第24話 心は
出ていくことをデドにいうのか悩んでいたけれど、一応言っておくことにした。デドが自分のせいで私が出て行ったなんて思って欲しくないから。
……いや、本当は引き止めて欲しいだけなのかもしれない。ここにいてもいいって思いたいだけなのかもしれない。そんなこと許されるわけがないのに。
「そっか。……今日出ていくのか?」
「……そう」
「じゃあ、そうだな。せめてこれを持っていけ」
デドは別に私を引き留めはしなかった。少し期待してしまっていたのかな。心の温度が少し下がる。けれど、これでいい。この方がいいはずだから。
デドは食料をくれた。あのあんまり美味しくないやつ。だけれどありがたくもらっておく。キュニーがどこにいるかわからないし。
「じゃあ……その、ありがとうな。魔法について知れて嬉しかったよ。これで夢に近づける」
「……私こそ……その、あ、ありがとう」
「おう。じゃあな」
部屋から出る。外に向けて歩いていく。デドは私をどう思っていたのだろう。引き留めなかったってことは、良くは思ってなかったのかな。居て欲しいとは思わなかったのかな。
そんなこと考えて何か起こるわけじゃないのに。キュニーのところに行かなくちゃ。……前まではただの心臓だから大人しくしてようって思っていたのに、少し優しくされただけで、調子に乗って逸れてしまった。
杖を使おうか……キュニーに見つけて欲しかったけれど、そんなわがままでキュニーを危険に晒すわけにも行かない。
キュニーはどっちの方がいいのだろう。私といた方がいいのかな。それともどこか安全なところで私が居続けた方がいいのかな。……本当に外に行った方がいいのかな。
ここまできて悩んでしまう。あと一歩で外まで行けるのに。外に出たほうがいいのかわからない。私がどうしたいのかわからないから、何をすればいいのかわからない。
それに外で出たって何か変わるのかな。たしかにキュニーの契約杖を起動させてしまったのは私で、私が死んでしまうとキュニーも死んでしまうから、私が死ななようにしないといけないのかも知れない。……けれど、それとは関係なしに私は幸せになれないのかな。どうすれば幸せになるのかな。
「そんなの」
いいわけない。私が幸せになっていいわけがない。ウレク達を犠牲にして、たくさんの人を傷つけた私が幸せになっていいわけがない。だから幸せになる方法なんて探しちゃいけない。
けれど……けどさ。幸せになりたいって思ってしまう。この寂しさの埋め方を知りたい。不信感を拭いたい。安心を得ていたい。
デドだって優しかった。私に優しくしてくれた。少し怖い時もあったけれど基本的には優しかった。けれど、怖くなって逃げてしまった。
キュニーだってすごい優しくしてくれた。けれど、もっと何かを求めてしまっている。それが承認なのか優しさなのかはわからないけれど。
アルナ達だって、優しくしてくれた。なんの取り柄もない私を、すごい人だらけの組織に入れてくれた。けれど恩を仇で返してしまった。
「はぁ」
今までだってすごい優しくされてきてる。けれどどうして、一度も優しくされた実感がないのだろう。いや、キュニーだけ、キュニーだけは実感がある。包んでくれた実感がある。でも、キュニーのことを信じれきれない。
「どうしよ」
どっちにしろ何のかしら動かないといけない。この外につながる扉の前にいたら、デドが来るかも知れない。それより前に。とりあえず外に出ようか。それとも引き返そうか。
私は……どうしたいのだろう。私自身はどうしたいのだろう。自分はどこにいるのだろう。好きなものはそれなりにある気がするけれど、それもそこまで好きじゃないのだろう。それを捨てても何も思わずここまで生きてきた。好きな本だってそれなりにあったはずなのに。あの新刊もう出たのかな……もう、読みたいとも思わないけれど。
「うんしょ、っと……」
とりあえず外に出てみる。まだ夜で、星がよく見える。星が明るい。星がまぶしい。けれど……何もない。空に行けば何もないのかな。空にいたい。空にいれば、何も考えずに済むかな。
久しぶりの外は、何もなかった。こんなに何もなかったかな。……ここはもう私が生まれ育った国じゃない。そのことを思い出す。忘れていたわけではないのだけれど。
前に外に逃げた時は、木にもたれて過ごしていたけれど、こっちの外には何もない。あの時はたしか、死にたいって思っていたんだっけ。……あの時はあの時で辛かったけれど目的があるだけ良かったのかもしれない。
今は死ぬこともできない。生きることもしんどい。どうすればいいのだろう。……あの時も本当に死にたかったのかな。どうなんだろう。もう覚えてないや。
私がどうしたいのかわからない。こんな人生、生きていて意味があるのかな。こんな人生、死んだって何か変わるのかな。……私は生きているのかな。
何も生み出さない。夢もない。頑張ることもない。感謝もない。与えられるものは何もない。信じることもできない。
