九
九城歩美は、活発で物怖じしない性格。
綾川冬子は、内向的で慎重な性格。
何事も突っ走ってしまう歩美を、冬子がたしなめる。つい誰かの後ろに隠れようとする冬子を、歩美が背中を押し出す。
性格は真反対なのに、お互いを親友と呼んでいた。美しい青春時代だった。
そんな二人も桃美女子大を卒業したその日から、道は別れた。
歩美は母紀子と共に議員である父親の秘書として勤め始め、冬子は大学院へと進学した。
冬子の進学は、浩三を激怒させた。
「九城の娘は父親の秘書になったというのに、お前はまだ呑気に学生を続けるつもりなのか」
浩三は、冬子に地盤を継がせるか、地盤を継げる男を婿に取らせたかった。
「お父様、私は歩美のように社交的でないので、政治の世界は向いておりません」
冬子は研究職に就く事が将来の夢だった。
「久しぶりに食事でもしましょうよ」
大学を卒業して一年が経った頃、二人は会う約束をした。
誘って来たのは歩美の方だった。冬子は浩三の嫌味を聞き流しながら大学院生を続けていた。後一年大学院に残り、許されるのならば学びの場を海外にも広げたかった。
歩美が予約したのは、個室のある高級レストランだった。
どんな話をしたのか、今となっては知るのは歩美だけだ。
「食事を終えて店を出たのは午後八時頃だったそうです。そして、午後十時久城家に手紙が投げ込まれたのです」
『娘は預かった。助けて欲しければ、例の件から手を引け』
手紙を見つけたのは、歩美自身。
九城家に娘は、歩美一人だけだ。
悪戯。
政治家の家に、こんな脅迫めいた手紙が届くのは珍しい事ではなかった。
その頃綾川家では、午後十時を過ぎても帰らない冬子を家政婦の和子が待ち続けて居た。
流石に遅すぎる。
レストランを出て、歩美と別れた午後八時過ぎ一度冬子から「これから帰る」と連絡を受けたが、それっきりなのだ。
冬子の携帯電話を鳴らしてみるが、電源が切られているのか繋がらない。
「和子さんから連絡を受けた私が久城家へ問い合わせて、初めて事件が発覚しました」
歩美から手紙の事を聞いた山岡は、浩三に直ぐ報告をした。
「なにをやってるんだっ! 直ぐに久城の家へ行け! マスコミだけには気付かれないようにしろよ」
山岡は歩美の案内で、裏口から誰にも見られず久城家に入る事が出来た。
「これです」
歩美から受け取った手紙は、新聞記事の文字を切り抜いて作られた、ありきたりな物だった。
「私、冬子が帰ってない何て知らずに、悪戯だと思って……」
歩美の手は震えていた。
「他に何か連絡は」
「何も……」
歩美はぐったりとソファに座り込んだ。
「警察に届けましょう」
歩美が電話に手を伸ばしたのを、山岡は慌てて止めた。
「ダメです。まだ事件と決まったわけでもないですし、騒ぎになると大変ですから」
山岡の言葉に歩美の形相が変った。
「あなた! 何を言ってるの! 冬子が誘拐されたのかもしれないのよ!」
山岡は、歩美の目をジッと見て静かに言った。
「冬子様は、歩美様と間違えて誘拐されたのかもかもしれません」
歩美の表情が恐怖へと変った。
「お、お父様に連絡しなければ」
歩美は慌てて父武志に電話をかけた。
状況は何も変わらないまま、朝を迎えた。
空がすっかり明るくなった頃、久城武志の一番若い秘書村井勝也がやって来た。
勝也は投げ込まれた手紙を見せられると、
「例の件と言うのは、今先生が追及している収賄事件の事、ですよね……」
そう言って、勝也は考え込んでしまった。
「村井さん、警察に届けた方が良いわよね……」
歩美が勝也にすがるように言ったが、勝也は首を横に振った。
「ダメです。相手が見えません」
「そんな……」
「この件が落ち着くまで、自宅待機する様に先生がおっしゃっていました。大丈夫です、私がそばにおりますから」
そう言って勝也は、歩美の手を握った。
「この事件の後、この二人は結婚するのですが、今思えばこの頃からお付き合いがあったのでしょうね。そして、その日の昼、私が浩三先生に呼ばれて久城家を離れている間に、今度はビデオテープが投げ込まれました」
「それが、あの動画の?」
「いえ、あれば後に何度か送られて来た物をを繋ぎ合わせた映像です」
知らせを受けて、山岡が久城家に駆け付けた。
「コレです」
勝也がビデオテープをデッキに入れた。
そこには、目隠しをされ怯えきった冬子の姿があった。
「歩美君は、これを見てショックで倒れてしまい自室で休んでいます」
「間違いない、冬子様だ。直ぐに浩三先生に連絡を……」
山岡は久城家を飛び出した。
知らせを受けた浩三は、九条武志に連絡を取ったが「私には関係のない事だし、そんな脅しに屈するわけにはいかない」と取り合わなかった。
「結局、久城武志はその収賄事件の追求をやめず、冬子様は……」
「強姦された……」
藤乃はそんな言葉、自分の口から出る日が来るなんてつい先日まで思いもしなかった。
「はい……」
山岡の目には涙が溢れ、手は震えていた。
「犯人が分からないまま、二週間後冬子様は突然フラリと一人で帰られました」
山岡はここから先を言うべきか迷った。しかし、ここまで話したのであれば、避ける事は出来ない。
「暫くして、冬子様のお腹にお子様が居ることが判明しました。それが二十年前の出来事です」
山岡の声は震えていた。
藤乃は山岡の声が震えている理由を自ら導き出した。
「その時の子供が、私……なのね……」
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