第8話 望み
デミニウムは際限なく増え続けていく。あっという間に、あたりは黒く染まる。どうやら、逃げ道を塞ぎ、ゆっくりと確実に私たちを仕留める気らしい。
「どうする……?」
「まずは俺たちでできることを確認してみよう。俺は錯乱系の魔法ができるが、正直あの怪物に聞くとは思えない」
「同感ね。私の高熱波ブレードを使えばあるいはだけれど。私も役に立ちそうなのは煙幕玉、閃光魔導機、毒弾ぐらいかしら」
「私の魔導機は、熱と障壁と治癒しかない」
明らかに、未知の強大な魔物と戦える装備ではない。
魔導車の乗せれる限界までは乗せてあるが、元々魔導車は人が6人乗ればそこまで他に多くを乗せれるほど容量に余裕があるわけではない。
「あとはミリニルアだけれど……」
「あの様子だと……」
ミリニルアはさっきから天に両手を大きく広げ、膝をついていた。口からは祈りのような言葉を吐いている。
「それより時間がないぞ!どうするか早く決めないと!」
「そうね……全員障壁魔法は使えるわね?障壁魔法で魔導車を守りましょう」
たしかに障壁魔法は使える。使えなくては、外では少しのことで死んでしまいかねない。だけれど、私は魔導機頼りで、魔力も少ない。
「それで?耐え切れたとしてそのあとは?」
「……ミリニルアに頼むしかないわ。あの子の治癒魔法で、この群れを一人で強引に突破してもらうしか。そして彼女に助けを呼んでもらう」
え。
「そ、そんなのできるわけ」
「じゃあどうするの?他に代案があるかしら」
ない。ないけれど、もっと。そんなミリニルアは死んでしまうような。それにミリニルアが逃れてもただ待つだけの。そんなのよりもっと。もっと良い方法が。
「……俺はないよ。俺頭良くないし、つまりここを守ってればいいんだろ?単純で好きだぜ!」
「そう。ルミもないわね?」
ただうなずく。そうするしかなかった。
……いや、そうしたかったのかもしれない。
黒い地面はもう地面とは言えなくなっていた。黒が当たりを覆い、かろうじて空が見えるが、もう向こう側がどうなっているのかはわからない。
残り10mもないだろう。もし地面が見えなくなれば流石に歩き出すことは難しいと思う。
「ミリニルア、作戦聞いてたわね?あなたがいくのよ」
「だから無駄って言ってるじゃない!」
「いいえ!!いいえ無駄じゃないわ!あなたならできる。できるのよ」
ミリニルアの叫びに、カトニムがそれよりも大きな声で対抗する。
その声にミリニルアは明らかに萎縮し俯く。
「そ、そんなの無理……無理だよ」
「大丈夫。これを持って行きなさい。魔導車の魔力貯蔵機よ。これで治癒魔法を使いなさい。いいわね?」
「ちょっとまってよ……カトニムは?みんなはこないの?」
ミリニルアはすごい不安そうな顔だが、私も似たようなものだろう。私はもう何も言えないけれど、不安で仕方がない。ここで死んでしまうという気がして仕方がない。
「あなただけよ。でも大丈夫。いつだってあなたを見守っているから」
「そんな……そんなこと……」
「今、いくのよ!」
「……!」
ミリニルアは走り出した。
出ていく時、悲しそうな、辛そうな、苦しそうな顔をしていた。けれど、勇気を持って一歩を踏み出した。
ミリニルアの魔力が動き出し、自己治癒魔法が起動するのが見える。そしてミリニルアは黒と接触する。
黒はミリニルアの身体を一瞬のうちに包む。もう私たちにはミリニルアがどうなったかわからない。
「それで、俺たちは耐久戦か」
「……えぇ。まぁ精々頑張りましょ!」
「……」
何も言えなかった。そんな希望が持てなかった。
相変わらず思考は死んでいるけれど、どう考えても絶望的ということはわかった。そんなに希望的観測ができない
どうにもここが死に時な気がして仕方がない。
「くるわよ!」
私たちは一斉に円形の障壁魔法を自らを包むように展開する。それはすぐに黒で覆い尽くされる。
死にたいと朝から望み続けていた私の前に強烈な死がいた。
障壁は思ったより効果があった。3人がかりで展開しているというのもあるかもしれないけれど、想像以上に効果があった。
所詮相手は小さい魔物ということなのだろうか。力は弱いのか障壁は破られない。
けれどどちらにしろこのままでは勝ち目はない。いずれ私たちの魔力は来れる。そうなれば食い散らかされて死ぬと思う。
死ぬ?死んで何がいけないの?