けれど、奪うことだけは意識せずにやってしまう。
歩きだす。無心で空を見て歩きだす。草木が足に当たって痛い。歩きづらい。キュニーの作ってくれた服だけれど歩きづらい。キュニーがたくさん助けてくれてたのかな。
「わっ」
つまづいて転けそうになる。とっさに手をつくけれど、石が当たって血が出てくる。痛い。どくどくと波打って、赤い血が出てくる。ぐろい。傷口が見えそうで気持ち悪い。
……なんだか治癒魔法を使う気も起きない。
傷ついた手を少し動かしてみる。ずきずきとした痛みが手から全身を駆け巡る。痺れる。赤い手になってきた。
もう気にせず手をぶらぶらさせておく。かなり痛い。傷口を洗いたい。病気になったら治癒じゃ治せないし。けれど、どうにもそんな気もおきない。
血が落ちてぽたぽたと音がする。この血が地面に染み込んで川になったりしないかな。赤い、血だらけの川……流石に気持ち悪い。
痛いってことは生きているのかな。今感じている痛みだけが生きているってことなのかな。手が血塗れで気持ち悪い。魔導機も血で濡れてきた。
……もうこのすごい魔導機を作ったかトニムはいない。どうして、すごいカトニムがいなくて私が生きているのだろう。私はあの組織じゃ一番役立たずだったはずなのに。
それに能力だけじゃない。カトニムの方がみんなだって仲が良かった。多くの人から頼りにされていた。なのに、なんで私なんかを庇ってしまったのだろう。……いや、多分そんなことができる優しい人だから、みんなに愛されていたんだろう。
……そういえば、なぜこんなに明るいのだろう。なんで血が赤いってはっきりわかるぐらい明るいのだろう。……もうそんな季節ってことか。
背後の月が青白く光る。久しぶりに見た気がする。これから1週間はずっとこうなる。……どうして月は明るくなっているのかな。魔力が強くなっているのかな。
けれど少しありがたいかも知れない。明るいって言っても薄暗いぐらいだけれど、真っ暗よりはいい。真っ暗ならこんなに歩いて来れなかっただろうし。……本当に良いのかな。何が良いことなんてわからないのに。
……そういえば、最近魔物を見ていない気がする。キュニーが見えないところで倒してくれてたのだろうか。それとも魔物がいないのかな。……それはないか。もしそうなら、デドはどうして怪我をしてしまっていたのって話になるし。
「いてっ」
突然肩に何かが当たった気がした。じんじんする。熱い。肩をみると、そこには穴があった。私の肩に。穴が。何かが貫通した後があった。
「わっ」
何があったのだろう。そんなことを少し考えて、その場から飛び退く。怖い。何が……どこから……
視界の端で赤い光が見えた気がした。
「いっ」
次は足に熱さが起こる。見れば小さく穴が空いていて、動かすと痛い。けれど、動かないと多分死んでしまう。さっき何かが見えた。多分さっきの赤い光が私に穴を開けているんだろう。
「わっ」
転けそうになる。外は色々障害物が多い。それに片足が痛くて動かしづらい。どうしてこんなところを走っているのだろう。
「きゃ、ぐぇ」
転けてしまった。両足が熱い。多分どちらにも穴を開けられてしまった。痛い。なんでこんな目にあってるの。でも生きないと、キュニーが死んでしまう。だから生きないと行けないのに。なのに。
……どうして、もう動きたくないんだろう。けれど生きていたい。わかっていた。
どうせ死にたいって願っていたって、生きたいって思ってしまうことも。けれど生きるための努力なんてしたくないことも。誰かが助けてくれるだろうって思ってることも。
そして誰にも助けられずに、キュニーを殺してしまうんだって。死んでしまうんだって。わかってる。
けれど、わかっているはずなのに、どうして何もできないのだろう。何かしないと死んでしまうのに。キュニーを殺してしまうのに。何もしたくないのだろう。
どうしてだろう。どうして。どうして?何が理由で?何を思って?何を望んで?何を願って?
私は。いったい何が起きて欲しいの?何があればいいの?何を求めているの?
「あ」
多分、楽になりたい。苦しいことは嫌だから楽でいたい。死にたいなんて考えたくない。自分がクズだなんて考えたくない。誰かを恨みたくない。私を嫌いたくない。未来に希望を持っていたい。
楽になりたい。怪我なんてしたくない。痛みなんて得たくない。しんどいことなんてしたくない。頑張りたくない。許されたい。
だから多分今は、今の望みは多分。
助けて欲しい。それだけなのかな。助けてって、言ってるのかな。助けて、助けて。私をこの恐怖と痛みから助け出して。
「わかったよ」
どこからか声が聞こえる。音が消える。けれど音がする。この感覚は2度目だろうか。
「キュニー……」
「少しぶり。ルミ」
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