けれど、もうどうでもいい。キュニーがいないのに、何かを考えたくない。何かを考えられる気がしない。


 けれど景色はぼやけてたって、考えたくなったって自然と視界に入ってくる。世界を自然と、強制的に、思考知る余地なく、情報が入ってくる。


 地面が割れ、巨大な竜が現れる。翼のない竜だった。

 地面から現れ、辺りを見渡す。


「うーん、デミニウムを倒してくれたのは君達か……それにゴドリアスも」


 その翼のない巨大な竜は私たちに話しかける。

 けれど答える気は起きない。その竜が絶対的な印象を抱かせるというのもあるけれど、キュニーがいないのに何かを話す気力がない。何も話したくはない。


「それで、その竜は助けた方がいい?」

「……助けれるの!?」


 咄嗟に声が出る。キュニーのことが、キュニーのことだから声が出る。


「五分五分だけれど。けれど助けるなら早くした方がいい」

「ど、どうしたらいいの?」


 深い暗闇の中に光が降りてくる。小さな光が。


「ユリ、どう?」

「……多分大丈夫だわ」


 後ろからアルナとユリの声が聞こえる。

 けれどそれを思考までこない。そんなことよりキュニーが、キュニーを助けてくれるかもしれない目の前の存在が、思考を埋めていた。


「じゃあついてきて。近くに施設があるから」

「で、でもキュニーをどう動かしたら……」

「その杖を使いなよ」


 杖を……?杖に必死に魔力を力を込める。するとキュニーが浮かび上がり、動かせる。

 身体がこぼれ落ち、魔力が漏れ出る。キュニーを見てると怖くなる。どんどん命が流れ出ていく。



「助かるんだよね……?」

「わからない。だから早く行こう……君らはどうするんだい?」


 巨大な竜が、ユリたちに問いかける。

 ユリたちは少し悩んで、答えを出す。


「私はミリニムアを連れて帰るわ。アルナもいきましょう」

「……わかったぁ」

「君らはこないのか。じゃあ行こう」


 巨大な竜は、平原を進んでいく。デミニウムとボス、そしてキュニーが戦った跡が辺りに残っている。

 魔力の光が地面をえぐった跡が見える。戦いの跡が。


 月の魔力光が出てきた太陽にかき消されていく。

 朝がくる。キュニーと一緒だけれど、不安と恐怖の朝がくる。アルナもいるけれど、あまり意識は向かない。


 キュニーが、キュニーを、キュニーの。

 キュニーのことばかり考えている。


 大丈夫だよね……キュニー……約束してくれたもんね……大丈夫……キュニー……


「ここだよ」


 そこには地下へと続く通路が現れる。

 この前、キュニーと一緒に行った施設を思い出す。似たような雰囲気が漂っている。


「ここ?」

「そう。もう少しだ」


 キュニーを連れて歩いていく。

 地下へと続く通路は、キュニーと一緒にきた施設とよく似ている。ほとんど一緒かもしれない。


 けれどその先の景色は大きく変わっていた。この前の施設は竜の生活場所のような感じだったけれど、今回は巨大な実験場のように見える。

 様々な巨大な装置がある。まだ動いてるようには見えないけれど……


「ここだよ」

「……どうしたらいいの」


 そこは大きな筒が入り混じって存在していて、中心に部屋のような空間がある。


「ここに杖をおけばいい。その竜は向こうの部屋に。あとは魔力で装置を動かすだけだ」

「……わかった」


 キュニーを装置の隣にある大きな部屋に入れ、言われた通りに杖を置く。すると隣の巨大な竜が魔力を流したのか、装置が動き出す。緑や紫の光が筒の中を走り、回転と共に機械が正常に動いてることを教えてくれる。


「ふぉwんcおえ。魔力情報を感知。登録された魔力パターンはこちらです。再構成しますか?」

「どういうこと?」

「もうその竜単体での再生は難しい。だからこの装置でその竜を再構成することで治せばいい」


 つまり、治せないから、一度完全に崩して作り直すってことかな。そんなことして大丈夫なのかな……キュニーの意識は。……けれどこれしかない。私に他に取れる方法はない。

 こうしてる間にも、キュニーの身体は崩れていっている。


「ここから選ぶの?」

「そう。竜はないようだが、そこは君が好きに選ぶしかない。竜としての姿を捨てる時点で、今までのような力は無くなるだろうがな」


 装置の操作パネルには竜の形はない。人、獣、見たこともないようなものなどがある。人……人を選ぶのが1番良いように見える。

 ……けどそれでいいのかな。竜としての力をキュニーは捨てることを望むかな。竜


「早くした方がいい」

「……わかってる」


 人のボタンを押す。人としてでも生きていて欲しい。キュニーといたい。一緒にいたい。竜じゃなくなったって一緒にいたい。


 キュニーの魔力が一気に分解され、装置の中に入っていく。

 装置が赤に輝いて、震え出す。


「大丈夫なんだよね?」

「わからない。竜をこの装置に入れた話はない。だがこれしかないからな」

「そんな……」


 次第に魔力が人の形をとっていく。女の子の形になっていく。白い長い髪が現れる。14歳ぐらいの少女が現れる。


「成功のようだ……少し竜側に引っ張られ過ぎているようにも見えるが」

「良かった……」

「目覚めるまでは時間がかかりそうだがな。じゃあ私はもういく」

「……ありがとう」


 巨大な翼のない竜は外に歩いていく。

 キュニーが再構成された女の子を部屋から出し、柔らかい素材で作られた部屋に寝かせる。裸だけれどかけてあげられるものもない。

 私は……キュニーを助けられたのかな。


「……ん」

「生きてる!」


 呼吸が聞こえる。胸が動く。寝てるだけに見える。

 生きてる。助けれた。


 私でもキュニーを助けれた。これからも一緒にいれる。これからもずっと。それが今はただ嬉しい。

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