第19話 欲知

「なにこれ……」

「私の時代にはなかったけれど……これは多分、魔力が暴発してるね」


 私達はあたり一面雪の場所を離れ、東の方にきていた。そこには、まるで線を引いたかのように、地面がなくなって、代わりに魔力の層ができていた。

 魔力感知能力の低い私でもはっきりとわかる。ここの魔力はすごく濃い。密度が高くて入ったら恐らく死んでしまう。


「ここは私達の戦いで主戦場だったんだよね。その結果なのかな」

「こんなことが起こるの……?」

「それぐらい大きな戦いだったよ。もう30年は戦っていたかな。この魔力断層もその成れの果てなのかな」


 魔力断層。たしか大規模な魔力が、両方向から大きな圧力を加えられることで起きる現象だった気がする。それが終わりが見えないぐらい大きく起きるなんて、その時代の兵器は強力だったのかな。


「……何で戦ってたの?」

「私にもよくわからないよ。魔法文明の思想の違いが原因とは聞いたことあるけれど。……それでも戦ってたんだよね」


 キュニーの目が遠くを見る。その目には、何というか虚無感が広がっているように見えた。


「本当にあの戦いは終わったのかな。今の時代にはそんな記録ないんだよね?」

「……うん。魔物溢れる世の中で、少しづつ人が集まって今の国ができたって言われてる」


 最初は小さな集団で壁も小さかったらしい。それが時代を重ねるごとに、壁を作るオーパーツも解析と改良が進められて今の大きさになっている。

 そのおかげで中だけで自給自足できるようになって、危険な外に出る機会が減ったのだとか。


「相討ちにでもなったのかな。向こう側に行ってみようか」

「え、あれを超えるの?」


 魔力断層は眩く虹色に光っている。明らかに危険に見えるけれど。多分わたしが近づけば、魔力に当てられて死んでしまう。


「大丈夫。わたしがいるからね」

「……ほ、ほんとに?」

「うん」


 そういうと、私を背中に乗せてどんどん進む。すごく不安だし怖い……なんで私はキュニーを疑っているのかな。大丈夫と言ってるのだから大丈夫だって信じたい。どうして杖があるから守ってくれるなんて考えになってしまうのかな。


「ほら。大丈夫だったでしょ?」

「う、うん」


 身構えていた割には、すんなりと越えてしまった。魔力の防壁のようなものが私たちを守っててくれた。キュニーの魔法だろう。一体どれぐらい魔法を使えるのかな。私が想像もできないような魔法がたくさんあるのかな。


「……あんまり変わらないね」

「こっちも似たような感じなのかな。昔の光景も見たかったけれど、昔のままだったらたくさん攻撃されてるだろうから、どっちがいいのかわからないね」


 魔力断層からどんどん離れていく。最初は草木がそれなりにあって、森が所々にあるような、私たちのいた場所と似たような感じかと思ったけれど、結構違うように見える。なんというか、あまり森がないのか、川も小さいような気がする。


「魔力が少ないのかな」

「そうみたいだね。やっぱりもう都市とかは残ってないのかな」


 キュニーが辺りを見渡す。それにしても、なんというか寂しい場所に見える。動物も心なしか少ない。魔物もいないようだけれど……


「人はいそう?」

「ここら辺にはいないみたいだね。もう少し行ってみてもいいかな?」

「うん。キュニーの好きなところに行ってよ」


 私はただの足枷なんだし。それに目標もない。ただキュニーの隣で極力邪魔にならないようにしていたい。多分ただいるだけで邪魔になっているのだろうけれど。

 食事だって作ってもらってる。服だって、身体って洗ってもらってる。それにたくさん助けてもらってる。すごい邪魔なんじゃないかなと思う。


「今日はこのあたりにしようか」


 日が暮れ始めたので、足を止める。これも私のせいだろう。多分キュニーなら魔力感知やら、視覚強化で夜でも活動できるだろうけれど、私のために止まってくれている。

 人でいるからだろうか。人だから食事をとらないといけないし、睡眠だってとらなくちゃいけない。もし、私が竜ならキュニーの邪魔にならずに隣にいれただろうか。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 キュニーが尻尾で頭を撫でてくれる。気分が安らかになる。私が落ち込んでいる時や、少し考えすぎている時はこうしてくれる。

 暖を取るための炎を見ながら撫でられていると、心が落ち着くのを感じる。この時の気持ちが心地良くて、これが欲しくなってしまう。


 欲しくなって、優しさを感じたくて、暗いことばかり考えてしまう。そんなふうにかまってちゃんな私が自分勝手すぎて余計に暗くなる。

 そんな私に対しても、キュニーはいつでも優しくしてくる。撫でてくれる。こうやって求めていないと、信じれない。私は優しさを受けていいような人じゃないのに。多くの人の期待を裏切って、多くの人を傷つけてきたような人なのに。


「……ありがとう」

「うん」


 キュニーも私の性格の全てを知れば私に優しくはしてくれないのかな。そんなことないんじゃないかって少し期待してしまう。ありえないのに。

 杖がぼんやりとしか心を伝えなくて助かった。全部伝えていれば、私の自分勝手な心が伝わってしまって、優しくされることもなかった……


 いつか、いつかは全てバレてしまうのかも知れない。その時まででもいいから、この優しさを抱きしめていたい。けれど、こうやって、撫でられていないと、優しさを感じれないのは、信じれないのは、なぜなのかな。

 それに今すぐにでも私の全てを話したい。そんなことをしたら、優しくなんてしてくれないなんてことはわかっているのに、全てを話して楽になりたい。


「キュニーは昔どんな感じだったの?」

「私?」

「話したくなかったらいいけど……なんとなく気になって」


 思考が空回りを始めたから別のことを考えたくて、聞いてみた。それにキュニーのことも知りたい。どんな生活をしてたのだろう。どんな関係を誰と築いてきたのかな。


 思えば私はキュニーのことは何も知らない。ただ竜ということだけしか知らない。昔、戦争の道具として使われたことぐらい……

 どうして、戦争に行ったのに、杖の契約者がいなかったのかな。この前の研究所での文章を見る限り戦争のために竜には杖を使ったような記述だったけれど。


「そうだね。うん。じゃあどこから話そう……少し長くなるけどいいかな?」

「うん」


 長くなるなら余計嬉しい。キュニーのことがたくさん知れる。……いつの間にか、キュニーのことがすごく好きになってしまっている。相手のことを知りたくて、私のことを知って欲しいって思ってる。


 好きになるのは危ないのに。この前だって、みんなを好きでいたから、傷ついた。怖い。けれどすぐ好きになってしまう。

 寂しいからだろうか。すごく寂しがり屋だからだろうか。寂しがり屋だけれど、人と関わるのが怖いなんて。


「じゃあまずは、わたしが生まれた時なんだけれど……」

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