第15話 揺れ

「そのことから、魔力は第6次元状態を介すれば距離を無視することができ、それを用いることで……ジ……ズ……イ……データが破損しています」

「えっと、じゃあ今日はここまででいいや。ありがとう」

「どういたしまして。読み上げを停止します」


 なんだか難しい話が多くて、理解が追いついてないけれど、とりあえずキュニーのところに戻ろう。今が何時かはわからないけれど、とりあえず。




 入ってきた場所に戻ると、灯りは薄暗くなっており、キュニーが丸まって寝ていた。その姿がなんだか神々しくて見惚れてしまう。それは竜という存在に対する憧れかな……


「どうしよう」


 正直言えばお腹が減っていた。難しい話を聞いて頭が疲れたからか腹がぐうぐうなっている。けれど、別に何かを食べたいと思わない。ただ意識的に何かを食べないといけないと思うだけで。


「よいしょ……」


 近くの壁を背にしてうずくまる。目を閉じる。さっき知った様々な情報が頭を駆け回る。うるさい。けれど、まだ途中とは言え契約杖についてしれそうというのはわかった。


 破損している場所も多かったけれど、残ってる部分から推測するに、竜は魔法を行使するのに最適な身体を目指した結果の産物らしい。

 つまり自然発生したものではなく、昔の人類が作り出した生物。……資料上では生物ではないみたいな風に書いてあったみたいだけれど。


 その竜の魔力は特別で、よくわからない理論を使えば、情報を遥か彼方まで届けられるのだとか。それを人の魔力でも再現しようした結果のが契約杖の原型のよう。


 これ以降はまだ見てないけれど。この調子なら、本当に解き方がわかるかもしれない。

 ……わかったらどうしよう。いや、死ぬんじゃないのか?死にに、外に出てきたはず……そうじゃないか。ただ逃げたくて出てきたのか。


 ただ、その場の直情的な動きで逃げてきた。人と関わるのが怖くて、死にたくて、そのまま歩いてきた。その延長線上にいるだけ。

 今はキュニーのために生きているだけ。それも私がデミニウムと会った時に生きようだなんて思わなければ、こんなことにならなかった。


 やはり私は生きていてはいけない。なのに……なのになんでこんなに、寂しいって思ってるんだろう。キュニーと話していたいって思ってしまっているのかな。


 キュニーはただ私が契約杖の所有者だから優しくしてくれてるだけなのに。ただのおこぼれ、哀れみ。そういうものもあるかもしれない。そんなのでもいい……いいじゃないか。


 そんなふうに思えたらよかったのに。私はそれじゃ嫌らしい。無条件で優しくして欲しい。進んで隣にいて欲しい。ただの親友でいて欲しい。そんなことばかり考えてしまう。そんなことが私なんかに許されるわけがないのに。


 それにもし優しくされたって、優しさを返せるのかな。多分だけれど、私が優しくして欲しいのは、私が好きだからなのかな。

 私は私が大好きだからそんなことを要求しているのかな。そんなやつが誰かに何かをできる?……多分できない。今までがそうだったように。これからも。いつまでも。


 そんな私が好きじゃない。こんな私なんて好きになる人なんていない。私も嫌い。私は私が好きなのに嫌い。どっちが正直なのか。どっちが真実なのか。それも混ざり合ってわからない。


 考えると頭が痛くなる。心が重くなる。身体が動かなくなる。だから何も考えれない。ただ契約杖を解除することだけを考えてここまできた。それ以外のことに目を向ければまた思考が走り出してそうで。


 今だって思考が走り待ってる。どこまできたのかな。今日知ったことを整理しようと思ったのに、どこにきたのかな。私はどこにいるのかな。いつのまにか、迷路に飛び込んで、前が見えなくなってしまったみたい。


「ルミ……帰ってきてたんだ」


 キュニーが起きたみたい。けれど目を開ける気も、体を動かす気もない。身体が動きたいと思えない。ただ疲れた。別にただ人工知能が読み上げた文を聞いていただけだけれど疲れた。


「寝てるのかな……?」


 寝てるのかな。心が寝ているから動かないのかな。


「うぅ……ん」


 絞り出すように返事をする。掠れた声で。


「どうしたの!?何かにやられたの?」

「そういう……わけじゃ、ないけど」


 答えるのも辛い。何かされてるわけじゃない。身体は何も異常はない。けれどただ疲れて、動けなくて、何もしたくなくて。

 甘えている。健常なのに休憩したいだなんてただサボりたいだけ?私はただ楽がしたいから、辛い私を演じているだけなんじゃないの?

 そんなふうに考えてしまう。そう考えたら動かなくては、いけない。何かをしないといけない。けれど何をしたらいいのか。そう。杖。杖のこと。


「大丈夫?休んで行ったら?それにご飯だって」

「だ、大丈夫」


 ここで大丈夫じゃないって言えない。気づいてほしくて。私の本心に気付いてほしくて。そんなの言わないと伝わらないのに。気づいてくれるって信じてしまう。気づかれたことはないのに。


「やっぱり大丈夫じゃないよ。ほら、とりあえずこれでも飲み込んで」

「何……これ」

「栄養カプセル。ほら寝ておいた方がいいよ」


 水で栄養カプセルを飲む。寝床が現れる。進められるがままに入っていく。眠気がすごい。目を閉じる。




 目を開けると、キュニーの大きな目が目の前にあった。


「おはよ」

「……おは」


 どれぐらい寝てたのかな。灯りがついている。

 昨日は気づかなかったけれど、これは周りの時間に対応しているのかな。もしそうなら今は、朝?昼?


「うーんっ」


 重い……けれど昨日よりは軽い身体を持ち上げ、身体を伸ばす。腕が、みしみしと音を立てているような気がする。


「もう大丈夫そう?」

「……うん」


 昨日は確かキュニーが半ば無理やり寝かしてくれた。

 ……少し、いや結構、いやかなり嬉しかった。私を見つけてくれた気がした。……本当に見つかってたらあまりのクズさゆえに捨てられてると思うけれど。


 ……いや、契約杖があるから無理なのか。やっぱり契約杖のおかげというか、せいで優しくしてくれるのかな。契約杖の解除……本当にして良いのかな。いや良いはずだよね……?


「それで今日も行くの?」

「……うん。杖のこと、調べたいから」

「気をつけてね」


 扉を抜け、通路を歩いていく。昨日の部屋まで。契約杖について知るために。解除方を知るために。

 優しいキュニーを私なんかが拘束していいわけがない。優しさは私に向けられるべきではない。それに寿命だって竜の方が長い……優しいキュニーには長く生きてもらった方が良い。だから解除した方が良い。

 ……それであってるはずのに。あぁまた。また怖くなっている。何かをするのが怖くなっている。

 

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