第21話 壁に

「……なんだろう」


 それは遠目でも良く見えた。それぐらい大きいものがそこにはあった。魔導機を大きくしてたくさん繋げたような見た目をしていて、周りには小さな何かがたくさん浮いている。


「あれは自律型の戦闘兵器なんじゃないかな。まだ動いてるってことは誰かいるのかもしれないよ」

「え、ちょっと……その……怖い」

「そっか。じゃあ避けて行こう」


 私のわがままで少し迂回して歩いていく。結局私がキュニーの行動を制限してしまっている。そんなことしないって思ってたはずなのに。自分で決めたことも守れない。


「……戦闘兵器ってことは、昔はああいうのと戦ってたの?」

「そうだよ。あれは基地っぽいから見たことはないけれど、あれぐらいの大きさの戦闘艦隊とかとね」

「かんたい?」

「空に浮いて、たくさん魔導砲とかを撃ってきたり、多くのものを運んだりする船が、いっぱい集まったやつだよ」


 なにそれ、怖い。見た感じ、数百メートルはあるけれど……あれが浮かんで、攻めてくるって……


「あ、ルミ。人がたくさんいる。集団生活してそうだよ」

「え……ほんとに外にも人がいるんだ……」


 外には魔物だらけで生きていけるわけがないというのが、私たちの国でも定説だった。外から来た人なんていなくて、ただの噂にすぎないのだろうって。


「外かは少し疑問だけれどね」

「どういうこと?」

「見てみる?」

「……うん」


 視界が遠くまで飛んでいくのを感じる。私に魔法をかけたのだろう。視力増強か、キュニーの視覚とリンクしているのか。


「壁……?」

「そうみたいだね。ルミの国と同じような感じっぽいね」


 たしかにこれは外とは言えないかもしれない。……もしかこれから、あの国に行けば、私は完全に外から来た人になるのか。昔来たらしい人も、もしかしたら私と似たような感じだったのかも。


「どうしよう」

「私はなんでもいいよ。ルミはどうしたい?」

「……どうしたい…………わからない」

「じゃあ、休憩にしようか」


 キュニーが座り込む。私のせいで。私が決めれないから。なぜ自分がどうしたいのかすらわからないのだろう。


 人に会いたいか?いや会いたくない。また失敗して悪影響を及ぼすから会いたくない。……そんな人のための理由じゃない。私の心が傷ついてしまうから会いたくない。私自身が悪いのに、それに気づかない私は傷ついてしまうから。


 けれど……寂しい。キュニーだけじゃ満足できないの?せっかく優しくしてくれているのに、まだそんなことを思っているの?


「私はルミがどんな選択をしたっていいから」

「……うん」


 多分それは真実なのだろう。これから私が、この星の外側に行こうといったって、キュニーは否定しないだろう。それがキュニーの優しさからくるものなのか、それとも杖があるからなのか、それともその両方か。


 けれど、私には目的も目標も何もない。したいことがない。なぜ目標のない人生を、過ごしているのだろう。なぜ、やりたいことがないのだろう。


 ……優しくされることが目標?安らかな気持ちになることが目標?それを達成してるから、いいのかな……いやでも、キュニーの迷惑になってるんじゃないだろうか。でも、杖がある限り離れられないし……


「ルミ。見つかっちゃったみたい」

「え……」


 キュニーの向いている方を見る。そこにはさっきの大きな兵器の周りに飛んでいた何かがこちらに飛んでくる様子があった。近づくにつれ、全体像が見えてくる。

 それは人ぐらいの大きさの魔導機だった。プロペラに大きな魔弾を発射しそうな砲を持っている。それが三機飛んできていた。


「自律型の偵察機だよ。大丈夫。あれぐらい敵じゃないよ」


 キュニーが身体を持ち上げる。電撃が空中に出現する。電撃は、瞬時に魔導機に刺さり、その一つを破壊し、小さめの爆発が起きる。次は隣の魔導機が凍り始め、倒れる。それと同時に、もう一機は溶けて無くなっていた。


