第10話 死へ
死にたいなんて願っていても死ぬ勇気なんてない。なんてゴミなんだろう。自分自身の望みすら叶えられない。なんでそんな奴が誰かのために何かできるなんて思ったんだろう。
何もできない。何もしたくない。
ただうずくまって、何時間がたったのかな。数分かな。時間の感覚が曖昧になっている気がする。
ぐぅう……
お腹がなる。お腹が空いたのかな。けれど何かを食べたいと思えない。食欲がない。
「うぅ……」
重い身体を無理やり立ち上がらせる。重心が安定しないけれど動く。壁から離れたい。誰かに見つかる前に。誰かとこれ以上関わる前に。
それ以上にもっと外に行けば死ねるかもしれない。私は自殺できないかもしれないけれど、魔物に喰われるなら仕方がない。
「ふふ……」
自殺も何かの手を借りないとできない。もう自殺じゃない。地面だけを見て歩いていく。夜で前が見えないのもあるけれど頭を上げる気力がなかった。
まだ壁が近いからだろうか。魔物の気配はない。それを意識すると途端に怖くなる。死にたいのに、死ぬのが怖い。私なんかが生きていい訳ないのに、生きていたくなっていく。そんなはずはない。死なないといけない。
私が生きていい訳ない。みんなが死んでしまったのに生きて言い訳がない。誰だってだってそう思ってる。そう言ってた。
「そうじゃない」
誰かのせいじゃない。私は全員にとって害だから死ぬしかない。私なんかが生きていたって誰にとってもメリットなんてない。私にとっても。
私が生きていればまた誰かを傷つける。そんなの我慢ならない。そんなの私ごときがしていいことじゃない。
「そうじゃない」
あぁそうじゃない。ただ私が死んで欲しいのは生きていたら傷つくから。傷つくのは怖いから。自分のために死にたいだけ。誰かのことなんて考えてない。
「木……大きい。疲れた……」
当てもなく歩いていれば、大きな木を見つけた。見たところただ魔力量が多いだけの木に見える。
相変わらず全身が震えてるし、寒気も止まらない。今日はこの辺が限界かな。
「また」
また楽をしようとしてる。私なんかがそんなの許される訳ない。寝るのも、休憩するのも、そんなことするよりもっと壁から離れないといけない。そんなのわかっているのに。
「ぅうぁ……うぁ……ぁ……」
うずくまれば、涙が出てくる。涙が止まらない。
なんで私がこんなに苦しい目に合わなくちゃいけないの。私がクズだからだよ。
私何か悪いことしたかな?存在が悪いよ。
どうしたらいいのかわからないよ。死ねばいい。それしかない。
心が決壊する音がする。心も泣いている。思考がおかしくなる。クズすぎて。私がクズすぎて死にたい。死にたいだけ。
眩しさで目が覚める。いつのまにか寝てしまっていたらしい。昨日のことがフラッシュバックする。
「おぅぇ」
吐き気がする。空っぽの胃は何も吐き出さない。
言われたことが、あの顔が、脳裏に染み付いて、錆のようになっている。
相変わらず、お腹は鳴り続ける。
「拠点から持ってきたらよかった……」
言ってから後悔する。そんな風にまだ思っていたなんて。お前如きがとっていい食料じゃないだろう。そう私が私へと言う。
けれども何か食べたい。外での食料の得方は教わった。コミニに。私なんかに教えてくれた。けれどそれが活かされない。活かす気力がない。
「とりあえず、動かなきゃ」
壁から離れないと。人から離れないと。
身体は相変わらず果てしなく重い。寝た体制が悪かったからだろうか関節も痛い。気持ち程度に治癒の魔導機を起動する。
死にたいのに、治癒だなんて。
丘がきつい。登り坂が辛い。少しの斜面が大きな障害に感じる。吐き気がやばい。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ぎゅるぅう…………」
声が聞こえる。ずっと足元ばかり見てたからだろうか。それとも丘で見えなかったからだろうか。
目の前に魔物がいた。モイタスの一種。足が速く、凶暴でかなり強い魔物に入る。そんなやつが目の前に。
「ぅわぁあ!」
咄嗟に後ろを向いて走り出す。目の前と言っても、目算百メートルはある。なんとかなるかもしれない。
「うわっ」
焦ってからだろうか。足が泥に掬われ、こけてしまう。結構痛い。幸い泥があったから血は出てなさそうだけど……
「はは」
なんだか別にいい気がしてきた。このまま食われたっていいじゃないか。そのためにここまできたんじゃないの?
