第三章
十一
数日後藤乃は、学校にも戻った。
誰が流したのかは不明だが、藤乃が退学するのでは思われていたらしい。美々子は藤乃の顔を見ると、泣いて喜んだ。
「ちょっと具合が悪かったの。ごめんねミミ」
「連絡もないし、本当に心配したんだから!」
泣かないでミミ。
私はミミに泣いて貰えるような人間じゃないの。私の半分は犯罪者の血なの。
そう言って一緒に泣きたい気分になってしまった。
「本当にごめんね。通学の電車。大丈夫だった?」
通学の事に触れると、美々子が恥ずかしそうに顔を赤くした。
「うん、大丈夫よ。毎日、あの、ほら、あの時の大学生が……」
なるほど。
藤乃が大人の階段を一気に駆け上っている間に、美々子は少女の階段を一段ずつ確実に進んでいたのだ。
その日の放課後、迎えに来ていた大学生に美々子を引き渡し、車に乗り込むと穏やかに微笑み龍也に行き先を告げた。
「議員会館までお願い。」
「え」
龍也が驚くのも無理はない。今まで藤乃自ら議員会館の浩三をわざわざ訪ねる様な事はなかったのだ。
浩三を避ける事はあっても、わざわざ会いに行くとは。
「山岡さんには伝えてあるから大丈夫よ」
藤乃には何の気負いもなかった。ただ、自ら決めた事を伝えるだけなのだ。出来れば多くの人の前で伝えたかった
そうすれば、浩三も無下に反対したり怒鳴ったり出来ないだろう、祖父浩三とはそう言う人物だ。
藤乃が一番分かっている。
「分かりました。」
車は綾川の屋敷ではなく、議員会館へと向かって走り出した。
山岡の案内で、議員会館の浩三の部屋にやって来た。
龍也は車で待機している。ここに来るまでの間、龍也から何か聞かれるかと思っていたが、龍也が何か質問をする様な事はなかった。
「どうした、藤乃。ここへ来るのは初めてだだろう。」
浩三は回りの目を気にしているの、和かに藤乃の迎え入れた。
議員執務室には、何か陳情でもしに来たのか見覚えのある支援者がいた。
「ごめんなさい。お客様だとは知らずに……。」
山岡が少し驚いた顔をした。
藤乃は山岡から来客中である事は聞いていたのだ。
「いやいや、かまいませんよ。藤乃ちゃん、すっかり美人になって」
予想外の藤乃の来訪に、支援者は満更でもなさそうだ。
「そんな事、ありませんわ。」
少し頬を紅くし照れた様子で支援者に答える藤乃の姿に、浩三も機嫌を良くしている様子だった。
「で、どうしたんだ藤乃」
「あのね、この前お祖父様が仰ってた事なの」
「私が藤乃に何か言ったかな?」
怪訝そうに藤乃の見つめる浩三の目は、余計な事をここで言うな、と語っていた。
「私、聖女学院に転校したいの」
「転校して、どうするんだ。もう三年生で卒業まで一年もないだろ」
浩三は、訳が分からないと言う顔で藤乃を見ていた。
「聖女学院から聖女学院大学に進んで、お祖父様の跡を継ごうと思います。」
一瞬の静寂。
浩三と山岡は、驚いて声も出ない様子で、最初に口を開いたのは支援者だった。
「これは、目出度い瞬間に立ち会えた。他の支援者も大喜びですよ、浩三先生!」
支援者は手を叩いて喜んだ。
「そ、そうか。やっと決意してくれたか。いやね、随分前から考えてはいたんですよ」
ははは、と浩三は乾いた笑いをし、山岡の手は震えていた。
「決心したので、少しでも早くお伝えしたくて。お忙しいのに申し訳ありません。では、失礼します。詳しい事は家で……」
藤乃はそれだけ言って執務室を出た。
「藤乃ちゃん、本気なの?」
慌てて跡を追って来た山岡が言った。
「もちろんよ。あ、そうだ。私、連休にお友達御一家と旅行に行くので留守にしますって、お祖父様に伝えて下さい」
山岡に何も言わせないよう、藤乃はそれだけ行って議員会館を後にした。
あの夜から、龍也は藤乃に求められるままに藤乃を抱いた。十九歳の身体は抱けば抱く程、甘美になって行った。
藤乃は、旅行先で聖女学院に転校する事を美々子に伝えた。
美々子は泣いて反対したが、
「お祖父様の後を継ぐ為には、仕方がないの……」
と、藤乃は視線を落として見せた。
自分の意思ではなく、浩三に無理矢理転校させられるかの様な印象を、美々子に与える事に成功した。
「あと一年もないって言うのに」
「聖女学院大学に進学するには外部受験よりも内部の方が良いからって」
「そうよねぇ、政治家になるならウチよりも、聖女学院よね。でも、ウチだって久城歩美が出てるのに」
がっかりと肩を落とす美々子の姿に藤乃の決意が揺らぎそうになった。
「離れても私たちは親友よ」
美々子は、そう言って藤乃を抱きしめた。
だめよミミ私に触れないで。私の身体には卑しい者の血が流れているの。
「あれ?」
美々子が藤乃の身体を離した。
「なに……?」
「何か急に女らしくなった? え? もしかして!?」
美々子の言葉に、身体中を這う龍也の唇と舌のそして手の感触が蘇った。
「図星! 藤乃、顔が真っ赤よ!」
「そんな事ないわよ」
「隠さなくて良いのよ。私も彼ができたの!」
美々子の告白に、藤乃はほんの一時全てを忘れて少女らしい時間を過ごした。
全てが終われば、美々子の元へ帰って来たい。
三年のこんな時期に、転校生なんて珍しい。
久城歩美の娘久城真由は、渡り廊下を教師と歩く転校生を教室から目で追っていた。
聖女学院はそんな簡単に編入出来る学校ではない。
それに、学籍に空きが出来たとも聞いていない。だとすれば、相当の学力と相当の権力を持つ者。
謎の転校生に、真由は興味を持った。
教室に踏み込むと、一斉に少女達の視線を浴びた。
「綾川藤乃です。よろしくお願いします」
藤乃はゆっくりと頭を下げた。
大丈夫、声は震えてない。ここまで来たら進むだけ。進んだ先に何が有るかなど、藤乃には無意味な事だった。
真由は一組、藤乃は二組だった。
急いては事を仕損じる。
藤乃は最初の一週間を、学院に馴染む為だけを目標とした。
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