「けれどもしかしたら、本元に情報取られたかもね」

「まずいの?」

「うーん……もう指揮系統は崩壊してそうだし、大丈夫そうだけど……一応破壊してくるよ」


 そういうと地面に座ったままの私を置いて、翼を広げ飛び立つ。兵器にある程度近づくと、相手の兵器も動きだし、無数の小型兵器が中から出てくる。さらに沢山の砲身が現れる。

 様々な光の砲撃がキュニーを狙う。それを受け止め、もしくは回避していく。


「———ァ———」


 音がする。その音はすごく小さく感じたけれど、どこにいても聞き取れるようだった。それにキュニーが放った音だということも理解できた。不思議な音で、心地よくなる音だった。

 その音が流れると、周りの小型兵器は全て停止し地面に落ちていく。パラパラと雨のように。


 しかし大型兵器は止まらない。相変わらず無数の魔導砲がキュニーを狙う。キュニーも大きな氷で攻撃するが、防御系の魔法のようなものに防がれる。機械が自動的に魔導機を作動させているのかな。


 大丈夫なのかな。不安になってきた。キュニーは今まで、大体の勝負をすぐに決めてきた。けれどこの戦いは決め手にかけるのか、なかなか決まらない。


 ……もしキュニーが負けてしまったらどうしよう。キュニーが死んでしまったらどうしよう。優しさが消えてしまったらどうしよう。……私はキュニーが死んでしまうことを心配してるのだろうか。それとも優しくしてくれる人がいなくなることが怖いのだろうか。どちらかわからない自分がいやになる。


 そんなことを考えている間にもキュニーは攻撃を放ち続ける。砲撃を回避しながら。やはり決め手がないのかな……?するといきなりキュニーの動きが止まる。すぐに巨大な光線が飛んできて当たってしまう。そう思った。けれど何も放たれない。


 よく見れば大型兵器の砲身はその全が破壊されていた。キュニーが放ち続けていたのはこのためなのか。砲身はそこから放たれる砲撃に比べれば遥かに小さく、砲撃中は攻撃が当たらないからすごく難しそうに見える。


「—————」


 次に聞こえた音は、音とは言えない音だった。何も聞こえないのに、音が流れているということだけが理解できる音。全ての音をかき消す音が辺りに流れている。

 突如、眩く光る発光体が、大型兵器の上に現れる。それは大型兵器の少し上までくると、いっそう赤く光り、全てを飲み込む。


 目が痛い。目が開けれない。痛い目を擦りながら、目を開ける。するとそこは焦土になっていた。かろうじてあった草木はなくなり、川は干上がっていた。かなり遠くにいた私でさえ、薄らと熱気を感じる。

 そして、兵器はそこに元から何もなかったかのように、消えていた。クレーターだけが残っている。キュニーだけが悠々と空に浮かんでいる。


 今の攻撃もキュニーが起こしたということだろう。とてつもない力。なぜそんな力を持っているのに私なんかに優しいのだろう。やっぱり杖だろうか……


「あんた大丈夫か!?」


 そんなことをぼんやりと考えていると後ろから声が聞こえた。後ろを見れば、そこには男が立っていた。思わず立ち上がり、後ろに下がる。

 声のような声も出ない。恐怖がこみ上げてくる。人と対面するのが怖い。逃げたい。

 けれど、男は私の手を掴む。逃げれない。キュニーはまだ、戻ってきた小型兵器を潰しているところだった。


「ほら、乗れ!」

「わ、私は……ちが」

「いいから!」


 男の人は強引に後部座席に私を引っ張り、私を乗せたまま魔導二輪車を走らせる。魔導二輪車は瞬時に速度が上がり、降りることができなくなる。降りることはできるかもだけれど、すごく痛そう。


 ……どうしよう。どうしよう。どうしたらいい?……杖を使う……?けれど……杖はあんまり使いたくない。キュニーを杖で縛ってるって自覚したくないから。杖なんてなくたって、助けに来て欲しい。なんて身勝手なのだろう。そんなことあるわけがないのに。話さなくちゃ伝わらないってわかってるはずなのに。


 そんなことを考えている間に、キュニーはみえなくなってしまう。そして代わりに壁が近づいてくる。

 壁。あの時逃げ出した壁が近づいてくる。吐きそう。いやだ。今からでも飛び降りようか。……怖い。これからどうなってしまうのだろう。恐ろしい。

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