第12話 竜と
「そういえばなんで着替えさせられてるの?」
「いや泥まみれの服だったからさ。混ざり合ってて洗浄するより作り直した方が早いかなって」
「それでこれ?」
起きたら。というか多分昨日からだけれど、服が変わっていた。白い無地のワンピースになっていて足がひんやりとするし、怪我もしそう。
「だって私それしか知らないし」
「……」
「それにほら、怪我しそうなのはその都度排除しておくからさ!」
そう言って目の前の石や泥が消えていく。魔法だろうか。全く魔力の動きを感じれないけれど……
「……まぁ別にいいけれど」
怪我をしても治癒魔導機でなんとかなるし、靴下を伸ばしておけばだいたい大丈夫かな。
「それよりさ、あれは何?」
「……オミリアウス。角を媒介にして魔法を放つんだって」
「へぇ。なかなか器用だね」
私とキュニーは起きてからすぐ、壁から離れるように歩き始めた。竜は飛ぶことができるらしいけれど、まだ壁が近くて、見つかるのは困るから、歩いている。
キュニーの自由にとは言ったけれど、壁の中には行きたくなかったから、とりあえず壁から離れることにした。自由にと言ったのに、結局動きを拘束することになってる。また矛盾が起きてる。昔は矛盾をよく嫌っていたのに。
キュニーはよく質問をした。キュニーが前に起きていたのが何年前なのか知らないけれど、今の魔物はだいたい知らなかった。魔物の進化が早いとは言っても、全然知らないなんてことがあるのかな。私が想像しているより、もっとずっと昔に生きていたのかもしれない。
「ねぇ」
「なんだい?」
「……この杖の効力をなんとかする方法はないの?」
昨日はなにもしない方がいいかと考えていたけれど、この問題がどうにかできるならどうにかしたい。私なんかとずっと一緒だなんて、かわいそう。
……いや多分これも自分勝手な理由なんだろう。優しく見られたいとか。
「そういえば昨日もそんなこと言ってたね。私の知る限りそんな方法はないけれど……まずそんなことを考える人はいなかったからね」
キュニーの首が動き風が起こる。竜の少しの挙動でも力の大きさを感じる。どうしてこんな杖で縛られているのかな。
「でももしかするとその杖が作られたところまで行けば何かわかるかもしれない。まだあの施設が残っているのかはわからないけど……」
杖が作られたところ……行ってみたい。何かわかるかもしれない。けれど、それは自分のためじゃないの?そんなことにキュニーを付き合わせていいの?
いやでも、そうしないとずっと一緒にいることになる。それはかわいそう……もともと、私がこの杖を起動しなければ……杖を持ってなければ……もっと早く死んでいれば……生まれてこなければ……
「そんな悩まないでよ。もっと気楽に行こうよ」
「……」
「あれ違った?なんとなくわかることもあるんだよ。杖で繋がってるからかな」
「……どれぐらいわかるの?」
「なんとなくだよ。今は悩んでるのかな?とかそれぐらい。悩みの原因まではわからないよ」
そういってキュニーは笑う。にこにことしている。いや竜の表情なんてわからないけれど、そんな気がした。
多分、励ましてくれてる……私なんかを。優しい。その優しさを受け取る権利が私にあるの?今までなにも生み出さず、ただ消費して害を与え続けてきた私に。
「そろそろ昼ごはんの時かな。なにがいいかな」
「……好きなもの食べればいいじゃない。私はなにもいらない。……でも食材はあるの?」
「私の方こそなにもいらないよ。竜は食事をとらないからね」
そんなものかな。昔読んだ絵本とかでは人とかをばりぼり食べていた気がするけれど。
「それよりルミ。君は食事を必要としているはずだよ。杖を通じても感じるよ?」
「……そうかもしれない。けれど」
どうにも食欲がわかない。私なんかが何かを食べていいのだろうか?何かを踏みにじっていいのかな……
「うーん。じゃあそうだね……これはどう?」
「果物?え、どこから?」
「あそこらへん。転移魔法の射程範囲だからさ」
そうやってキュニーは数百メートルは離れている森を腕の爪で差す。たしかにこれが成っているかもしれないけれど。
転移魔法。そんなの小説の中でしか聞いたことない。……いやでも竜も絵本の中の存在といえばそうなのかもだけれど。
「それで……えっと?」
「食べたくなったら食べたらいいよ。あ、あと体力温存に背中に乗ったら?」
「え、いやそれはっ」
私の返事を待つ前に、首が動き口の先で私を捕まえられる。
