和子が知っていた藤乃の母冬子に関する情報は、龍也が知っていた事と全く同じだった。これで、綾川冬子に関する秘密は和子から聞いたと言う事実が出来た。それだけで十分だ。疑われる事はないだろう。


 和子から話を聞き出した後、藤乃の部屋に行ってみたが、藤乃に寝たフリをされてしまった。

 本当はそのまま抱きしめてしまいたかった。もしかすると藤乃もそれを期待しているのかもしれないが、今はまだ一線を越える時ではない。全ては、事実を知った藤乃の出方次第だ。

 龍也は、そっと自室へと向かった。


 龍也が戻って来た。

 それだけで安心した藤乃は、その後眠ってしまい、気付けば朝だった。

 朝食は珍しく浩三と取ることになった。

「藤乃、昨日はご苦労だったな」

 浩三が満足気に笑い声を上げた。

「はい……」

 相変わらず浩三の前では萎縮してしまう自分が嫌だっだが、こればかりはどうしようもない。


 龍也は会食準備の合間に藤乃へ報告をした。

 出来ればゆっくりと時間を取って話をしたかったが、和子のねっとりと絡みつく視線から逃げるのは至難の業だ。

 それに事実だけを伝えれば良いのだから簡単だ。

「やはり、家政婦長は知っていました」

 藤乃の目が輝いた。

「藤乃様のお母様は、ある事件に巻き込まれてしまわれたのです」

「ある事件?」


 二日目も藤乃は浩三を満足させる働きをした。

 ただ、穏やかに微笑み、客の話に相槌を打つだけだ。

「みんな藤乃と話が出来て喜んでおったわ」

 浩三が上機嫌であれば、藤乃も委縮せずに話すことが出来る。

「お祖父様、学校の勉強で分からない所があるの。少し山岡さんをお借りしてよろしいかしら」

 最後の客を見送り、一息ついた頃には随分と遅い時間なってしまっていた。

 恐らく明日にしろと言うだろう。浩三の口から藤乃を訪ねるように仕向けたかった。

「何だこんな時間に、明日にしなさい。山岡に言っておくから」

「はい、ありがとうございます」

 藤乃の思惑通り事が運んだ。

 有名大学出身の山岡は、昔から藤乃の家庭教師役をかって出ていた。

 浩三に余計な詮索をされる事なく、山岡を部屋に呼び出す事に成功した。


 山岡も、まさか本当に勉強を見て欲しくて藤乃が呼びつけたとは思っていなかった。どこまで話すか。アレを見られた以上、ある程度の事実は話さなければ、納得はしないだろう。

 迂闊だった。まさか浩三が今もあのDVDを見ているとは思わなかった。

「お待ちしてたわ、山岡さん」

 藤乃と龍也が待ち構えていた。

「楠田君には外していただいた方が、よろしいかもしれません」

「分かりました」

 藤乃は龍也と一緒に話をききたかったが、山岡の気が変わってしまっては元も子もない。

 山岡の言葉に、龍也は部屋を出て行った。

 何もその場にいる必要はない。

 藤乃の部屋には、盗聴器を仕掛けてある。用心深い浩三は定期的に屋敷内の盗聴器の捜索をするが、藤乃の部屋まではしない。

 色々と騒ぐ割には、詰めが甘いのが浩三で、それが故に総理候補にまではなっても、総理にはなれないのだ。



「山岡さん、私、母の事件を調べました」

 藤乃が静かに話し出した。

「その事だと思っておりました。家政婦長がでも話しましたか」

 藤乃は特に否定も肯定もしなかった。

「一体なぜ母は、あんな目にあったのですか」

 自分でも怒っているのか悲しんでいるのか分からなかった。真実を知ってどうするのかも考えてはいなかった。

「和子さんが何と言ったのかはわかりませんが、事件に巻き込まれてしまったとしか私の口からは……」

 これ以上山岡を追い詰めるのは勇気が必要だった。しかし、浩三にはどうしても聞けなかった。

「山岡さんが話して下さらないのなら、久城先生を訪ねようと思っています」

 クジョウアユミ。

 今、一番総理の椅子に近い女性と言われている国会議員だ。三十代の頃に国会議員だった父親を亡くし、地盤を引き継ぐ形で立候補当選して以来、不動の地位を得ており特に女性の支持者が多い。

 九城家は綾川家同様、代々政治家の家系だ。

「九城歩美先生を、ですか」

「はい」

 藤乃の決意は固かった。


「九城歩美先生と冬子様は、桃美女学園でも有名な程仲が良かったそうです。しかし、お二人の仲が良かった事が仇となり、冬子様は事件に巻き込まれてしまったそうです」

 龍也から聞かされたのこれだけだった。


「九城先生は母と仲が良かったそうなので、生前の母の様子を知りたいとお伺いするつもりです」

 藤乃は本気だ。

 山岡は覚悟を決めた。

「それは九城先生のお気持ちを乱す事になります。私がお話すれば、思いとどまってくださいますか」

「もちろん。九城先生にご迷惑はかけられないわ」

 それは本心だった。

 母を知りたい、なぜあんな目に遭ったのか知りたい、それだけだった。

「和子さんの言う通り、久城先生と冬子様は本当に仲が良かった」

 山岡は、綱渡りでもするかのように慎重に慎重に言葉を選び話し始めた。

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