第28話 隣に

 最初からキュニーが音をかき消す。光。辺りが見えない。さっきはこれで終わった。さっきはなぜ最初から使わなかったのかな。回数制限とか?

 しかし、これで終わると思っていた私の思考は光が晴れた時に打ち砕かれる。そこには黒い光景が広がっていて、デミニウムの健在を表している。


「どうして……?」

「……増えすぎてるみたい。魔力を死亡と同時に喰われて、全体に行き届いてない」


 黒が空中に伸びている。攻撃。同時に、空中に撒き散らされることで、空に浮かぶ黒い球が現れる。それから逃れるようにさらに空中へ飛んでいく。


 黒が辺りに浮かんでいる。視界がどんどん黒くなっていく。黒い場所が増えていく。さっき戦った時より、黒い球が多い気がする。デミニウムも飛んでいくる頻度が高い。


 飛んでくるデミニウムは途中で弾け飛び、接触することはないけれどもし一度接触するとどうなるかなんて考えたくもない。


「あれ……!」

「竜を真似てる……」


 黒ばかりの視界の先、山の中腹から頂上にかけて、巨大な黒い竜がいる。……多分本当の竜じゃない。デミニウムが集合してできたものだろう。

 黒い竜がから何がか放たれる。それをキュニーの魔力障壁が受け止める。衝撃で障壁が可視化されて見える。赤と紫の入り混じった光が視界を埋める。


「デミニウムって魔法……」

「魔力との親和性は形に宿る……あれは細部は大きく違うけれど、それでも竜の形を模してる。魔力さえあればこれぐらいならできるってことかな」


 黒い竜からの攻撃を魔力障壁で受けながら、デミニウムを吹き飛ばし、黒い球を回避していく。


「……魔力は自らの肉体を魔力に変換しているみたい……ほぼ無限に増えてるデミニウムならではだね」

「大丈夫……?」


 怖い。キュニー……不安になる。けれど……私にできることはない。信じてここにいることだけ。……どうして私にはキュニーを守れる力がないのだろう……もしその力が有れば守れたかな。守れる勇気が出せるのかな。


「大丈夫。分体状態より接続状態の方が気が楽だしね」


 さらに周りの黒い球が偏見し、細長くなる。黒い魔力が流れ始める。飛行魔法みたいな流れがする。


「槍……?」


 見失う。黒い細長い槍のような形状をとったデミニウムは私なんかでは目にも捉えられない。黒い軌跡……ついていけなかったデミニウムの残骸だけが見える。


「わぁっ!」


 衝撃が起こる。揺れが私を包む。頭が、身体が揺れる。


 目を開けるとそこには、黒い竜が目の前にいた。半透明のような虹色のような障壁が接近を阻んでくれている。


 きりぃって音が周りからする。そこには黒い槍が障壁に刺さって食い破ろうとしていた。デミニウムが食らいながら突破しようとしても、障壁はなぜかデミニウムを寄せ付けない。それでも、デミニウムは自身を消費しながら障壁を削っていく。


