第29話 黒の
「ルミ……彼らとはあんまり会いたくないよね?」
「うん……」
キュニーが気にしているのは多分、彼らがどう動くか。それがわからないと、邪魔してしまうかもしれない。それに目的が違うかもしれない。だから確かめるために、少しでも会わないと……
けれど組織の人に会いたくない。怖い。また傷つけられるのが、傷つくのが怖い。私を責めるあの言葉、目、怒り……それらから逃げ出したあの日から、考えるだけで身体震える。寒くなる。
「……けど、キュニーがいてくれるなら」
会えるかもしれない。怖いし傷つくかもしれない。けれどキュニーがいたら大丈夫。根拠もなくそんなことを少し思う。……思えるようになってる。
「ありがとう。……姿は隠しておくよ」
「……うん。わかった」
姿を見えないようにしてくれるのは嬉しい。キュニーがいたら大丈夫かもしれないけれど、怖いものは怖い。
……傷つくのがこんなに怖い。傷つけるのも怖い。そんなことばかりで死んでしまいたくなりそう。
けれど、こんな私でもいいってキュニーが言ってくれたから私はまだ、生きていたいって思てる。
上空から急降下し、組織の人が戦ってる場所まで向かう。近づくほどデミニウムの大きさを実感する。黒い球の周りには、遠目では目立たなかった小さな黒い球が沢山あって、近づくのも難しい。
けれどキュニーは黒い球も片っ端から消しながら進んでいく。黒い球はさっきまで戦ってたデミニウムに比べれば弱いのか、あまり大規模な魔法は使わずとも倒せるみたい。それともキュニーが強くなっているのかな。
そしてDの、組織の人が肉眼でもはっきり見えるぐらいまできた。身体が震えてる。寒くなってきた。
「大丈夫?」
「……う、うん」
私の姿は見えてないし、キュニーもそばにいる。大丈夫。
「……竜さん、こんにちは」
沈黙から最初に口を開いたのはユリだった。なんだかユリは1番この場に相応しくない人に見える。けれど、ユリがいなくてはいけない。そんな感じがある。
「こんにちは。デミニウムを倒せる?」
キュニーが話している。組織の人の声が聞こえる。周りのデミニウムを迎撃する音にかき消されて詳しくは聞こえないけれど。……アルナの声も、ミリニムアの声もする。身体が震える。前が見えない。視界が揺れる。
……大丈夫。キュニーがいる。キュニーだけを見ていればいい。
「空間魔法で押しつぶそうと思ってます。けれど少し大きすぎて……」
「なるほど……じゃあなんとかするよ」
「ちょっと、まっ」
キュニーが再び空に浮かぶ。アルナの声が聞こえたような気がしたけれど、どんどんユリ達から離れていく。……まだ動悸が止まらない。呼吸がうまくできていない気がする。
「ルミ、大丈夫?」
「……大丈夫」
大丈夫。……大丈夫。落ち着いてきた。もうユリ達は見えなくなってる。……なんで会うだけでこんなに苦しいのだろう。どうして会うだけでこんなふうになってしまうのだろう。
「……ごめん。私のわがままで」
早々と会話を切ったのも私のためかもしれない。でも実際あんまり近くにいたくなかった。恐怖が酷くて、キュニーにしがみ付いていた。目は開けられなかったし、身体は寒さで震えていた。もしもキュニーがいなければどうなっていたかな。
「いいの。いいんだよ」
「……ありがとう」
キュニーがそう言ってくれると心が落ち着く。暖かくなる。ほっとする。安心する。
「さて。これを小さく……どうしようかな」
キュニーがデミニウムに向かう。デミニウムはあまりこちらには気にかけてないのか、あまり強い攻撃は飛んでこない。それでも私の目には見えないけれど、キュニーが魔法を放つだけで対応できるぐらいの強さでしかないみたい。
「さっき使ったのは、もう使えないの……?」
「使えるけれど、少し魔力量が不安でね。もしあれでうまくいかなければ……」
……終わりってこと。それは怖い。もしそれでキュニーが死んでしまったら、私はまだ生きていられるのかな。生きていてもいいって思えるのかな。
「けれど、ゆっくりしていたら、それこそ大変だしね……もう一翼ぐらいなら……」
「そ、そんなこと……ううん。大丈夫なんだよね?」
「……うん」
不安がないといえば嘘になる。けれど信じていたい。信じたい。
キュニーが傷つくのは怖いし、いなくなって欲しくない。でも私にできることもない。……多分邪魔してる。私なんかがついてきて、キュニーに負担をかけていると思う。けれどキュニーと一緒にいないと、また暗くなってしまいそう。
「思ったより、時間ないかも……」
「キュニー……」
「けど、大丈夫」
翼からの魔力の流れが止まる。いや、多分流れが感じれないだけ。キュニーが魔力制御をやり始めると、私なんかでは魔力の流れを感じれない。
けれどデミニウムはそれは感知してか、黒がたくさん飛来する。私にはいきなり現れたとかと思えば、そこが白い光に包まれる。キュニーの攻撃かな。……大丈夫かもしれない。いや、大丈夫。大丈夫。
