十五
ガランとしてしまった家。あの頃は母と二人だったが、賑やかで楽しかった。誰がこの家を、家族をこんな風にしたのか。
綾川家への恨みは変わらない。しかし、藤乃も被害者の一人。
常に心のどこかで藤乃を巻き込もうとしている事に疑問が生じる。
本当の相手は誰なのか。
一体誰が全てを奪ったのか。
夕方、車は龍也の実家を出て綾川家の屋敷に向かって走り出した。
真由は、藤乃が遊びに行った翌日に学校を休んだので、浩三に叱られでもしたのではないかと心配していた。
浩三の厳しさは母歩美から聞いた事がある。孫娘を監視する為に、幼稚園の頃から移動は全て自家用車。何処へ行くのも何をするにも浩三の許可が必要。
なんて酷い生活なのだろう。
ところが、
『昨日はありがとう。楽し過ぎて疲れちゃったみたい。次は真由の行きたい所へ行きましょうよ!』
藤乃からのメッセージは元気いっぱいだった。
良かった!
真由は喜んで返事をした。
『大阪、絶対に行こう! 詳しくは明日、学校で決めましょう』
『絶対に行きましょうね!』
真由は別の心配が頭をもたげてきた。
お祖父様、厳しい方なのよね、確か。
『お祖父様、許して下さるかしら』
要らぬお節介かとは思ったが、藤乃が浩三に反対されたりして喧嘩になったら可哀想だと思った。
『大丈夫、平気よ!』
藤乃からの返事に安心したものの、今度は自分は親から許してもらえるのかが気になり始めた。
大阪行きの計画はトントン拍子に進んだ。
新幹線とホテル、そして入場料がセットになったツアーを三人で申し込んだ。
美々子は父親にねだって、真由は貯めていたお小遣いで旅行代を捻出した。
藤乃は、「秋になれば大学への内部進学試験が行われる。試験勉強の息抜きに友達と旅行へ行きたい」、浩三にはそう話した。
もし、浩三が反対しても行くつもりで支払いも長く貯め込んだお小遣いでするつもりだったが、反対はされなかった。
「楽しい思い出を作って来なさい。事務所の人達に土産を忘れない様に。帰ってきた日に持っていくんだぞ」
浩三は満面の笑みで、財布から札束を出した。
もしかしてディズニーランドへ行く事も、正直に話していれば祖父は許可してくれたのかもしれない。どうして嘘なんてついたのだろう。
嘘がバレる方がリスクが高い。
「大丈夫ですよ。藤乃様がディズニーランドへ行かれたのを知っているのは私と一緒に行ったお二人だけですから」
でも、もし、久城歩美が祖父に何か言ったら?
知ったところで、きっと今なら大声で咎められる事もないだろう。そう確信はしていても、胸の奥の方で何かがうごめいて不安になる。
こんな事なら、初めから話せば良かった。
気持ちが不安になると、藤乃は龍也を求めた。抱かれると、不安な気持ちは暫くの間なりを潜める。
そして、龍也は必ずその求めに応じた。
藤乃は身体の変化に確信を持った。
この屋敷の中にはまだ気付くものはいないだろう。
藤乃の計画は、藤乃の身体の中でも着々と進んでいた。
大阪へ行く日がじわじわ迫って来た。
余程楽しみにしているのか、真由からは毎日のように大阪でのスケジュールについて書かれた『旅のしおり』が渡された。余りに改訂版が渡されるので、どれが最新版なのか分からなくなるほど。
一緒に行く事になった美々子も、楽しみ過ぎるのかガイドブックを次々と藤乃に送って来た。
メッセージアプリの通知数は日に日に増え、使い始めたばかりだった藤乃もすっかりと慣れてしまった。
真由や美々子との、そんなたわいもないやりとりが本当に楽しかった。
新しい生活は、とにかくだ楽しいが忙してく時間がなかった。
勉強を疎かにしてしまって内部進学を逃せば何の為に転校したのか意味がなくなってしまう。
と言うのは表向き。
実際の目的は久城真由と、仲良くなる事だったので目的は達成してる。
二人との仲が縮まれば縮まるほど、自分の半分について知りたくなった。
美々子の父親は創業家の生まれだし、真由の父親は母歩美の秘書をしている。
藤乃の父親は……。
一体どこで、何をして生きているのか。想像しただけでおぞましかった。
やっぱり私は2人とは違うの。
急に美々子と真由を遠い人の様に感じ始めた。
大阪行きを翌週に控えた週末。
少女三人は旅行に必要な物を買いに街へと繰り出していた。
「ね、お揃いのパジャマにしようよ!」
美々子の提案だった。
「賛成!」
「楽しそう」
三人はサテン生地で作られたイチゴの柄のパジャマをそろいで買った。
若い子で溢れているケーキ店の営むカフェ。
三人は疲れたので甘い物を補給しなければ、と飛び込んだ。
「ね、大阪にも制服持っていこうよ!」
これを言い出したのは真由だった。
「交換とかしてみるのも楽しそう!」
美々子も楽しみで仕方がないのか、声のトーンがどんどん上がっていった。
藤乃が大阪に行っている間、龍也は数年ぶりにまとまった休みを取る事にした。
「母の墓参りにでも行こうと思っております」
龍也は、周りにそう告げた。
家政婦長の和子が、お供えを龍也に持たせた。
「あの子に供えてあげて」
「ありがとうございます」
龍也は神妙に受け取った。
「本当に立派になったわね。あの子もきっと喜んでるわ」
藤乃との事は、和子の胸にしまっておくつもりだった。騒ぎになって自分が叱られたりするのも嫌だった。
「だと良いのですが」
若いころの母を知る和子にそう言われると、本当にそんな気がした。
「でも、山岡君もいい加減よね」
「もう、その事は……」
龍也は言葉を濁した。
「自分の息子が目の前にいて気が付かないなんて、酷すぎるわよ」
秘密の多い政治家の屋敷で家政婦長をしている和子の口も流石に限界かもしれない。
「長く会ってなかったですからね、でも、そのうち気が付きますよ」
龍也はそう言って、母親そっくりな笑顔を和子に向けた。
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