十四

 翌朝、藤乃はいつもより少し早く目が覚めた。

「シャワーで、汗を流して行かれた方がいいかも知れません」

 龍也が少し微笑んで言った。

 そう言われて初めて、昨夜夕食後に寝てしまったのだと気付いた。



 濡れた髪を龍也が乾かしてくれた。

 時々肌に触れる龍也の指に、藤乃はどきっとした。

 身体が龍也を求めてた。

 そんな気持ちのまま登校するのは気が重かった。それに、少しでも早く行動に移さなければ、間に合わなくなる。

「今日は学校に行く気分になれないわ……」

 車が屋敷を出て数分経った頃、藤乃はミラー越しに龍也の顔を覗き込んだ。

「では車をお屋敷に戻しましょうか?」

 龍也は驚き、車を路肩に止めた。

「二人きりになりたいわ。誰の目も気にしなくていい場所で」

「藤乃様?」

 龍也は藤乃の言わんとする事を察した。

「しかし、学校はどうされますか?」

「お休みするわ」


 藤乃は真由にメッセージを送った。

 真由から直ぐに返事が来た。

『昨日、はしゃぎ過ぎて疲れた? ノートは取っておくからゆっくり休んでね』

『そうかも、ありがとう』

藤乃はそう返したが、その表情は無だった。


 龍也は車を走らせながら、向かう場所について思案していた。こう言う場合ラブホテルが良いのだろうが、藤乃は制服姿だ。それに、この車は綾川家の車でマスコミに気付かれる恐れがある。

「私に思い当たる場所がありますが、そこで良いですか?」

「ええ」

 龍也は車の進路を変えた。



 そこは住宅街のはずれにある一軒家だった。

 一階がシャッター付き車庫と玄関と言う、三十年近く前に多く建てられた間取りの家だった。

 龍也は車を車庫に入れシャッターを下ろしてから、藤乃を車から降ろした。

「ここは?」

「私の実家です」

 龍也はそう言うと、家の中へ通じるドアを開けた。

「ようこそ、わが家へ」

「お邪魔します」

 家の中は、人の気配が微塵もしなかった。

「もう、何年もこの家には人は暮らしていませんからね。いつでも、ここで生活が出来るように、定期的に清掃業者を入れているので綺麗ですよ。さ、こちらへ。狭いですが」

 車庫に繋がっていたのは玄関で、一階にはキッチンとリビング、そして浴室。

 二階には居室が四部屋ほどあるようだった。

 藤乃を通したのは、龍也が自室として使っていた二階の部屋だ。

 デスクとベッドが置かれているだけの部屋だった。

 藤乃は通されたものの、どこに座れば良いのかわからず立ち尽くしていた。

「椅子を持って来ましょう」

 龍也が慌てて椅子を持って来た時には、藤乃はベッドに腰掛けていた。

「さて、如何いたしましょうか」

 龍也は自ら持って来た椅子に座った。

「このお部屋は?」

「私の部屋ですよ。大学時代はここで暮らしておりました」

「ご家族は?」

「何だか質問責めですね」

 龍也はそう言って、藤乃の隣に座った。

「ごめんなさい。嫌いにならないで」

 藤乃は龍也顔を見つめた。

「そんな訳ないですよ」

 龍也は藤乃を抱き締めた。

「私ね、本当に龍也が好きよ」

「ありがとうございます。私もです藤乃様……」

 龍也の唇が、藤乃の首筋を這い始めた。

「良いですか……?」

 龍也が耳元で囁いた。

 藤乃が頷いた。

「制服は脱がないと、シワになってしまいますね」

「大丈夫よ。優秀な執事さんがシワを伸ばしてくれるわ」

 藤乃はそう言って、龍也の唇に吸い付いた。

 制服姿の藤乃に、龍也はいつも以上に興奮している自分に気付いた。

「そうですね」

 そう言って、藤乃のスカートの中に手を滑り込ませた。藤乃はすっかり湿っていた。

「藤乃様、ほら、もうこんなに」

 そう言って龍也が下着の上から藤乃を弄び始めた。


 

 龍也が目を覚ますと隣で藤乃が軽い寝息を立てており、時間は正午を過ぎた頃だった。

 眠ってしまったのか。

「ん……」

 藤乃も目を覚ました。

「もぅ、お昼ですがどうされますか?」

 そう言って藤乃を抱き寄せた。

「ん~お腹が空いたわ……」

 藤乃が龍也の胸に顔を埋めた。



 シャワーを済ませると、龍也が手配した宅配ピザが届いたところだった。

「これが宅配ピザなのね!」

 藤乃は目を輝かせてピザに噛り付いた。

「いかがですか?」

「とっても美味しいわ!」

 このキッチンで誰かと食事をするのは何年ぶりだろうか。

 龍也は鼻の奥がツンとしたのを藤乃に悟られない様、慌ててピザを頬張った。


「この家は、私が七歳まで暮らした家です。父は仕事で殆ど家には帰らず母と二人暮らしの様なものでした。六歳の時、両親は離婚して、本当に母と二人暮らしになったのですが、翌年母が体を壊したので、ここを離れました。当時は知らなかったのですが、この家は母名義だったので、母が亡くなって私の名義になっています」

 お腹も満たされ、窓から差し込む午後の陽を見ながら龍也は言った。

「お父様は今何をされているの?」

「さぁ、知りたくもありませんね」

 これ以上聞いてはいけない。

 そう悟った藤乃は、龍也の手を取った。

「ごめんなさい、込み入った事を聞いてしまって」

 今まで何人かの女と関係を持った事はあるが、藤乃の様な女は初めてだった。

 中には根掘り葉掘り聞き出そうとする女もいた。

 大丈夫、貴方には私がいるわ。そんな事を言った女も、なかなか心を開かない龍也に愛想を突かせたのか去ってしまった。

「いえ、お気になさらないで下さい。さて、これからどうしますか? まだ数時間ありますが」

 屋敷の者達は藤乃が学校に行っていると思っているので、いつもの時間までは屋敷に戻る事は出来ない。

「じゃぁ、そろそろ始めましょうか」

 龍也は、藤乃の目に綾川浩三にソックリな鋭い光を見た。



 昨日、ディズニーランドでの時間は確かに楽しかった。

 楽しかったからこそ、藤乃は気付いてしまった。この楽しい時間を本気で楽しめていない自分に。

 美々子と真由は本当に自由で楽しそうだった。

 母があんな辛い目にあって産まれた自分が、楽しんで良いのだろうか。時間を追う毎に、罪悪感が増しただけだった。

 私は一生このままなのかしら。

 自由な二人が恨めしかった。そしてそんな自分が嫌になり、その自己嫌悪が久城家への怨みへと変わるのにそう時間はかからなかった。

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