第31話 守る

「どうして!?世界を救うって……」


 ユリが叫ぶ。いつもの穏やかで、安定していたユリはそこにはいない。うろたえて不安定に見える。


「私はデミニウムを倒したかっただけだよ。その過程で世界を救うというのもあったかもしれないがね……そして!その竜も倒す」


 ボスが空中を指す。まるで自分が1番であるかのように。

 ……けれど、今この中で1番強いのはボス。キュニーはもうほとんど魔力が残っていないし、傷がひどい。どこかで治癒しないと……


「ボスぅ。よくわからないけれどぉ、私はボスが間違ってるように見えるわぁ。だから……私は竜を守るよぉ」

「私もよ。ボス……これでも勝てると思ってるの?」


 アルナとミリニムアが私たちの方についてくれる。キュニーを助けて欲しい。見るのが怖い。声を聞くのが怖いけれど、キュニーを助けて欲しい。


「勝てるさ!その竜には弱点がある……ルミ、久しぶりだね」


 心が跳ねる。ばれてる?というかなんでここにいるって……


「ルミ!?どうしてここに……いや、やっぱりそういうことなのね」

「……元気でそうでよかったよぉ」


 ミリニムアとアルナにも見えてる……つまり、これは……


「ごめんルミ……維持できなかった」


 私の姿を隠す魔法が切れてしまっている。私とDの人達を分けていた魔法が切れてしまっていた。

 アルナとミリニムアの視線が刺さる。痛い。怖い。けど……


「キュニー……ありがとう。けどいいの。キュニーがいてくれるから」

「ルミ……わかった。隣にいれるようにあいつを……ゴドリアスを倒すよ」


 キュニーが身体を持ち上げる。魔力の翼を広げる。今にも崩れそう。それに明らかに魔力が弱い。負けてしまうんじゃないかって、そんなことを少し思う。

 不安が鎌首を持ち上げ、心に巻きつく。


「ルミが弱点って、どういうことなの?」

「ルミが死ねば、竜も死ぬ。そうなってるだろう?」


 ミリニムアとボスが話す。

 契約杖のこと。最近はあまり意識することも少なかったけれど、契約杖はまだある。私がいなくなれば、キュニーも死んじゃう。


「そんなことはさせない……ルミは私が守る」

「できるかな?」


 キュニーが魔力を練ると同時に岩がたくさん飛んでくる。

 ボスの攻撃。けれど、こっちまでは届かない。


「ミリニムアぁ、今は深く考えないでぇ」

「わかった。ボスを止める……それでいいんだよね?」


 アルナの空間魔法が攻撃を止めてくれる。ミリニムアを協力してくれる。私にはできないこと。

 私がもっと強ければ、もっと何かができればキュニーの力に……


「邪魔だよ!」


 止められたはずの岩が魔法を突破してアルナとミリニムアを吹き飛ばす。空間を破ってきた。

 キュニーが岩を魔法で吹き飛ばす。けれどその一撃でキュニーはまた倒れてしまう。


「キュニー……!」

「大丈夫……まだ」


 ボスが新たに岩を出現させる。岩に魔力が流れる。

 怖い。死ぬ。助けて。いや……


「竜を守るぅ……そう言ったでしょ?」


 アルナが岩を破壊してくれた。

 助かった……けれど多分。


「ボスぅ強いねぇ。なら私たちもぉ」

「わかった!」


 アルナとミリニムアが指の魔導機に魔力を流す。緑の光が眩しい。私は見たことない魔導機……私が出ていってから作られたのかな。


「魔力反転」

「うぉっ」


 アルナの魔力でボスが吹き飛ぶ。ボスの周りの岩が制御から離れたのか砕け散る。

 さらにミリニムアが手に赤い魔力が見える。ミリニムアの治癒魔法の色とは違う。それを飛んできたボスに叩きつける。


「ぐおっ」

「やった!」


 ボスが口から血を吐き項垂れる。

 倒した……?


「なんてな……」

「あ……」


 岩が再度出現し、ミリニムアに岩が当たる。

 左腕と腹が吹き飛び、血が溢れ出る。同時に治癒魔法が起動して、再生が始まる。

 けれどミリニムアは気絶してしまって意識がない。


「ボスぅ……そこまでやるんだねぇ」

「……組織の皆のことも好きだったよ。だが、それ以上に」


 ボスがキュニーを見る。

 キュニーの隣の私を見る。


「今がチャンスなんだよ。ここを逃せば、もうこんな機会は訪れない」


 怖い。目が怖い。

 殺されてしまう。キュニーが殺されてしまう。私を殺してキュニーが殺されてしまう。だから怖いけれど……


「私も……戦わないと……!」


 キュニーが魔力を制御しようとする。

 ……けれどそれは途中で空気中に霧散してしまう。


「……わ、私がやるよ」


 キュニーは今戦えない。ミリニムアもやられた。アルナはいるけれど、1人で勝てるとは思えない。

 だから……私がやるしかない。私が戦う。キュニーを守りたい。

 ずっと起動してなかった魔導機を起動する。魔力が流れ、魔法に変わろうとしていく。


「ルミ……私が守るから……」

「キュニー……私もずっと一緒にいたい……だから」


 私も戦わなくちゃ。今までキュニーがやってくれた。キュニーが守ってくれた。私もキュニーを守りたい。


 炎を生み出す。弱い炎。

 キュニーの攻撃とは比べものにならない。

 けれど私にとっての最大火力。


「邪魔だな」


 邪魔……その程度。いや、その程度には効くんだから……

 私の弱い魔力をそれぐらいまでに強化してくれるカトニムの作った魔導機。


「私もいるよぉ?」


 アルナが魔法を放つ。ボスの周りの空間が歪み、押しつぶそうとする。

 けれどボスは高速で移動し逃れてしまう。


「さっきは少し驚いたけれど……君たちのできることはわかってる。ボスだからね」


 どうすれば……どうしたらキュニーを守れる?

