第11話 決意

 火の音と、とても良い匂いがした。目を開けると、竜がいた。思い出したきた……たしか竜を私が呼び出したみたいなことを言ってて……


「お、起きたかい?いきなり倒れるから驚いたよ」

「……」


 いつのまにか夜になっている。時計がないから何時かはわからないけれど、深夜のように感じる。


「食べる?いや腹がよく鳴っていたからね。お腹が空いてるのかなと」


 そこには、何かの肉を焼いたものがあった。多分魔物の肉なんだろうが、美味しそうに見える。今はお腹が空いてる。

 けれど、フォークを持って肉を持ち上げると明らかにいらないものに見えてくる。食べるのが苦痛でしかない。フォークが動かない。


「……無理」

「あれ、肉は嫌いかな?」

「食欲……ないから」

「ありゃ?」


 どうやって調理したのかは知らないけれど、料理してくれたものを食べないなんて、人の……人ではないけれど親切を受け取ることもできない。


 そんなことは傷つけるだけ。早くこの意識を手放したい。なにをしたって。なにもしなくたって誰かの害になる人生なら速く消したい。


「でもなにも食べないと死んでしまう。そうなれば私も死んでしまう。それは困るし……これならどう?」


 隣の食器が浮いて前に出てくる。念力系統の魔法を使ったのかな。

 そこに入っていたのは、スープだった。具はなさそうでこれなら食べれるかもしれない。


 けれど私は生きていたくはない。生きていいことがないような気がしてたまらない。死ねって言葉が脳内でリフレインしているし、自分勝手な自分を殺したい。


「……あなたは生きていたいの?」

「もちろん。起きたばかりだし」


 けれど目の前の竜は生きていたいと思っている。

 私が死んでしまうと、私はこの竜を殺してしまうことになる。それは良くない。良くないと思う。


「私が……生きていなくちゃあなたは死んでしまうのよね?」

「まぁそうだね」


 スープを飲む。暖かさが胃を通り、身体を温める。栄養が足りるとは思えないけれどなにも食べないよりはいいかな……


「食べたね。そうでなくちゃ。それで、起きたばかりの私に現状を教えてほしいな?」

「……えっと、どういうことを?」

「今何年みたいな世界的なことから、なんで君が1人でいるのかとかね」


 ……言いたくない。喋りたくない。話していたら私がクズなことが露見しそうで言いたくない。

 けれど、すごく言いたい。私はクズだから帰れないんだって言いたい。全部のことを言いたい。


 どっちかな。どっちが私なのかな。わからない。どうしたらいいのかな。


「……なにから話したらいいのか、わからない」

「じゃあ私から質問しよう。そうだね……まず君の名前はなんだい?」

「……ルミ」

「私はキュニー。よろしく」

「……よろしく」


 それからキュニーはたくさん質問した。

 私は答えられることなら答えたし、答えられないことは答えなかった。世界情勢のことが多くて、知らないことの方が多かった。全然役に立てなかった……私なんて……


「なるほど……今は神歴ね……魔歴も自然歴も残ってないのか……」

「それはキュニーの時代の?」

「そうだよ。昔のことだよ、もう」


 キュニーは少し明後日の方を向いていた。その目が遠い過去を見ているように見えた。

 過去。私もいつか過去を見れるようになるのかな。そんな日は来ないような気がする。


「そうだね。次はルミ。君のことについて」

「それは……言いたくない」

「ありゃ。まだ全部言ってないよ?」


 言いたいわけがない。言えば、どんな目を向けられるかわからない。誰かを傷つけ、犠牲にして、それを反省もせず自分のことばかり考えている人生だなんて。


「まぁそれなら仕方ないか」


 助かった。諦めが良くて。

 少しでも粘られた言ってしまいそうだった。それぐらい言いたい私と言いたくない私は拮抗してる。


「でもそれじゃあ私がなにをすればいいのかわからない」

「え?いや、別に自由にしといていいよ」

「いやでもルミに死なれたら困るし、とりあえず一緒にいないと」


 ……それもそうかもしれない。私は壁の中、人類の生存圏に、戻る気はない。戻ればまた……

 だけれど戻らなければ、外の危険な魔物達といなければいけない。それでよかった。私は死ぬためにきたのだからそれでよかった。

 でも今は違う。今はとりあえず生きなければ。キュニーのために。


「じゃあキュニーの好きなところに行きなよ」

「それはそれで困るね。私ってほら、その杖の支配下にいたからさ。あんまり自分の意思で動くことがなかったんだよね」

「……」


 少し、ほんの少し羨ましく思ってしまった。自分の意思で決めなくていいなんて、何かあっても誰かのせいにできるなんて。

 そんなことを羨ましいと思ってしまうなんて。本当に消えて欲しい。こんな思考。


「ま、いっか。今日はもう遅いしさ。明日に考えよう。一緒に」

「一緒に?」

「うん。一緒に行くんだから、一緒に行き先も考えようよ」

「私は別に……」

「とりあえずほら、寝床あるからさ。ほらほら」


 進められるまま寝床に入る。寝れる気はしないけれど、横になって目を瞑る。


 また今日も生き延びてしまった。

 明日の行先は一緒に考えようだなんて、私はなにも言えない。何かをすることはよくないことしか引き起こさないんだから。……なにもしないことも害になるんだろうけれど。


 それにキュニーは、なんというか私と距離が近い気がする。ずっと杖で支配されてきたような口ぶりだったけれど、なんであんなに人との距離が近いんだろう。もっと杖の所有者を嫌っててもおかしくなさそうなのに。


 ……私が杖の所有者だからかな。この杖を使えばキュニーになんでも命令できると聞いた。そういう関係だから優しいのかな……


 ……けれど、いつかこの杖の機能をなんとか破壊したい。私が死んでも、キュニーが死なないようにしたい。そうすれば……もう死ねるかな。

 それまでは死ねない。苦しすぎる。……これが罰なのかもしれない。死ぬべきと思ってるのに死ねないみたいなこの状況が罰なのかも。


 いや、いや違う。そんな風に生きていることを肯定してはいけない。そう。そう……私はキュニーの心臓みたいなもの。心臓が何か話すか?何か意見するか?なにも言わないでおこう。

 なにもしないこともだれかを傷つけるかもしれないけれど、何かをするよりはいいはずだから。

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