第22話 思停
無言のまま、魔導二輪車は進んでいく。空中に浮いているようで音はほとんどしない。オーパーツなのかな?
しかしどうしよう。今更降りれないけれど、キュニーのところに早く戻らなきゃ。私の命はキュニーの命でもあるのだから。……けれど、なんだか疲れた。
壁の近くで魔導二輪車を止め、何かを操作すると魔導二輪車は折りたたまれ、手で持ち運べるサイズになる。
「こっちだ」
そう言われて、とりあえずついていく。何かを考えるのが大変で、指示に従っていれば楽だから。
男が手をかざし、壁の一部が開く。指紋認証というやつかな。その先は、通路を経て部屋になっていた。様々なものが置かれている。けれど、知っているものは少ない。違う国だから当たり前かもしれない。
「で、なんであんなところに?」
なんで……そう言われても言葉に詰まる。私はなんであんなところにいたのだろう。キュニーについてきたから?キュニーを起こしたから?私が壁から出たから?私が生まれてきたから?
どれも正解のような気がする。けれどどれも不正解な気がする。なんと答えればいいかわからない。それに何かを答えるのも怖い。ここにいるのも怖い。
「まあいいがな。しかし、命は大切にしろよ?あんな危険なところに、身一つでいるなんて正気じゃないぜ」
「命……命ね」
「なんだ?自殺しに行ったのか?それなら不運だったな俺に見つかっちまって」
……そういうわけではないのだけれど。死にたいのか、それとも生きていたいのか。いつのまにかそんなことすら分からなくなっている。
「とりあえず今日は家に帰れよ」
「家……ない……」
「は?結構きれいな身なりしてんじゃねぇか。帰る場所ぐらいあるんじゃねぇのか?」
帰る場所……キュニーのところが帰る場所なのだろうか?あそこに帰るのは杖の保有者であって私じゃない気がする。それでも帰っても良いのか分からない。帰るために動くのもしんどい。
「……わかったよ。ここにいていい。だが、何かに勝手に触れたらすぐ匂い出すからな!」
「……」
そういうと奥の部屋に歩いて行ってしまう。ここにいて良いってのはこの部屋にということなのかな。優しい人なのだろう。私が敵か味方かすらわかってないはずなのに。
それに、もし本当に私が外であの戦いに巻き込まれていたとしても、助ける義理なんてなかったはずなのに。どうして、危険を冒してまで人を助けることができるのだろう。
「そういや名前言ってなかったな。俺はデド。そっちは?」
「…………ルミ」
偽名をいうか悩んだ。なんだか自分の名前を言いたくなかった。けれど、そう咄嗟には出てこない。
「ルミ。今日はとりあえずここで寝ろ。俺はこっちで寝るから」
命令が嫌いなのに、少し楽に感じる。何をすればいいのかわかってるような気になれる。いつからだろうか。誰かの指示に従うなんて嫌だったはずなのに、いつのまにかずっと指示を待っている。
そういえばお礼を言ってない。……もう行ってしまった。追いかける?いや……いいか。私が助けて欲しいと頼んだわけじゃない。それにあのままの方が良かった。……どうして、善意を否定しようとしているのだろう。
「ここでね……」
寝ろと言われた場所は少し古くなったソファだった。それにさっき落としたのだろうか、下には元々ソファの上に置いてあっただろう物がたくさんある。
見たことないものばかりで気になるけれど、触ってはいけないと言われたし、触らないでおく。……いや別に盗んだらいいんじゃないかな?