「ごめん。大丈夫?」

「う、うん。私のことより、キュニー……」

「大丈夫。……大丈夫」


 黒い竜の周りで白い光の爆発が起きる。しかし黒い竜はびくともしない。いや、一部は消えているのだけれど、すぐに再生したかのように黒で埋め尽くされる。


 怖い。黒い竜は、やっぱり竜じゃなくて恐ろしい。意思を感じれない。いや、意志が多すぎるのかな。


「仕方ない……よね」

「キュニー?……何するの?」

「少し危ないけど、これしかなさそうだから……けど大丈夫」


 そういう言い終わると同時に、四翼の一つが消える。魔力が溢れ出す。それは明らかに大怪我だった。

 落ちる。落ちていく。


「キュニー……!」

「大丈夫……魔力変換しただけだから……あとは飛べれば……」

「けど翼……!」

「あんなのは飾りだよ。重要なのは翼にある魔力の形……飛べる。大丈夫……!」


 加速度がすごい。キュニーが守ってくれてるからか、背中から落ちることも風も感じることもないけれど、地面が近づいてくる。後ろには黒い竜が追ってきている。

 キュニー……大丈夫。キュニーがいるから大丈夫。そう信じてる。怖い……けど、信じてる。


 衝突直前で、加速する。上空へ。飛んでる。なくなった翼の場所には魔力が流れている。魔力が肉眼でも見えるぐらい強い。それが翼の形作って片翼を成している。


「大丈夫なの……?」

「うん。翼ひとつを失ったぐらいじゃね。まだ3つある……飛ぶのは少し手間取ったけど……じゃあ」


 音が消える。紫の光の線が現れ、デミニウムに当たる。それは分裂し、曲がり、デミニウムを正確に狙っていく。黒い魔力が別の魔力に置き換わっていく。


「ダメ押し」


 魔力の流れが一瞬光る。瞬間、赤い光が全てを染め上げる。


「すごい……」

「うん……ここもこれで大丈夫」


 デミニウムはもういない。赤い光が全てを消し去った。地面を見れば、山はデミニウムの影響か上半分が消えている。

 それに。


「キュニー!大丈夫?傷が……!」


 すでに魔力の翼は消え、傷があらわになっている。私でもわかるぐらい魔力が溢れ出ている。竜にとって魔力は命。最悪の想像が頭を駆け巡る。


「……大丈夫。時期に治るよ。それに今は他のデミニウム……あと一体になってる」

「で、でも魔力が……キュニー……」

「大丈夫。さっき魔力のたくさん手に入ったし、それに私の魔力量は結構多いんだよ?」


 そうかもしれない。けれど……怖い。キュニーがいなくなったらと思うと怖い。


「ずっと……一緒にいてくれるんだよね?」

「うん。一緒にいるよ」


 一緒にいて欲しい。キュニーが一緒にいないと寂しくて、朝も昼も夜も恐ろしい。想像するだけで孤独感に包まれそうになる。


「ずっと……隣にいてくれるんだよね?隣にいていいんだよね?」

「うん。隣にいるよ」


 隣にいて欲しい。私に生きていてもいいって言って欲しい。私なんかが何かをしてもいいって、生きていてもいいって思っていたいから。


「私も隣にいたい。ずっと一緒にいたいよ。だから……最後のデミニウムを倒さないと」

「うん……わかった」


 まだ怖い。不安はある。けれど……キュニーを信じたい。大丈夫……そう信じてる。大丈夫。


 魔力の翼が広がり、空に飛び立つ。赤や青の翼で傷が塞がる。……けれど多分、この翼も傷みたいなものなんだと思う。魔力が流れているのを感じる。キュニーの命が流れているのを感じる。


「デミニウムはあと一体……って」

「多分さっきも倒してくれてた何かじゃないかな。……けれど最後のデミニウムは、周りの4つとは違う。中心にいるだけあるね」

「うん。私もわかるぐらい」


 私にもわかるぐらい黒い魔力が立ち上っている。空気が魔力で淀んでいるようで、気持ち悪い。


「……あれかな?」

「あれ……?あんなの……」


 それは黒い球体に見える。けれど大きすぎる。キュニーはかなり高い場所を飛行にしているのに、それよりも高いところまであるように見える。

 その球から黒い触手のようなものが出て、地面を殴っている。何かを攻撃してるのかな……


「……多分他のデミニウムを倒してくれた人だね。何人かの人間みたいだね」


 人でもデミニウムは倒せるものなのかな。そんな様子は全然想像できない。てっきり他の竜とかかと思ってたけれど……


「……どんな人?」

「見せようか?」

「……うん」


 それは興味本位だった。デミニウムみたいな人外の魔物を倒せる誰かがどんな人か知りたい。……私とは何が違うのだろう。キュニーのお荷物でしかない私とは何が違うのだろう。

 そんな気持ちで見たそこには。


 そこには……アルナがいた。ゾイがいた。ユリがいた。ボスがいた。ミリニムアがいた。オリピノがいた。知らない人もいる。


「うぅぇ」

「大丈夫!?」


 吐き気がすごくなる。あれはDの、組織の人達だった。もう会うことも関わることもないと思っていた。けれど……なんでこんなところで。身体が震える。寒い。脳が縮む。

 けど……もう。


「……うん。大丈夫。キュニーがいてくれるんでしょ?」

「うん……彼らとルミの間に何があっても、私はルミの味方でいるよ。隣で一緒にいる」

「……ありがとう」


 その言葉が私の暗い気持ちを抑えてくれる。暖かい。面と向かって会えるかはわからない。けれど多分、キュニーがいてくれたら……大丈夫。そう思える。

 そんなことを考えながら私たちはデミニウムの黒い球体に近づいていく。

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