デミニウムは多分1番の中核があの巨大な黒い球なんだと思う。その周りからは、デミニウムが集まり、触手のようなものを作って、Dの人たちがいた場所を攻撃しているように見える。……早くてよくわからないけれど。
そして私達……キュニーの方には人ぐらいの小さな黒い球……弾丸みたいなものを飛ばしてくる。デミニウムが飛べるとは思ってなかったけれど、さっき倒したデミニウムも槍のような形で飛んでいた。けどそれらがキュニーに当たることはない。途中で光に変わる。
少し……安心する。なんだか、なんとかなるんじゃないかって。5大魔物だったっけ……もっと絶望的かと思ってた。たしかにキュニーの片翼はなくなってしまったけれど……私は死んじゃうんじゃないかって思ってた。
だからついてきたと言ってもいいかもしれない。キュニーがいなくなったら、また苦しくなってしまう気がして。それが怖くて、ついてきた。……いや、連れてきてもらったといった方がいいのかな。
けれど……もうデミニウムの群体を2つも倒してる。組織の人もいるし、なんとかなる……大丈夫……そんな気がしてきた。
紫色の光が視界を走る。キュニーが放った魔法。それはデミニウムに当たると、デミニウムに飲み込まれてしまう。
「え……」
「大丈夫。ルミ、見てて」
デミニウムはの内部で紫色が見える。その光は次第に強くなっていく。そして、白紫の光が現れる。
轟音と衝撃波が広がる。デミニウムの黒い球は半分弱ぐらいがその光に飲まれている。
「すごい……」
さっきのデミニウムを倒した時より遥かに大きな光。……それでも今回のデミニウムは全部倒せてないけれど、ユリの話なら小さくするだけでなんとかしてくれるはず。
「倒したデミニウムを利用して魔力に変える魔法だよ。けど……少し疲れた……」
「大丈夫?」
「……うん。あの人達がなんとかできるのか見とかないと。もしできないなら……」
キュニーが残った翼を見る。……多分翼を魔力に変えようって思っているのだと思う。
……私はそんなことして欲しくない。治るかもしれないけれど、今も魔力の翼からは魔力が流れ出ていってる。
けれど私が、何もできない私が止めれることじゃない。……キュニーも私と一緒にいたいから、デミニウムを倒そうとしてくれてるのなら、私は止めれない。止めたくない。私もキュニーと居たい。……どうして私は。
「キュニー……私何もできなくて……」
「いいんだよ。ルミはいてくれるだけでいいの。それだけ私の力になってるからね」
そう言ってくれるだけで、嬉しくなる。安心する。暖かい。
だから何度も確認してしまう。
「……そう……かな。それなら……嬉しいけど」
「うん。だから大丈夫」
「あ、ありがとう」
高音が鳴り響く。頭がキーンとしそうな音。
デミニウムの方を見ると、魔法陣がキュニーの攻撃よって小さくなった黒い球を取り囲んでいた。
……あの魔法陣は見たことある気がする。たしか……アルナがよく持っていた魔導機に書いてある魔法陣。
「……時間がかかってるとはいえこの規模で空間を分断するのね。結構すごいことするね」
「……キュニーでも難しい?」
「どうかな。明らかに特化親和型だし……ちょっと難しいかもね」
キュニーでも難しいこと……これをしてるのは多分アルナだろうけれど、やっぱりすごい人なんだ。……多分私なんかが関わっていい人じゃない。組織の人はみんなすごい。私とは違う。
けれど……そんな私でも……
あたりを囲んだ魔法陣は、眩く光り、四角い透明の箱に変わる。デミニウムを閉じ込めている。透明だけれど、空間が歪んでいるのかそこにあるのがわかる。
「……どうかな」
「いけそうだね」
透明な四角い箱は高速回転し、白く光る。次のその光で消えた時、そこにはもうデミニウムの姿はなかった。
「え?あ、あれ?」
「ルミ、あそこだよ。小さくなってる」
キュニーが視界を貸してくれる。そこには小さな透明の箱に、デミニウムがいた。木よりも小さい……というか人ぐらいの大きさしかない。
なんだか今までの迫力はない。小さくなるとなんだか……すごい弱そうに見える。
「これで終わり……?」
「うん。なんとかなってよかったよ。まだルミと一緒にいれる」
「……うん。私も嬉しい」
終わった。まだキュニーと一緒にいてもいい。まだ生きていてもいい。嬉しい。
「……ルミ。やっぱりまだだった」
「え?」
その時黒い魔力が目に見えて現れる。見ると黒い魔力を纏ったデミニウムが箱に押しつぶされないように対抗している。
「なんで……!?」
「……空間が狭くなって増えてないから、全部魔力に変えたんだ。もうデミニウムに増える気はないみたいだけれど……」
魔力が可視化されるほど高密度になっている。……魔力断層みたいに。それをデミニウムが持っている。
……まだ終わってなかった。デミニウムとの最後の戦いが始まる。
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