「ふふ」
なんてね。盗みなんて、そんなことしたらいけない。できない。意図して悪いことをすれば、私が悪くなってしまうから。自己正当化が好きな私ができるわけがない。この後に及んで、私が悪くないって思わずにはいられない。そんなわけはないのに。
明日からどうしよう。まず今日を無事に過ぎれるだろうか。私なんかに価値があるとは思えないけれど、一応一つの屋根の下に男女が一組ってことになる。襲われたら多分勝てないだろうし、まずいかもしれない。それに寝てる間に殺されるかも。売られるかも。
怖くなってきた。けれどどうしようもない。……杖を使うのもありかもしれないけれど。杖なんて使いたくない。キュニーに頼っていいのか分からない。いや、多分ただ心配して欲しい。だから、自分から助けを呼びたくない。
そんな自分勝手なことで、命を危険に晒してるのかもしれない。私の命なんて無くなってしまえばいいけれど、キュニーの命でもあるこの命を。どうして私なんかがキュニーと繋がってしまったのだろう。
「おい。起きろって」
少しずつ脳が覚醒する。思考がまとまらない。キュニー……
「わっ」
目を開けると目の前に、デドの顔があった。思わず声が漏れる。もう少しで、魔導機を起動するところだった。……そういえば手の指にはめられた魔導機はまだ全部ある。デドは自分が危ないとは思わなかったのだろうか。
「出かけるから、一緒にこい。外で待ってるからよ。早くこい」
眠気で重たい身体を起こす。身体が軋む音がする。
出かけるってどこにいくのだろう。なぜ私も行かなくてはいけないのかな。いや、私が一緒に行かないと危ないのか。何か盗むかもしれないし、まだ監視下に置いておきたいということだろう。
「きたか」
デドが出た方向に行くと、デドが大きな袋を持って待っていた。何が入ってるのだろう。
デドはどんどん進んでいく。ただついていく。何も話すことはない。ただ帰りたい。帰る場所なんてないのに。キュニーのところが帰るところなのかな。帰るところが何かわからない。
ただ優しくしてくれる場所が欲しいだけじゃないのかな。キュニーなら優しくしてくれるだろうか。けれど杖があるから優しくしてくれているだけって気持ちが治らない。優しさを信じれない。
デドは何人かに会って、その時々に持っている袋から何かの部品のようなものを取り出して売っていた。私はそれを少し離れたところから、ぼぉっと見ている。
女連れかよ、とからかわれたりして、仲が良さそうに見える。いいな。私も仲が良い人が欲しかった。別に人じゃなくてもいいけれど。
……いや、多分別に仲良くしようとしてくれたことはたくさんあるのだろう。私がそれを信じれなかっただけで。私がクズだっただけで。
「ルミ。帰る家がないって言ってたな」
「……そうだね」
キュニーのところを帰るところに換算しなければそうなる。キュニーは私のことをどう思っているのだろうか。私を私として見てくれているだろうか。杖の契約者と見ているのだろうか。
「それなら、俺のところにいてもいいぞ。ちょうど部品を直す人が欲しかったんだ」
「私……そんなこと」
「教えてやる。それで金にしてくれ」
「どうして……」
どうしてそんなことしてくれるのだろう。私が部品を直すなんてことできないのはわかっているだろうに。教えるなんて非効率だろうし。
どうして居場所がない私を助けようとしてくれるのだろう。
「……いまにも死にそうなやつ放り出すのは、流石に目覚めが悪いからな」
「……」
そんな理由?そんな理由で人を助けるなんて。なんて優しいのだろう。その優しさをどうして私なんかが受けているのだろう。もっと受けるべき人はたくさんいるだろうに。
それに死ぬかなんて分からない。なんとか生きるかもしれない。私は本当は死ぬのが怖いのだろうし、杖を使うと思うし。
「じゃあ帰ったら早速教えてやる。しっかり覚えろよ」
「……わかった」
私はただそれに頷いた。別に自分でしたいことなんてなかったから、命令に従うことにした。自分で考えるのが難しいから。これからの迷惑も、これから起きる問題も、これから起こす問題も、何も考えたくない。
考えると寂しさがこみ上げてくるから。キュニーに会いたい。けれど、会いたくない。私を見ているか分からないキュニーに会いたくない。確かめるのが怖い。私を見て欲しい。……そうなれば、嫌われるってわかってるはずなのに。
どうすればいいか分からない。どうしたいか分からない。
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