第7話 魔物

 私が組織に入ってからもう、3ヶ月になるのかな。

 ここに入ってよかったと今は思えている。


 陽気でチーム内の雰囲気を向上させてくれているリーダのウレク。彼がこのチームで1番戦闘力が高い。外で魔物にあっても、彼がいればとりあえず安心できる。


 少し乱暴だけれど、周りをよく気にかけているカトニム。彼女は、壁の外からとってきたオーパーツなどを、加工、整備して使えるようにしてくれる。オーパーツから作られた魔導機はそれも強力なのばかりで、私みたいに魔力を流すことしかできない雑魚でも、外で生きていけるようにしてくれる。


 治癒魔術が得意で、物静かなミリニルア。治癒魔法を欠損した腕や脚まで生やして治せる第六段階までつかえる天才。彼女は本が好きで、私とは特に気が合った。一緒に本を読んだりするのはとても心地が良い。


 あまり言葉を発さないが、うまく輪に馴染んでいるコミニ。探知魔法に、外についての知識も豊富で、魔物の特徴をすぐ言い当てるし、危険な植物や通らないほうがいい道などいろんなことを知っている。彼にはここにきてすぐにいろいろ教えられた。


 1番元気がよく、やる気もある私の監視役ルオ。もう元と言ってもいいのだろうけれど、特段あれから解除された話は聞かない。彼は妨害系の魔法が得意で、私達の姿を隠したり、相手の行動を阻害したりできる。私を除けば、1番新入りらしく私という後輩が出来たのを結構喜んでいるらしい。


 私はこの人達といろいろな任務をこなした。

 任務地はだいたい外だった。

 どこそこの魔物を討伐するだとか、オーパーツの回収だとか、いろいろこなした。私ができることは少なかったけれど、言われたことをこなしていた。仲間がいればなんとかなった。


 他のチームは、私達のチームとは活動時間の差からあまり合わなかったけれど、たまに話すぐらいには馴染めたと思う。


 言うなれば慣れてきたと言ってもいい。ここの生活に。

 ここの生活はとても心地が良い。少々も不満はあっても、前の生活に戻りたいと思うことは少ない。


 けれども、未だに死にたくなることがある。なぜだろう。何故だかわからないけれど、死んだほうがいいって気持ちが離れない時がある。それから逃れたくて、必死に寝ようとするけれど、そういう時に限って寝付けない。すごく眠いのに寝れない日がある。


 今日はそういう日だった。そんな日は何もやる気が起きない。何もできると思えない。けれど、今日は任務の日だった。

 新入りで能力のない私がそれに反対できるわけはない。調子悪いとはいうけれども、同時に大丈夫ともいう。


 これまでもこういう日はあった。けれど、まぁなんとかなった。だが今日は何が違う気がする。前も同じことを考えていたような気がするけれど。


 魔導車にのり、拠点から7番通路を通り、外に出る。

 なんだか色が判別できない。こんな白っぽい色だったっけ。


「今日はCの718.452付近の魔物の討伐だ。昨日行った通り、白いガルバイエ種が目標になる!みんな準備はいいな!?」

「おー!!」

「当たり前じゃない!」

「もちろんです」


 何かを言っている。それに私は何かを返している。自分が自分じゃないみたいに動く。何もすることなく外を眺める。青いような赤いような緑のような白いような景色。


 視界が曲がって反転してるような気分になる。吐き気をとても感じる。魔導車はほとんど揺れていないのに、脳が揺れている。


 それからも体調が戻ることはなかった。それに少しのミスが多かった。

 普段なら踏まないような魔物の罠を踏んで、魔物に襲われた。強くはない魔物だったけれど、そんなミスをすることはほとんどなかったのに。

 目標の白いガルバイエ種を倒すときも、少し魔導機に魔力を込めるのが遅れたり、後ろから小さな魔物に気付かなかったり、なんというか、別にそのミスで何かが変わったわけではないけれど、確かなミスをしている。

 早く帰って休まないとまずいかもしれない。


「うん?なんだあれ」


 ウレクが討伐した魔物の死体を燃やしている時に右の方を指す。私は、だるさを感じながら一応見ると、そこには地面が黒くなっていた。ただ一部の地面が不自然に黒いだけで特段危険はなさそうだけれど。