「わぁああぅ」
身体を振り回されて、吐きそう。けれど背中に吐くわけにはいかない。
「そこでゆっくりしいて。動きにくい服装にしてしまったのもあるし」
「……」
それはあまり気にしていなかったけれど、辛いといえば辛いので、甘えてしまう。相変わらず身体は重く、吐き気もする。けれど、そんなのは当然の罰なはずなのだけれど。
あぁ、なんでいけないってわかっているはずなのに……しない方が良いってわかってるはずなのに……
いつのまにか果物の皮をむいて食べていた。あれだけ食欲がないとか言っていたのに。
無駄に足をぶらぶらさせる。膝が風をきって気持ちがいい。
そんなことを感じていて良いのだろうか。
「……」
「どうしたんだい?」
「……その、意外と小さいと思って」
下から見上げていたからかな。背中に乗ってみると異様に小さく感じる。それとも4翼が背中のスペースを占めて小さく見せてるのかな。
「私は竜の中では小柄だったからね。大きいやつだと私の6倍くらいの大きさのやつもいたよ。……あいつらはもう死んだのかな」
キュニーが遠くを見る。過去を見ているのかな。その過去は幸せなのかな。
竜の仲間に囲まれていた方が私のようなクズといるよりは幸せなのかな。そりゃそうだよね。私なんかといても幸せなんて思える人なんて。
「うん?あれって」
キュニーが何かを言った気がした。けれどそれが私に届くことはなかった。風が、風音が、音をかき消したから。
突風が起こる。あたりの草がわさわさという音を立てる。その騒音の中からその声はした。
「おいおい。これはこれは竜じゃあねぇか。久しぶりだなぁ」
そこには竜がいた。2体目の竜が。
けれどなんというのだろうか。キュニーのような絶対感というのかな……なにが違う気がする。
それに形だって違う。翼は2枚しかないけれど尻尾は二つある。さらに四足歩行をしている。キュニーとは全然違う。
「君は……誰?」
「おいおい。この俺、ロニカウレスを知らねぇのかよ」
「……知らない」
感動の再会かと思ったけれど、違うらしい。
それに、キュニーの声にはなんというか刺を感じる。今にも戦闘が始まりそうな……
向こうの竜の周りに風が吹き続けている。多分魔法だと思うけれど、戦闘の準備にしか見えない。
「ちっ。俺を知らないなんて世間知らずか?まぁいいぜ。今日はお前を殺せる日だからなぁ」
「どうやって?」
「ふん。白々しい。そこのガキの持ってる杖、それは契約杖だろうが」
ロニカウレスが私を見る。その視線が恐ろしくて、つい地面に目を逸らす。殺気というやつかな。
「そのガキを殺せれば俺の勝ち。いやぁ、それにしても運がいいぜ。ここら一帯を縄張りにしてよかったってもんだ。久々に竜を殺せるなんてなぁ」
「そうはさせない」
風が止む。
次の瞬間、雷が、炎が、氷が周囲に生じる。
視界が動いてゆく。背中に乗ったまま高速移動してるのだと気づくのに、少し時間がかかった。落ちそうだと思ったけれど、何かで固定されてるように、私は動かない。
「やはりそいつに、リソースを割かざるおえないよなぁ!」
どこからかロニカウレスの声が聞こえる。全くどこかわからない。まず私がどこにいるのかもわからない。
空なのか、地面なのか、森なのか、平原なのか。
キュニーも翼は目が止まらない速度で動き、頭のせわしなく動いている。唯一背中だけは見えるけれど、それは私が一緒に動いているからかな……
「……」
「……何故だ。なぜ!?」
勝負は気づけばついていた。私にはなぜ始まったかもわからない戦いは、なにも見えないうちに終わっていた。
ロニカウレスは脚があらぬ方向を向き、肉は裂け、翼は1枚になっているし、眼も片方に氷が刺さっている。
それに対してキュニーに傷害あるようには見えない。
どう見てもキュニーの圧勝だった。
「私と君とでは完成度が違う。それだけだよ」
「……?……!まさか、お前次の」
それ以降話すことはなかった。身体がぼろぼろと崩れだし、消える。それは明らかな死で怖い。……死にたいはずなのに。
「魔力切れだよ。竜は魔力がなくなれば身体を維持できなくて死ぬ。……哀れなものだよ」
「……」
私はなにもいえなかった。何かを言おうとも思わなかった。
けれど、キュニーの過去にも何かある。それをいつか、いつか聞いてみたい。少しそう思った。
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