 怖い。今にもボスの周りの岩が飛んでくるかもしれない。そうなったら、多分反応もできずに死んじゃう。いつでも障壁魔法の準備はしているけれど、発動が間に合う自信はない。


 でも戦わないと。キュニーが死んじゃう。助けたい。


「ルミ。まだ手はあるわ」

「ユリ……」


 さっきまで崩れ落ちていたユリが立っていた。

 まだ不安定に見える。けれど何かを決意したような目をしている。


「ユリ……君は殺したくはない。君の運命を見る魔力は役に立ったからね……だが邪魔をするというのなら容赦はしない」

「……それは私もよ。先に言っておくわ。今までありがとう」


 そう言い終わると同時に、岩が飛んでくる。

 でもそれがユリに当たることはない。誰かが防御したわけでも、ユリが何かしたわけじゃない。岩が、岩の中の魔力がユリを避けた。


「アルナ。ボスの魔法を止めて」

「わかったわぁ」


 ユリがアルナに指示を出す。

 できる?とは聞かなかった。ボスの見たことない、原理もわからない魔法に対しても、何ができるのかわかってるみたいに。


「ルミ。ボスを倒すにはあなたが必要。私が合図をしたら迷わずこの魔導機を起動するのよ。けれど、それはボスの近くじゃないと効かないわ。だから」

「……近づいて起動する」

「そう」


 ユリから魔導機を渡される。

 四角い掌サイズの魔導機を握りしめる。岩の弾幕を乗り越えて、ボスを捉えて近くで起動する。


 難しい。私にはできないかもしれない。いやできない。けれどアルナがいる。ユリもいる。

 それにキュニーがいる。だから、やらないと。


「作戦会議は終わりかな。じゃあ」


 ボスが岩を出現させる。槍のような形状の岩を飛ばしてくる。

 とっさに障壁魔法を起動する。けれど岩が当たる前に、何が当たる。障壁が衝撃で砕け散る。


「何が……!?」

「アルナ!」

「やってるぅ」


 アルナが魔法を使い、岩が途中で落ちる。届かなかった。

 さっきボスを吹き飛ばした時と同じ魔力の感じがした。


「魔力反転……やっかいだが、魔導機にかかる負担はでかいだろう?」

「そうだねぇ……だからルミ。次でなんとかするよぉ」


 そういうとアルナの姿が消える。

 アルナは上空にいる。大きな魔力が流れる。


「ルミいくよぉ」

「わっ」


 視界が揺れる。目の前の空間が歪んで、どこにいるのかわからない。景色がねじれて何も見えない。

 いつか味わったものと同じ。

 急に視界が晴れ、目の前にボスが現れる。


「ルミ!今」

「んっ」


 魔導機に全力魔力を込める。

 魔導機を持った手をボスに押しあてる。


「ぐあっ!」


 ボスが呻き声を上げる。

 ボスの身体が硬直し、大きな魔力が呻き始める。

 魔力暴走の予兆。デミニウムのやつより遥かに小さいけれど、この距離ならボスもろとも倒せる。


「なんだと……くそっ!動けん!」

「やった……」


 やった。守れた。

 こんな私でもキュニーを守れた。

 嬉しい。これで、これでキュニーと一緒に入れる。


「ルミ!逃げないと!」

「……あ」


 力が入らない。魔力を魔導機に流しすぎた……

 動けない。早く逃げないといけないのに。魔力暴走に巻き込まれる……動かない。


「アルナ!」

「だめぇ。妨害されてるぅ」

「道連れだ……!せめてあの竜だけは……!」


 身体に力が入らない。魔力が枯渇してる。

 私が死んだらキュニーも死んじゃう。


「……うぅ」


 少しも動かない。魔力暴走も近い。

 魔力暴走の予兆のさまざまな色の光が現れる。


「ははは!!!」


 光が辺りを包む。白い色の光が。

 圧倒的な魔力が出てくる。巻き込まれたら確実に死んでしまう。でも身体は動かない。


「ルミ!」


 身体が吹き飛ぶ。

 魔力が動く。


「わっ」


 地面にぶつかる。痛い。

 でも魔力爆発に巻き込まれてない。助かった。


「キュニー……キュニー……?」


 さっき体の動かない私を何かが動かしてくれた。

 何かが当たって吹き飛ばしてくれた。

 キュニーが私を呼んで……


「ごめん……ルミ」

「キュニー……!」


 魔力爆発の方を見るとキュニーがいた。

 私と魔力爆発の間に立っていた。


 思考が追いつかない。考えられない。見たくない。

 けれど現実は確実に迫ってくる。


 キュニーの魔力の翼は全て消え、残った翼も破れているし、角は欠け、左腕がなくなって、身体に大きな穴が空いている。

 私は……私はキュニーを守れなかった。

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