第18話 怖い

 すごく久しぶりに外に出た気がする。日差しが眩しい。草木の緑が鮮やかで。


「じゃあ、どうしようか」

「キュニーの行きたいところでいいよ。


 キュニーは私を責めないのかな。昨日の出来事は本当のことなのかな。なんだか現実感がない。あれから泣き疲れたのか、途中から記憶がない。なんだか久しぶりにたくさん泣いた気がする。泣くことができた気がする。


 それに心が暖かかった。優しさが嬉しくて。なんで優しくされるだけで、こんなに喜んでいるのかな。けれど、あれは本当に優しくされたのかな。この杖があったから、この杖ありきの関係だったから……?


 ……考えたくない。思考したくない。そんなこと考えたくない。目を逸らしている。いいじゃないか。それでも嬉しかったのだから。


「うーん。そうだね……一度、世界を回ってみたいんだよね。どうかな」

「いいと思う」

「それじゃあまずはどっちに行こうか」


 地図が空中に書き出される。魔力によって描かれた地図。かなり細かく描かれていて、キュニーの魔力操作技術の高さを感じる。


「これは私の時代の地図なんだけれど、わかってる範囲でいいからどこが違うとかあるかな」

「えっと……まず、ここは私のいたところだよね?」


 地図が修正される。私がいた場所は、この地図では何もない。たしか国ができたのは3000年前だったから……つまりキュニーが生きていたい時代はそれより前ということになる。


 その時代に繁栄していたのは、ちょうど今私達がいる場所の近くのようで、たくさんの街が見える。ここにあった国は大分大きいようで、他の国と比べてもかなり大きい。私の住んでいた国と比較にならないぐらい大きい。


「こっちのほうは国があるらしいけれど、本当かはわからないし、今もあるかはわからないの」

「国の外が魔物だらけだから、ってこと?」

「うん。300年前ぐらいに、その国から来たって人がいたんだって」


 私の住んでいた国の北の方にあるらしいけれどみた人はいない。いたかもしれないけれど、今生きてはいないと思う。


 ここから西の方のには、地図の中で1番大きな海を挟んで空白がある。その空白は大きく、ここに昔あった国と同じかそれ以上の面積に見える。


「なるほど……そうだね。じゃあ南に行ってみようか」

「わかった」


 そういうと、私の身体が浮いて、キュニーの背中に着地する。念力系の魔法を器用に使えると、便利そうで使ってみたい。


「それじゃあ行くよ」

「うん」


 次の瞬間、地面が緑一色になり、すべての景色が引き延ばされる。目が慣れれば少し景色が見える。相変わらずとんでもない速度で飛んでいる。けれど、ほとんど衝撃は感じない。


 ……それにしてもキュニーの背中は小さく見える。小柄な私が乗っただけでもう1人乗れるか怪しいぐらいの大きさしかない。翼だって4枚あるからかもしれないけれど、あまり大きくない。

 この前あった竜はキュニーの2倍ぐらいだった。そういえば、すぐに竜と出会ったから、もっとたくさん竜と会うものかと思っていたけれど、あれ以来見ていない。いや、神話上の生物がそんなにたくさんいないから神話上の生物なのだろうけれど。




「ぅおえ」

「大丈夫?」


 止まる時に少し酔ってしまった。誰もみてないとはいえ草原に吐いてしまう。固形物は、最近あまり食べてない影響からか少ないけれど、それはそれで気持ち悪い。胃から濁流が流れているようで。

 爪で背中をさすってくれる。その優しさが暖かくて、なんだか大丈夫な気がしてくる。


「わぁ……」


 顔を上げるとそこは白い世界が広がっていた。雪だろうか。一面が雪に染まっている。白く眩しい。けれど綺麗な。


「すごいね」

「キュニーはきたことあるの?」

「ううん。私はあまりあの研究所から出たことないんだ。戦いならあるけれどね」


 戦い。やっぱりキュニーも戦いにいったのかな。研究所の研究資料を聞いてた感じ、竜は兵器だったのかな。元々は別の目的だったのかもしれないけれど、杖で縛ってでも、戦わせていた。


「うん?あれ、なに?」


 それは一面白い中ですごく目立っていた。黒いものがあった。どこかで見たことあるような、深い黒。たしか……


「あれって……!」

「デミニウムだね。ここにいたの」

「で、でもこの前倒したんじゃ……」


 この前。あまり思い出したくない。私をたくさんの人が助けてくれた。キュニーも助けてくれた。たくさんの犠牲を生んだ。もう見たくなかった。


「この前のは切れ端だよ。あれも多分そうだね」

「切れ端……?」

「デミニウムの本体はもっとずっと、大きくて、早くて、多くて、強いはずだよ」


 そういうとキュニーが飛び立つ。デミニウムの少し離れたところで静止すると、デミニウムがそれに反応して黒いのを伸ばしていく。しかしそれが届くことがなく、デミニウムは消え去っていた。


「本体ならこんな簡単にやられないよ」

「あ、ありがとう」


 キュニーはいつのまにか隣に戻ってきていた。やっぱりキュニーはすごい強い。一緒にいれば怖いことなんてないのかもしれない。守ってくれるのかもしれない。

 そうやって期待してしまう。あれだけ期待されるのを嫌がっていたのに、期待してしまう。なんでそんなふうになってしまうのかな。


「そろそろ夜だね」




 久しぶりによく食事をとれた。昨日より色々なものに対するやる気が出ている気がする。けれど、今の私にはやりたいことがない。杖の解除というのも無理だとわかってしまった。

 それに何かをしていいと思えない。何かをすればそれが悪い方向にしかならないんじゃないかって。


「寒くない?」

「うん。ありがとう」


 また裸にさせられて、身体を洗われながらそんなことを考えている。裸は寒いそうだと思っていたけれど、多分キュニーが何かをしてくれたらしくあまり寒くない。


「キュニーは身体洗わないの?」

「竜は代謝とかあるわけじゃないし、多分大丈夫なんじゃないかな」


 代謝がない。それは生物なのかな……竜ってどんな生物なのかな……気になることがたくさんある。けれど、それを聞いて答えてくれるのかな。拒絶されたしないのかな……意識しないうちに、怒らせるんじゃないのかな……

 怖い。今の関係が好きだから……今の優しくしてくるキュニーが好きだから、何もできない。何かをするのが怖い。けれどキュニーのことは知りたい。


「じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ」


 優しくされただけで、好きになってしまう。多分承認欲求が満たされたのが嬉しかったから……けれど、怖い。いつか、いつの日か、キュニーも私に愛想を尽かすんじゃないのかな……

 杖が解除できない以上、表には出さないかもしれないけれど、そう思われる日がくるかもしれない。怖い……もしかしたら今も思ってるかもしれない。怖い。


 それより嫌なのはキュニーを信じれない私。なんで信じれないのかな……なんで疑ってしまうのかな……もっと、信じて生きていきたいのに。

 ……でも信じて生きるのは怖い。多分、私は自分が傷つきたくないのかな……先に傷つきそうなことを避けるために、こんなふうに何も信じれなくなってしまった。


 あぁ考えたくない。思考したくない。ただ優しくされるだけでいい。疑いたくない。ただ隣にいてくれるだけでいい。私を好きでいて欲しい。……私のようなクズを好きでいるなんて相当に難しいだろうけれど。

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