足音がする。多分さっきのモイタスの音だろう。あと数秒で多分私は食われる。泥まみれで。
あぁ苦しいのかな。痛いのかな。即死できるといいな。
恐ろしい牙が私を貫いて、血が出るのだろうか。せめて私は美味しかったりして欲しい。いや、多分まずいだろう。私がなにかにとって良いことなんてできるわけがない。よしんばおいしくても、それが良いことにはならない。
「ぐぁあぅああ!!」
モイタスの咆哮がする。
怖いけれど、もう動く気力もない。死にたくないけれど、死ねる。やっと死ねる。やっと……やっと……
最後に見るのは空になるのか。この星のものじゃないのは、良いかもしれない。いや空気はこの星のものか……
どんどん足音が近づいてくる。目を閉じる。怖い。
死んだらどうなるのだろう。地獄とかはない方がいいな。せっかく死ねたなら、意識なんて吹き飛んで欲しい。
耳がキーンってする。死ねたからだろうか。いやでも、泥の感触はあるけれど……
何かおかしいような……
「——い。おーい。……聞こえてないのかな?」
目を開けると竜がいた。私がデミニウムにやられそうな時に現れたのと同じ竜に見える。
「どうして……」
どうしてこのタイミングで。それにモイタスの姿はない。竜がきたからだろう。
やっと……やっと死ねそうだったのに。なんで、どうして。
「お、喋れるじゃん。どうしてと言えば、私も聴きたいね。なんでそんなところで寝てるんだい?」
寝てるんじゃない。死にたいだけ。そんな言葉は出ない。
なにを言えばいいかわからない。
「……うーん。まぁ君たちから見たら私の姿は異形かもしれないけど……まぁいいや」
「……」
「……それにさ。私は君を守ったんだよ?今にも食われそうだった。これも君が呼び出した契約竜なのだから当然といえばそうだけど」
守ってなんて……え?
「……ちょ、ちょっと待って」
「お、なんだい?ついに話す気になったかい?」
「今、私があなたを呼び出したって聞こえたんだけど」
「あれ?知らないの?」
知るわけがない。なんだか思考が追いついてない。
「首にかけているそれ、私との契約杖だよ」
「そんなわけ……ない」
契約杖とはなんだろう。名前から判断するに何かの契約をするための杖だろうか。いやでも今までそんな兆候なんてなかった。
この杖に魔力を通したことが原因ならそれはおかしい。今までだってたくさんこの杖に魔力を通したことがある。
「でも君はその杖の使い方を知っていたじゃないか。自分の生命魔力を流しただろう?」
「生命魔力?」
なにそれ。もしかして竜はでたらめを言っているのだろうか。
「君の体内から生まれた魔力のことだよ。外部から取り入れたものじゃなくね。そんなことも知らないのかい?」
「……知らない」
知るわけがない。そんなの聞いたこともない。
……よく考えればなんでこんなに話しているんだろう。話していたら傷つけてしまう。離れないと。
「うん?なんだか認識に齟齬があるね。どうしてだろ……って、どこ行くの?」
「……どこでもいいじゃない」
「いや、そっちは生活圏から離れてるんじゃないの?」
「……いいの。私なんて死ねばいいんだから」
なんでこんなこと竜とはいえ初めて会った人に話しているのだろう。止めて欲しいのだろうか。何のために。なにがしたいのだろう。わからない。
「そういうこと。さっきも……でもそれは困る」
「関係ないでしょ?」
そう関係ないはず。私なんかが死んだって、この竜にはなんの関係も。
「君の命は私の命だからね。私は死にたくない」
「そんなの……なんで……」
「杖のせいだよ。君の杖、それは私を呼び出し支配するためのもの。支配者が恐れるのは反逆。
それを封じるために、杖を介して、私と繋がっているのさ。いやでも安心していいよ、私が死んでも君が死ぬことはない。そういう一方的な契約さ」
そんなの聞かされてどうしろって。死ぬこともできない。死んだら、この竜が死んでしまう。そんなの……どうすればいいの。
「だから私がデミニウムに殺されそうな時に出てきたの?」
「ん?いんや?私はあの時に君に呼び覚まされたのさ。それまでは寝ていたよ。ぐっすりね」
それが杖の効果ってこと?
竜を呼び出して、命を縛る。そんなものを起動してしまうなんて。やっぱり私がすることはなにもいいことなんて起きないんだ。
速く死んだ方がいい。けれど死ねない。竜を殺すわけにはいかない。
「……ごめんなさい。私なんかが」
「いいんだよ。君には感謝してるんだ。久々に起きたからね。それなりに楽しみだよ」
「じゃあ杖をあなたにあげる。そうすればあなたは自由でしょ?」
そうすれば私はこの竜に殺されるかもしれない。けれど別に構わない。元々そのために……
「それもだめだね。君の生命魔力が感じられなくなれば数時間で私を殺すだろうね」
「えっと、じゃあ壊せば」
「それも死んじゃう。というかなぜそんなことを?
自分で言うのもあれだけれど、昔は災厄竜とか呼ばれたこともあるんだよ?そんなすごい私を自由にできるんだよ?」
そんなのどうでもいい。
私の心に死が蔓延っている。速く死にたいだけ。けれど、誰かを殺して死ぬのは、意味がない。私の存在を消して傷つく人を減らしたいのに、誰かを傷つけたら意味がない。
「とりあえず、私は行くから」
泥まみれの身体を無理やり動かす。
またまぶたが重い。動いてるのかわからない。視界がぐらぐらする。寒気も吐き気も。というか地面が近いような……
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