つまりあの魔物は、数だけの魔物。
数。それはそれだけで力になる。そのことを真正面から体感している。目の前では黒いものがぐちゃぐちゃという音を立てながら、目まぐるしく動く。これが全てデミニウムなのかな。
けれど思ったより落ち着いている。目の前に死があると言っても、とりあえず今は大したことないからかもしれない。
それとも実感がないからだろうか?ウレクとコミニがやられたのに……
あれから……ミリニルアが走り出してからどれぐらい経ったのだろうか。ミリニルアはデミニウムの群れを通り抜けれただろうか。助けを呼べただろうか。まず私たちを助けてられる手段があるのだろうか。魔力ももうすぐ切れそうになってきた。
ぴしりという音がした。明らかに嫌な音が。
私たちの首がかたかたと動く。
見たくないが、見なければ。
「おい……」
そこには明らかなひびがあった。それは明らかな魔導障壁の綻びだった。
長時間展開の弊害か、魔力残量の問題か。あるいはその両方か。
「まずい……まずいんじゃないのか!?」
黒いものが少しづつ入り込もうとしていた。
少しでも入るとどうなるかなんてことは薄々わかっている。
黒が私たちを飲み込み、もう日を見ることも何かを感じることもなくなる。……それでもいいのかもしれないけれど。
「ルオ、落ち着きなさい!障壁を狭めて再展開するわ。カウント、3、2、1」
カトニムの合図でひと回り小さく障壁を展開する。
展開……したはずだった。
それは何が原因だったのだろうか。朝からの不調?余計な思考?私の能力?それとも誰かのミス?それはわからない。
ただわかることは、障壁がうまく構築されなかったということ。
黒が来る。
「うわぁっ、っ、わっ、このっ!、ぐぃ」
瞬時に障壁を再度展開する。だけれどルオは黒に飲まれた。
死を実感する。また死への恐怖が来る。
けれども、この前よりは薄かった。それよりも、ああなれば魔力を絞り出すこともない。楽になれるかなんて考えてしまう。
「……まだよ。まだ諦めないで」
「はい」
カトニムの目にはまだ希望がある。希望ではなく生への執着と言っていいかもしれない。……私はどんな目をしているだろうか。
私は死にたいのだろうか。
魔導機に魔力を流しながらそんなことを考える。
死にたいならなんで、魔力を流しているのだろうか。
私は生きたいのだろうか。どうしたいのだろう。
しかし視界が悪い。なんだかこんなに視界は狭かっただろうか。凄く寒くなってきた。
「ルミ!」
突然目の前を赤い髪が遮った。カトニムが私と障壁の間に入ったのだと気づいた。
なぜ?どうして?そんなことをしたら障壁が。そんな疑問はカトニムの腹を見ればわかった。
カトニムの腹には黒いものが覆いかぶさっていた。
おそらく、またしても障壁にひびが入っていたのだろう。カトニムだけが気づき、庇った。誰を?私を。死ぬのか生きるのかも決めれない私を。
「はは。だめだったわね」
カトニムは一瞬にして黒く包まれる。
今度こそ絶体絶命。
悪あがきに障壁を再度展開するが、私の魔導機頼りの障壁は弱い。それに魔力も足りない。
「いや。いやっ」
自然と涙が出ていた。死にたくない。知らずのうちにそう思っていた。
まだ好きな人だってできたことがない。まだ好きなことだってしたことがない。まだ、まだ、まだ。
「あぁ……あ……あぁ……」
どんどん私に弱い障壁にひびがはいっていく。
意味もなく後退りをする。後ろにもデミニウムはいるのに。
ただ見えてるものから逃げたい。
障壁の一部が割れる。黒が侵入してくる。
けれど何故だか、すぐは襲ってこなかった。
「やだっ、こないでっ、いや」
誰かの声がする。私の声。みっともなく、泣いて喚いて。
魔導機を使えるほどの魔力はもうない。ずっと首からぶら下げている杖をつかむ。
杖を振り回して、威嚇をする。威嚇になっているかは疑問だけれど。
「せ、せめて……少しでも」
私は残りの魔力を杖に込める。
それとデミニウムが襲いかかってくるのはほぼ同時だった。
そして杖が青白く光るのも同時だった。
次の瞬間、そこには何もなくなっていた。
黒いものはどこにも見えない。
「え、え?」
杖は青白く光る。眩く、目がやかれそうなくらい。けれどそんなことは些細なことだった。
今目の前にいるものに比べれば。
そこには、無数の牙に、二対四翼の羽、身体を覆う鱗、鋭く尖った爪を持つ存在。
「竜」
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