第25話 隣で

 助けてもらえた。どうせ死んじゃうって思ったのに。キュニーが助けてくれた。杖……?いや起動してない。杖の感情共有ってこと?けれどどうして場所が……いや、どうだっていいか。今は助けてくれたってことだけで。


「ありがとう……」

「大丈夫?」


 痛みが引いていく。治癒魔法を使ってくれたのだろう。顔の熱さも消えていく。顔も怪我したのかな。

 キュニーはなんだか前にいた時と少し姿が変わってる様に感じる。翼の形なのか、尻尾の先なのかどこかが変わっている気がする。


「とりあえず、もう安心だよ。戦闘用機械はもう倒したからね」

「機械……?」


 その割にはなんだか攻撃を当てるのが下手くそだった気がする。戦闘用機械なら一撃で頭でも心臓でも狙えばいいのに。どうして肩だとか足とかを狙ってきたのだろう。


「照準機がこの魔月光でうまく動いてなかったみたいだね。彼らの照準器が魔力を見ている弊害かな」

「魔力を……?」

「そう。魔力型照準器は安価で丈夫だからね。特に戦争後期の継戦能力を重視したタイプの小型兵器にはよく積まれているよ」

「そうなの……」


 正直全くわからなかった。魔力を見るやつは丈夫ってことは伝わったけれど。……私達が魔力の流れをある程度感じれるのと似たような感じなのかな。


「それで、その……」

「ん?」

「どうやって……?」


 どうやって私を助けてくれたのだろう。気にしないようにしても気になってくる。なんだかこういう心に引っかかるものをどんどん出していったほうが良い気がする。そうなれば楽になる気がする。


「私はいつだってルミを見ているからね。助けてと言われたら飛んでいくよ」

「……聞こえたの?」


 近くにキュニーがいたのかな。いたら薄暗いし気づくと思うけれど……それに、声が出てたのかな。何も言えてなかった気がする。


「聞こえなかったけれど、わかったよ。ルミが助けを求めているってことはね。最初は死んじゃうのかと思ったけど」

「え、そこから見てたの?」

「うん。だから言ったでしょ?ずっと見てるって」


 それならなんで助けなかったのかな。……いや違うか。どうして途中で助けてくれる気になったのかな。どういう変化があったのだろう。


「最初は死にたいなら、放っていたほうがいいのかなと思ったんだけれどね。助けてって願ってくれたから」

「え……そんなの」


 なんで放っておいたの?そんなことしたらキュニーが死んでしまうのに。どうして……


「私がいることがルミの人生の邪魔になってるのかと思ってね。もしそれで死ねないなら……それは嫌だなって思ったんだ」

「邪魔だなんてそんなの……」


 思ったことはない。……本当にそうかな。わからない。死にたい時に思ったことがあるかもしれない。キュニーがいなければ死ぬことができたのかもしれないのにって。


「でも死んじゃうんだよ?」

「それでもいいよ。ルミのしたいようにしてくれればいいんだ。私のことなんて気にしないでね」

「……けれど」


 私にしたいことなんてないのに。楽になりたいって思ってるけれど、それがどうすればできるかなんてわからない。


「どうしたいかわからなくたっていいんだよ。どんなルミだっていいんだ」

「……どんな私でも?」


 反復すると心が呻き声を上げている。楽になりたいって思って、少しは晴れた景色を見れば、まだまだ霧がかかってて、何も見えない。ほとんど暗闇の中に霧が見えている。


「どんな私でも良いの?本当に?」

「そうだよ」


 ……わからない。何を言いたいのかわからない。何もかも言いたい気がするけれど、心が詰まってる。思考が止まっている。


「…………どんな私でも?」

「うん。何をしたっていいよ。私はそれを助けたい」

「どうして……」


 思考が堂々巡りしている。ここをさっきも通った気がする。頭が痛い。頭が締め付けられる。


「どうして……どうしてだろうね」

「わからないの……?」


 キュニー自身のことなのに。……私も私のことなんてわからないけれど。でもそれなら、キュニーの意思なのかわからない。杖の効果かもしれない。杖にそんな効果があるのかは知らないけれど、研究所ではいろいろな効果をつけるって言っていた気がする。


「そうだね。わからないけれど、私がそうしたいのは本当だよ。だから、ルミの……そうだね、味方でいたいんだ」

「そんなの……でも……」


 信じれない。信じることができない。何故だか信じれない。疑ってしまう。そんなことしたくないのに。信じたいたいのに。


「……本当に味方でいてくれるの?」

「うん。味方でいるよ」


「……信じれなくてもいいの?」

「うん。それでも隣にいるよ」


「……私のこと」


 声が詰まる。私のことばかりの自分が嫌になりそうになる。けれどそんなこと考えたくない。思考を止めたくて声を振り絞る。


「……き、嫌いにならないでくれるの?

