第3話 助け
女の人はどう見ても強そうじゃなかった。
動きやすそうではあるけれど、かなりだらしない服装だったし、髪もボサボサに見える。
現状が変わりそうな感じがしない。
けれど、多分この人が私を助けてくれんだろう。あのせまりくる巨大な氷をどうにかしたんだと思う。
一見魔導機を持ってるようには見えないけれど、自力の熱だけでレジストしたのかな。
「おいおいおい。また増えるのかよ。面倒だな。本当に何やってるんだ?」
「それは、この人のことかなぁ?」
「いっ」
つい、声が出てしまう。
それはどう見ても人間だった。けれど、血塗れだったし、手足はあらぬ方向を向いているし、痛々しくて目を背けたい。
けれど、どこにあったんだろう。そんなの持ってるようには見えなかったけれど……
「……ジャムがやられたのか。なるほど通りで連絡がこないわけだ。また薬でもやってるのかと思ってたが……」
「君、お喋りだねぇ。いいねぇ、黙ってるよりは好きだよぉ」
女は筋力があるようには見えないのに片手で男を掴み、道端に放り投げた。
男は少しも反応しない。多分、多分だけれど、死んでるのだと思う。
「ひっ、は、ふ、ひ」
それが誰の声なのかわからなかった。私の口から出たものだと理解するのにも、数秒かかる。思考が鈍い。
怖い。ただ怖かった。さっきまでは死んでもいいかとも思っていたけれど、少しの安全と、目の前の死がまた恐怖を呼び覚ます。
静寂。
そして、冷気が広がる。さっき私に向けられたものとは比較にならない大きさの氷が氷柱の形をして出現する。
それらは高速で、私に迫る。つまり目の前に立つ女の人に迫る。けれど、それらが当たることはない。
何故だか女の前で全て消えていく。
「ちっ」
氷使いの男は舌打ちをして魔導機を手放し、懐から別の円形の魔導機を取り出す。
「え、それはまずいよ」
瞬間、女は目の前から消えていた。
もうそこからは私の目では何もわからない。
わかるのは凄く寒くなったこと。たまに氷が見えること。黄色とか赤色の光が見えること。そして、女が勝ったであろうこと。
数十秒後には、女が1人で私の方に歩いてきていた。傷一つない。相変わらず特に覇気のようなものは感じない。全く強そうじゃない。
けれど多分強い人なんだろうとはわかっていた。魔導機による攻撃をレジストするのはすごい難しいって本で読んだことがある。
まだ恐怖は止まらない。これからこの女に何をされるかはわからない。ひとまず氷使いからは助けてくれたみたいだけれど、味方かどうかはわからない。
殺す派と拷問派みたいな感じかもしれない。それなら死んだ方が良かったかもしれない。
逃げた方がいいのかな。けれど命の恩人……ってことになるんだよね。失礼かも。それにここで逃げても何かあるわけじゃないし……
「あ、大丈夫だったぁ?流れ弾には配慮したつもりなんだけれどねぇ。私そういうの苦手でさぁ。で、君は誰かな?私はアルナ、よろしくぅ!」
そう言ってずっと座り込んだままの私に手を差し伸べてきた。畳み掛けるように話す人みたい。入り込む隙がなかった。
「えっと、怪我は多分大丈夫です。その、助けてくれてありがとうございます。私は、ルミって言います」
「ルミちゃんかぁ!いい名前だねぇ!」
「いや別に……」
アルナはフレンドリーすぎる。友達が多いわけじゃない私には、このテンションは疲れそう。
それにいい名前なのかな。両親がつけた名前……別に嫌いなわけじゃないけれど。
「うーんっと、ルミちゃんは何してたのかなぁ?もう……2時だけどぉ!とりあえずもう帰った方がいいよぉ?さっきみたいな怖いお兄さんがいるからねぇ」
「いやでも、その、帰る場所なくて、その」
「あれ、そうなの?家出かい?」
「いや、なんというか」
あれは家出なのだろうか。自分の意思ではないし、家出ではないような……
「追い出された?みたいな?感じです……かね?」
「ほーなるほどねぇ。じゃあどうしようかね」
どうしようって、どうしようもないと思うけれど……
私にはなんの価値もないし、そんな人を一時期にならまだしも、長期的に助けるなんてしてくれるわけがない。でも、正直、期待していないといえば嘘になる。
明らかに非日常の世界だし、何が起きないのかなと。私には隠された力が見つかって、みたいな。
「うーん。うーーん。うーーーん。まぁ、いっか。じゃあとりあえずついてきてれるぅ?とりあえず、今日は私の取ってるホテルに泊めてあげるからさぁ」
「え?いや、その、え?」
ホテル?え?いいの?そんなの。
「あ、いやだったぁ?じゃあえっと」
「いやいやいや、嫌じゃないです。はい。そういうことなら、その、ありがとうございます」
「いいのいいのぉ。じゃあいこっか」
でもホテルってこれからいくの?この近くにホテルなんてあったっけ。
アルナが私の手を握る。
なんだろう。迷子になるとでも思ってるのだろうか。何もできないクズとはいえ、こんな何もない場所で迷子になるわけないのに。
「手離さないでね」
「え?あ、はっぅ」
そこから先は言葉にならなかった。視界が反転しているのか、後ろを向いているのか、それとも前を見ているのか。ただ不思議な感覚で。
「おえぇ」
視界が安定した時には吐きそうだった。
気持ち悪い……というか何?何が起きたの?
「大丈夫?まぁでもついたよぉ」
「え」
そこは、どう見てもどこかの一室だった。というかホテルの部屋なのだろう。
どういうことなのだろう。瞬間移動?でもそんな魔法あったっけ。というかそんなのあっても、明らかにとんでもない魔力量いるし……
「今日はもう遅いしぃ。お風呂入って寝ちゃおっかぁ。服は私のやつあげるからさぁ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「うんじゃあ先入るからぁ」
そう言って、アルナは風呂場の方に行ってしまった。
「はぁっ」
緊張の意図が切れたかのように、ついその場に座り込んでしまう。自分で思ってるより怖がっていたのかな。
でも、とりあえず、今のところアルナは私を殺そうとはしてないし、とりあえず助かったってことでいいよね。うん。
明日のことは明日の私に任せよう。
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