「コミニ、わかるか?」

「……わからない」


 コミニでも知らないものがあるのか。

 じゃあどうするのかな。私としては早く帰りたいが、不思議を不思議のままで済ませていいのかな。


「一応見にいくか。コミニ、一緒に来てくれ。残りのみんなは魔導車で待機だ」

「すぐ帰ってきてね。私お腹空いてきたわ」


 ウレクがコミニを連れて、黒い方に向かっていく。

 私はそれを目で追いながら、魔導車の後部座席に乗る。


「大丈夫かしら……?」

「あの二人なら大丈夫よ!」

「そうだぜ!ミリニルアは心配性だな!」


 二人が黒いところの半径数メートルぐらいには近づいた瞬間、2人は踵を返して走り始めた。

 血相を変えて、何かに怯えながら走っているように見える。


「どうしたのかしら」


 カトニムがそう言った時だった。黒い何かが2人を包んだ。


「おい!」

「きゃっ」

「え」


 2人を飲み込んだ黒い何かは、頭ということを理解した。地下に埋まっていたのだろうか。雄大にその身体が持ち上げ、全体像があらわになる。

 それは巨大な蛇に、8本の手の生えた触手が生えたようなものになっていく。頭には赤い模様が走っている。そいつの目と私の目が合う。あった気がした。


「あ……あぁ……!」


 隣ではミリニルアが何かをうめきながら、頭を抱え出す。

 明らかにまずい。ただまずい。それだけがわかっていた。


「カトニム!車を出せ!」

「わかってるわよ!」


 ルオの叫びが前から聞こえる。

 魔導車がエンジンの音共に走り出す。それと同時に、蛇のような黒い何かも動き出す。


「え、ウ、ウレクたちはどう……」

「何言ってるのルミ!もうあれじゃ助からないわ!」


 その言葉を咀嚼するのに、少し時間を要した。

 ウレクとコミニは死んだ。つまりそういうこと。そうじゃないにしてもこの状況ではそう断じるしかないということ。


「あはははは」

「ミリニルア!?おかしくなったのか!?」

「もうダメよ!もう私達は助からないわ!ははは。こんなとこで私の人生終わるなんてね、ふふ」


 ミリニルアは人が変わったように、声を出して笑っていた。笑い声が我慢できないかのように。笑うしかないように。


「ミリニルアは奴が何か分かってるの?」

「ふ、ふふ、えぇ知ってるわ。デミニウムよ。デミニウムは群生型の生物よ。教典読んだことないの?五大魔物の一体よ。伝説上の魔物だと思っていたけれど、こんなところで会うなんて、はは」


 たしかミリニルアはカトレイウス教の信徒だったっけ。しかし群生型の魔物?一体しか見えないけれど。


「じゃあどうする!?どこに逃げる!?」

「だから逃げても無駄なんだって!」

「あきらめないでミリニルア!まだ何か策はあるはずよ!」

「そ、そうだよ。あの巨体だし、狭いところに逃げるとか……」


 カトニムに続いて私もミリニルアを励ます。

 そうしている間にも、デミニウムは近づいてきている。黒い何かを撒き散らしながら。


「……何言ってるの?デミニウムは群生型って言ったでしょう?小さな形になるだけよ」


 ミリニルアは私に何もわかっていない赤子を哀れむような目を向けながらそんなことを言う。……なんだかいつものミリニルアと違う。


「はぁ……つまりあれは、小さなデミニウムが集まってあの姿をとっているのよ。あれ自体が群れなのよ」


 ぎょっとした。つまり、あの時地面が黒く見えたのも、デミニウムがいただけなのか。びっしりと。それこそ地面が見えないぐらい。


「おい!何か飛んできたぞ!」


 ルオが叫ぶ。見れば、黒い塊が、デミニウムから発射されていた。発射するたびに黒いものがぽろぽろと落ちる。多分あれもデミニウムなのだろう。何体かのデミニウムを犠牲にして、大量のデミニウムを発射したのだ。


 黒い塊は魔導車の前方に着地する。わらわらとそれは膨れ上がり、デミニウムの形をとる。

 小さな生物がどんどん増えながら、その形を作っているのが見えた。ただ気持ち悪かったが、それよりやばいという気持ちが湧いた。

 おそらく正面戦闘になれば私たちに勝ち目はないだろう。ウレクとコミニが一撃でやられたのなら。


 3ヶ月ぶりの死がそこにはあった。

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