 ずっと隣にいてくれるの?

 何をしても許してくれる?

 疑っても信じてくれる?

 生きていても、誰かを傷つけても、キュニーを傷つけても、許してくれる?」


 声が、心が止まらない。一度溢れ出し始めた疑問の声は、濁流のように口から吐き出ていく。


「どんなに失敗しても優しくしてくれる?

 離れていっても近づいてきてくれる?

 酷いこと考えても、許してくれる?

 なんでも協力してくれる?

 何もしなくても許してくれる?」


 なんだか心と思考が乖離している。何を私は言ってるのかな。声は思考に届くけれど、それを脳が処理することがない。何を言ってるのかわからない。


「悪いことしても隣にいてくれる?

 ずるいことしても酷い性格だなんて思わない?

 嫌なことから助けてくれる?

 痛いことから守ってくれる?」


 なんでこんなことを言ってるのかな。ただ口が勝手に動いている。こんなこと言ったら嫌われていってしまうってわかってるはずなのに。


「それで……私のこと……好きになってくれる?」


 初めてキュニーの方を見る。キュニーの目が綺麗な青色に光っていて、その目はなんだか優しく見えた。


 けれど、答えられるのが怖い。どうしてあんなこと言ってしまったのだろう。あぁだめ。答えないで。もうなかったことにしたい。ごめんなさい。嫌になる。


 ずっとこの沈黙のままになって欲しい。まだ嫌われたって確定してないから。多分答えてくれるまでは一瞬のことなのに、すごい長く感じる。この数秒が無限のように感じる。寒い。


「もちろん」

「え……?」


「私はルミが何をしたって隣にいるよ。どんなことを思っていても、どんなことをしても、好きでいるよ」


 心が震える。暗闇との間に光が入ってくる。私の周りに光が。薄い光が私の周りにいてくれる。ふわふわとした光が。


「好きでいつづけるよ。ルミが望んだことはなんだって助ける。ルミの隣にいつもいるよ。嫌なことからも、苦しいことからも、痛いことからも助けるし守るよ」


 薄灯が私の心を包んでくれる。熱い。あったかい。


「本当に……?」

「うん」

「……ルミの隣にいていいの?生きていていいの?」


 心が詰まる。また冷える。薄灯の中に一つの氷が現れる。氷が周りの暖かさを奪ってしまう。


「ルミはいつだって、どこでだって生きていいんだよ。いいんだ。生きていたって。それが私の隣なら私も嬉しいよ」


 頭が痛い。足が痛い。身体が震える。全身の感覚が弱い。

 ……けれど。けど、心が暖かい。薄灯が包んでくれる。


「……ほんと?ほんとに?……こんなふうに疑ってしまう私でも生きていていいの?クズな私でも生きていていいの?誰かのために何もできない私でも生きていいの?」


「ルミがいるだけ私のためになってるし、クズでも、信じれなくても、ルミは生きていていいんだよ。何かを望んでもいいんだよ。何をしてもいいんだよ」


 前が見えない。キュニーが見えない。ぼやける。声が出ない。音が聞こえない。崩れ落ちる。身体が支えられない。力が入らない。何かが頭を撫でてくれる。キュニーかな。


 あ、私泣いてるのか。そんなことに少し遅れて気づく。また心が暖かさで包まれて涙が止まらない。鼻水が出てくる。身体の震えも止まらない。

 それにまだ本当に生きていていいのかな、なんて気持ちもある。キュニーを疑ってしまう気持ちもある。死んだ方がいいんじゃないのかなって気持ちも。


 けれど、けれど。それと同じくらいキュニーの隣にいてもいい。隣にいたい。生きていてもいい。生きていたい。

 そんなふうに思った。思えてる。それがただ嬉しい。

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