第16話 不可

「人の魔力を変換することで、お互いに魔力接続に置いて距離の概念を限りなくゼロにすることができる。現時点でこの程度だが、さらに効果を付与していきたい」


 人工知能の読み上げるのを聞いている。しかし昨日ほど頭に入ってこない。半分上の空な感じな気がする。集中力がない。


「このデータは破損しています」

「また……次のデータにいって」


 残されていたものは、だいたい半分ぐらい破損していた。だからわからないことも多い。たださえ、難しいことばかりでわからないというのに、そこに拍車をかけている。

 けれど書いた人が丁寧なのか、毎回最後にまとめを書いてくれている。最悪そこだけ読めれば大方把握できるので助かっている。


 それにこの資料達からは、なんというか、そこにいる人のやる気というのかな……熱意というのかな……熱中して書いているのが伝わってくる。

 羨ましい。何かに熱中できるのが羨ましすぎて。嫉妬してしまって。思考がおかしくなりそう。でも、そのおかげで杖を解除できるならそれで……


 けれど、ひとつ気になるのは、なんというか、この文章から読み取れる人柄に、杖を介して誰かに命令を聞かせるようなことをする人に感じない。さっきも、魔力を介することでお互いの感情をリンクさせ相互理解がどうこう、って言っていた。


「……」


 杖を見る。なんだかここで研究されてた杖と今持っている杖は大きく違うもののように感じる。もしそうなら参考程度にしかならないかもしれない。


 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。いつ頃の資料からだろうか。竜と人が理解し合えるようなものを目指していた杖は、人が竜を支配するものへと変わっていた。


 国から命令が来たようで、そうせざるおえなかったみたいに見える。この施設は国家機関で、国に見限られれば、成長途中の竜達は死んでしまう。けれど、このまま続ければ兵器として利用されてしまう。そんなふうに書いてあった。


 これを書いた人の悩んでる姿が、ありありと想像できる。けれど、これで私の本来求めている情報に近づいていく。

 ……人の葛藤を見て、何も思わないのは何故だろうか。いや、何かは思っている。なんだろう。あれだけ熱中していた人でさえ悩み苦しんでいるのがそんなに嬉しいのかな。


 私がこんなに悩んでいるのに、誰かが素直に幸せになるのが許せないのかな。私がこうなったのは私がクズなせいなのに。いや、クズだからこそ、素直に生きている人を妬んでしまうのか。


「第1契約杖の完成の目処が立った。いやもう契約杖とは呼べないかもしれない。従属の杖に見える。けれど量産はできない。

 だからおそらくこの杖で契約することになるのは、ここにいる子達になるだろう」


 ここの子達……それがキュニーだろうか。おそらくそうなのだろう。けれどキュニーは杖とは契約したけれど、誰とも契約してないと言っていた。

 兵器として使うために、人の言うことを聞かせるために契約したのではないのだろうか。


「0901と契約杖の接続を開始した。今までの実験用の杖より情報量が多かったので不安だったが無事のようだ。しかし、これでもう後には引けない」


 ……後には引けない?


「魔力が混ざり合ってしまった。さまざまな付与効果をつけすぎた杖では——ピ——ジ、破損しています」

「え、ちょ、ちょっと」


 そこで終わらないでよ。なんだか重大なことを言っていたような気がして怖いのだけど。

 手が震えてる。身体がなんだか空気を受け付けにくい。呼吸が苦しい。動悸がしてきた。いや落ち着ついて。ただ、後には引けないって、言ってただけ。


「まとめ……ある?」

「このページのまとめですね。読み上げますか?」

「は、はい」


 心が震えてる。不安が身体を走って頭が痛い。


「第1契約杖が0901と契約者の魔力を共通化した。解約した場合は杖は魔力を全て吸って効果を失う。肉体を持つ生物、人の場合は魔力が枯渇するだけだが、竜は魔力生命体であるため死亡するので、解約はしないように」


 そこまでは原理は分からなくとも知っていること。この次だろうか。口の中が乾く。


「杖の効力だけを失わせる方法はない。……どうして私は竜を人の世界に縛り付けているのだろう」


 そこからも感想のような独白のような後悔のようなものが読み上げられていたけれど、私の頭には入ってこなかった。思考が落ち始める。思考が一つのことで染まっていく。


 解除する方法。杖の効力を失わせる方法。竜を、キュニーを私から解放する方法はない。後には引けないとはそういうこと。

 思考が抜け落ちていく気がする。身体が動かない。足の感覚がない。

 私は何をしてしまったの。私は取り返しのつかないことをしてしまったの。何をしてしまったの。後には引けないことを。


 それからも人工知能は未だに研究結果を話している。もう意味のないことを。けれど、私はそれにすがるしかない。さっきの結論が撤回され、修正されているかを確認するしかない。


 ……けれどそんなものはなかった。ただ竜と契約杖をつなげる工程が書かれていた。ところどころに書いた人の後悔が見られる。それはどんどん多くなっていって、最後の方には全体の半分以上が後悔にまみれているように見えた。


 ……私と同じ。この人は竜を縛り付ける道具を作ったことを後悔し、私は道具を使ったことを後悔している。

 ……一緒?一緒なわけがない。私みたいなクズと一緒なわけがない。この人は後悔をしている。後悔で懺悔している。けれど……けど私は、こうなって少し喜んでしまう私がいる。


 まだキュニーといれるって。まだ死ななくていい、その理由ができたことを喜んでいる。またキュニーに優しくしてもらえることを喜んでしまっている。

 私みたいなやつは死んだほうがいいのに。それが、それだけが私にできる最後のことなのに。まだ死にたくないだなんて、思ってはいけないはずなのに、まだ生きていたいだなんて。


「なんで……!」


 なんでそんなこと思ってるのだろう。私が何もしなければこうはならなかった。私がキュニーを殺してしまう。どうして。


 涙は出ない。悲しさが心を包み込み始めるけれど、涙は出ない。私のためのことではなく、キュニーのことだからかな。私は私のことでしか泣けないクズだからかな。

 心が痛い。これからどうすればいいのか分からない。結局、何もできなかった。やっぱり私には何もできない。何もなせない。


 自分のしてしまったことがなんとかならない事ばかりで、そんなことしかできない。しかもそれが悪いことしかない。

 あぁ何もできない。何かをしちゃいけない。でも、でも生きていかなくちゃ……いけないのかな。キュニーには悪いけれど、道連れに……それなら怖くないかもしれない。


「何を」


 そんなことがいいわけがない。優しさに甘えすぎてる私が嫌いで死んでほしくて。けれど死ねない。生きることを正当化してまった。キュニーのためになんていう大義名分ができてしまった。


「けれど」


 けれど、何もできない。何もしたくない。どうしたら。嫌がひどい。もう考えたくない。何かを求めたくない。生きているだけで、何かを、優しさを求めてしまう。寂しいなんてことばかり考えてしまう。嫌になっていく。

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