第9話 苦悲


 竜。

 それは子供だって知ってるお伽話の存在。

 たくさんの話に登場するが、中でも街を襲ったり、英雄と戦ったりと人類と戦う話が多い。

 そんな存在が今目の前にいる。


「あ……」


 けれど不思議と恐怖心というものは少なかった。

 デミニウムがいなくなって安心したからだろうか。それとも恐怖心が負荷に耐え切れず麻痺しているのか。

 けれどどうすればいいのかな。私は動いていいのかな。動いた瞬間に殺されはしないだろうか。


「えっと……」

「私を呼び出したのは君かな?」

「え……」


 誰の声だろう、とはならない。

 それは明らかに目の前の存在から放たれていた。竜が喋っている。


「ぁ……」


 急速に意識が薄れていくのを感じる。耳が聞こえなくなっていく。朝からの不調が祟ったのだろうか。竜が何かを言ってるように感じるけれど、何かわからない。

 なんだか視界が横になっている。地面が近い。目が開けれない。身体が動かない。どうして……




 目が覚めてきているのを感じる。それにうまく思考が働いてないのも。もう少し寝ておこうか……けれど何か、何か重要だったような……


「……!」


 そこで思考が覚めた。外。そう私は外で黒い……デミニウムに襲われてそれで……

 そう。みんな死んでしまったんだ。ウレク。コミニ。カトニム。ルオ。どうして……


 それでここは……拠点。どうやって帰ってきたのだろう。記憶が曖昧な気がする。うまく前後がつながらない。


 どうやら私は自分の部屋にいるらしい。誰かが運んできてくれたんだろう。ミリニルアは助けを呼べたということだろうか。

 あとは……竜。あれはなんだったんだろう。夢だろうか。

 とりあえず動こう。私如きが判断していいことなんてない。誰かに話そう。どうなっているのかも。


 痛む身体を無理やり動かす。

 もう春だというのに通路はなんだか冷たい空気が流れている気がした。


「誰もいない」


 普段は誰かしらいる様々な場所につながる中心地点は空白が広がっている。今は夜なのだろうか。けれど夜に灯りがついていたことなんてなかった記憶だけれど。


「ルミ」


 その時、後ろから声がした。

 同じ班で何度も聞いた声だった。よく同じ部屋で話した。笑い合った声がした。


「ミリニルア……!」


 ミリニルアは通路の壁にもたれながらそこに立っていた。

 目の下にはくまが見える。身体も怠そう。だけれど確かに生きていた。まだ1人じゃない。

 少し嬉しくなる。


「……起きてたのね。カトニムとルオはどうしたの?」

「…………デミニウムに、や、やられた」


 絞り出すように答える。空気が一段と冷える。

 怖い。


「あんた……あんたが!」

「ミリ」

「黙りなさい!あんたが死ねばよかったのよ!何であんただけっ……!」


 ミリニルアの目は怒りに染まっていた。私が恐れている目をしている。足が震える。脳が絞られる。きゅうっと音がする。恐怖の足音が走ってくる。


「何であんただけで生き延びれてるのよ!あんな……あんなことができるなら、何でっ……!」

「な、なんの……」


 ミリニルアの話が理解できなかった。目の前の人がミリニルアであるかさえわからなかった。こんな大きな声を出す人だっただろうか。

 何でそんなに怒っているの。私が生き延びちゃいけないの。何が悪かったの。

 そんなことを言いたくて。でも口から言葉は出ない。ただ開いて閉じるのみ。


「とぼけないでっ!竜に守ってもらえてっ!そんなことができるのに!何で……何でカトニムとルオは死んでるのよ!」

「そ……こ……」


 そんなこと、言われても。

 そう言おうとしても声が出ない。


「何でっ!みんなが死んでるのに涙も流さないのよ!何でそんなやつのためにみんなが!」

 

 思考が静止する。何も思考できない。目で見ているはずなのに情報を処理できない。何も感じられない。感じたくない。


「あんたのせいよ!死ね!早く死ね!死んでよ!早く死になさい!」


 目が。怒りに染まる目が。私を。私を見つめている。

 足が動かない。目が開けられない。心臓が。脳が。震え。止まらない。気分が。吐き気が。寒気が。止まらない。


 無理に、身体を動かす。逃げ出す。目の前から逃げ出す。

 通路を走る。逃げる。ただ逃げる。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 どれくらい走っただろうか。後ろを見る。ミリニルアがいないことに安堵する。震えが再発して。歩けない。立てない。

 気付いたら外に出てきている。

 壁を背にしてうずくまる。


「うっ……うぅ……」


 涙が出てくる。悲しみが。止まらない。何でって気持ちが止まらない。


 何で私が生き延びてることに喜んでくれないの。何で私が怒られないといけないの。何で竜はもっと早く現れてくれなかったの。


 胸の杖をつかむ。腕が痛くなるぐらい握りしめる。爪が食い込み痛みを訴える。


「違う……違うよ」


 私がいたから。私がいなければ。もしカトニムとルオの2人なら生きていれた。私なんかがいたから障壁を失敗した。私なんかを庇ってカトニムは死んでしまった。


 私なんかがいるから。私の調子が悪いって言ってついていかなければ。私がウレクとコミニの代わりに黒いのを調べていれば。みんなは助かっていただろう。私なんか。私みたいなゴミがいたから。


 私が生き延びていることを喜ぶ?そんなことするやつがいるわけがない。ミリニルアの反応は当然なんだろう。私は死ぬべきだったんだ。

 でもさ。少しぐらい……


「だから、違うって」


 少しも喜ぶわけがない。ゴミが生き延びて喜ぶ人がいるとでも?

 寒い。寒気が止まらない。足が震える。思考がおかしい気がする。視界が細い。辛い。


 これって私が悪いの。私が悪いの。そうやってまた自己正当化が始まる。そんなこと許されるだろうか。いや、ルオとカトニムは私がいなければ生き延びていたんだ。私がいなければミリニルアが傷つかなくて済んだんだ。私がいなければ。


 消えたい。死にたい。消えたい。死にたい。

 落ち着け。落ち着け私。落ち着いた?いや動悸が止まらない。心臓が、内臓が動いている。


「そう」


 もう誰とも関われない。関われば、相手を傷つける。相手に傷つけられる。怖い。苦しい。死にたい。

 もうダメ。もう無理。もう嫌。もう……もう。誰にも関われない。もう何もできない。もう嫌だ。


 ……アルナなら……もしかして。いやだめ。希望を持つな。また嫌われる。また傷つくだけ。もう戻れない。もう帰れない。もう居場所はない。もう。死ぬしかない。これ以上何かをする前に死ぬしかない。


 持っていた魔導機を見つめる。

 この魔導機は熱。自分に向ければ死ねる。多分。本当に死ねるのかわからない。試したことはないから。


「ぅう……あぁ……」


 だめ。私にはできない。私のようなクズには自分で死ぬこともできない。この後に及んで生きたいだなんて。私みたいな害の塊が生きていていいことなんてないのに。


 涙が止まらない。仲間が死んだって出なかった涙が止まらない。私は私のことでしか泣けないクズ。悲しい。心が痛い。内臓が震えて混ざっている気がする。死にたい。

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